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あれから襖の前に立ち尽くして、どれぐらい経ったか。

出るに出れずに、取手に手を伸ばしては引っ込めるを繰り返していた。

が、突然開けられなかった襖が開いた。



「?!」


「ああーー」



現れた男。

美しい金色の髪を肩から流し、髪と同じ黄金色の瞳で此方を見下ろしていた。

その顔には確かに笑みが浮かんでいた。

だが、此方の髪を見た途端にまるで熱が引くようにその顔から感情が抜け落ちた。



「…うっ?!」



いきなり襟を掴まれた。

ぐっと引き寄せられ、鼻先がくっつきそうな程に男の顔が近付いて来た。

ざわざわと背筋に悪寒が走り、目の前の男が怖く感じた。

此方を睨め付ける様な、酷く冷たい男の黄金色の瞳。

その瞳孔はひとにあるまじき獣の様に縦に裂けていた。



「瞳は申し分ないというのに…何故、その様な色に染まった」


「……は」



言われている意味が全く分からなかった。

意味のわからないまま、見知らぬ場所に拐われる様に連れて来られた。

更に初対面の男に胸倉を掴まれている状況。

もう、脳の所用許容量が超えている。

唯わかるのは、男の様子から察するに自分の置かれた状況は非常に宜しくないと言う事だ。

混乱して口すら開けずにいると男はふんと鼻を鳴らして、まるで投げ飛ばす様に襟を離した。

転倒する事はなかったけれど、ふらふら何歩か後ろへと後退する。



「ふん、貴様は用済みだ。出て行くなり何なりしろ。だが、此処に残るなどと馬鹿な考えは抱くなよ」



高圧的な命令口調で男はそう言い捨てると、背を向けて部屋を出て行った。

愕然とその背中を見送る。

なんて勝手な男だろう。

無理矢理拐って来ておいて、まるで興味がなくなったから要らないと捨てるだなんて、最悪ではないか。

だが、他者の視線を気にせずに此処から出て行ける。

そう思う事で踏み出せなかった部屋の外へと、漸く足を踏み出せた。

まるで殿様が住む様な屋敷だ。

部屋がずらりと並ぶ廊下をひたすら歩く。

しかし、此処が何処からわからない。

というのに、出口に辿り着けるのか。

どうしたものかと道なりに足を進める。

ふと、前に腰に刀を差した武装した男数人の姿が見えた。

警戒態勢なのか、注意深く辺りを見回している。

慌てて近くの部屋を逃げ込もうとしたが、鋭い声が飛んできた。



「誰だ?!」



不味いと走り出す。

後ろから数人の足音が追いかけて来る。

本当に、もう最悪だ。