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来訪








私が今居る場所は【隠り夜】と呼ばれる妖怪が住う世界。

空にはあるべき陽がなく、ずっと薄暗い。

この【隠り夜】には街の風景に似合わない時計が至る所に置かれている。

ローマ数字では無く、漢数字が円形に並んでいるお馴染みの時計。

この店には置き時計と壁掛けの時計が二つある。

置き時計はどうやら売り物の様で、店に並んでいる。

壁掛け時計は二階の廊下の突き当たりに掛けられている。

現在、午前7時半。

此処は全てが寝静まるという事は無い。

誰かしらは活動していて、睡眠をとる時間はそれぞれ好きな時間に起きて、働いて、眠る。

時間に縛られない緩やかな場所。

勝手場にお茶を淹れに行って以来、椅子に腰掛けたままぼんやりとしていた。

鼓太郎が届け物をしに来てから誰一人として、この店の扉を開けていない。

そういえば、その鼓太郎が持って来たのは、白い無地の羽織と香だった。

巫景は届いた側から、その香を早速焚いた。

ふんわりと薫る香の匂いを嗅ぎながら、私は貰った羽織に腕を通した。

少し大きく袖に少し手が隠れて仕舞うが、防御力が上がった事に少しばかり安心したのだった。


二人しかいない店内。

静かで口を開く事すら躊躇われて、すくりと立ち上がって店の中を見て回る事にした。

壺や鉄瓶、兜、時計、茶器、太刀、短刀、槍、弓、三味線、掛け軸、置物、着物、下駄、草履、硝子細工の置物、皿。

挙げたら数えきれないものが沢山置いてある。

壺なんて、何個あるんだと思うぐらい多種多様だ。



「埃が…」



いつから置かれているのか、表面が厚い埃の層に覆われてしまっている。

ちょんと指で突くと案の定、指に埃が付着した。

これは酷いと出入り口の引き戸を開けて埃を叩き落す。



「あの、すみません…」



小さな囁きの様な声。

ふと聞き間違えかと思ったが、顔を上げてみると提灯を提げた小さな女の子が立っていた。



「…あの、お訪ねしてもよろしいでしょうか?……此方に何でも依頼を引き受けてくださるというお店があると聞いたのですが…」



なんでも引き受けるお店。

そうなのだろうか。

何せ少しばかり前に来たばかりで、私は此処の事をよく知らない。

彼に取り継ぐしかない。

私は圧倒的に此方側の知識な不足している。

少し待つ様に少女に声を掛けて、奥へと足を向ける。



「何でも屋に用があるって、女の子が来たんですけど」


「客か。連れて来てくれ」



書物から視線を上げて、そう言った巫景に従い、入口を振り返って少女を手招きで呼び寄せる。

ぎこちなく店の中を覗き込んでいた少女は、手招きに応じて恐る恐ると言った様に店の中へと入って来た。



「…良かった。いらっしゃった」



そして、巫景の顔を見た途端に少女は小さな囁き声でそう言った。

その声を聞き取ったのか、彼は視線を上げた。



「此方を」



安堵した表情で少女は袂から何かを取り出して彼に差し出した。

それは文のようで、それを受け取った彼は丁寧に折りたたまれた文を開いて読み始めた。

読み終えると、肩に掛けるだけだった羽織を腕に通し始めた。

そして、刀を片手に立ち上がった。

草履を引っ掛けるその後ろ姿を見つめていると、彼は提灯を手に取り、私を振り返る。



「少し空ける。留守番を任せる」



行き先を告げる事も無く、ふらりと何処か散歩に出かける様な軽い足取りで彼は店を出て行った。

少女はそんな彼の後を慌てて追いかけ行った。



「いや、留守っていっても、私、何にもわからないのだけど」



ぽつりとそう溢すが、おそらく聞こえてはいないだろう。






***







巫景が骨董屋から出て、華やかな大通りを歩く。

相変わらず人通りが多く、ざわざわとした話し声が耳障りに聞こえる。

店は大通りから少し離れた場所にある為、大勢の声を気にした事はあまりなかったが、こうして道を歩いていると、騒がしさを改めて実感した。

目に付いた酒屋に立ち寄り、酒瓶を一つ買う。

其れを手に、暫く歩く事数分、街の出入り口にたどり着く。

門を目の前にして立ち止まる。

手に持った提灯に、独りでに火が付いた。

赤ではなく、青い火。

冷たい光を放つ提灯を片手に、門の外へと脚を踏み出した。

ふ…と雑踏の音は消え、しんと静まり返る。

眩しいほどの灯りも消え、手に持ち提灯の青い光だけが辺りを照らしている。

提灯を掲げると、少し離れた場所に屋敷が建っている。

玄関には提灯が吊るされており、その提灯も青い光を放っている。

引き戸に手を掛けるとがらりと開いた。



「いっいらっしゃいませ…!」



玄関の上り口に、あの少女の姿があった。

名は覚えていない。

手土産にと、少女に酒瓶を手渡す。



「あ、ありがとうございます!あっご案内します…!」



此方です。と先導するその小さな背中を追う。

柔い行灯の光しかない長い廊下を進む。

少女が一際豪勢な襖に手を掛けて開く。

すっと開いた襖の向こうに見えたのは、行儀悪く畳に寝そべり、書物を読み込む女の姿。



「つ、月江さま。お客人が参られました…」


「やぁっと、きぃはったん?遅いわぁ。依頼のもん他の人にやってしまおうかと思たわ」



のっそりと起き上がった月江は目の前に腰を下ろした巫景に視線を向ける。

ぱちんと彼女が指を鳴らすと、入り口近くに置かれた行燈に火が灯る。



「然も、まだ埋め合わせの物の貰ってへんし、呼び出しにも素直に応じへんし」


「…前者の件は直ぐにお払いします。ですが…悪趣味な嘘話などを作って、呼び出しに来ないで下さい」


「年寄りの遊びや。付き合うてくれてもバチは当たらんやろて」


「遊びにも限度と言うものがあります」


「そないつれへん事言わんと、ね?」



月江は傍にある膳に置かれているお銚子を摘み上げて、盃に注ぐ。

一口飲んでから彼女は思いついたと言わんばかりに、にっと笑みを浮かべて巫景を見やった。



「そうや巫景?埋め合わせは此れを所望するわぁ」



手に持つお猪口を揺らした月江に、巫景の口がひくりと引き攣った。

によによと笑みを浮かべながら、月江は声を上げた。



「玉緒!お酒、次々持ってきてぇなぁ~!」



遠くから、はぁいと言う声が返って来る。

あれよあれよと言う間に、酒が運ばれて来て巫景の手には、酒が並々と注がれた盃が握らされていた。



「ほな、かんぱ~い!」



月江が盃を掲げた後に、一気にぐびりと飲み干した。

飲み干した盃に、酒を注ぎながら彼女は巫景を見やる。

巫景は舐めるぐらいに一口含む。



「そうや、お嬢さん拾ろたんやな?今迄だぁれも雇わんかったのに、気持ちの変化でもあったん?」


「いえ、特に何も」


「嘘つかんでもええやん。伊達に長年お前さんの面倒みへんで?」



笑みを浮かべて、ずずいと月江は巫景に詰め寄ってみる。

それから逃げる様に彼は顔を背けながら、盃に口をつける。

その様子に興が乗ったのか月江は更に、言葉で詰め寄る。



「他人に対して懐疑心丸出しのお前さんが、年若い娘を囲うとはねぇ」


「………」


「ふふふ、だんまりかぁ。相変わらずやねぇ。まーったく変わってへん」



月江は相変わらずそっけない態度の巫景の髪紐を解いた。

返せと訴える視線など、なんのその。

指に髪紐を絡ませながら、月江は盃の酒を飲み干した。



「ほら、早く帰りたいんやったらうちが満足するまで話に付きおうてや」



ちびちびと確実に中身を減らしていた巫景の盃に、再び並々と酒が注がれる。

長期戦は間違いなしだと、巫景はずらりと並ぶ銚子を恨めしげに見詰めた。







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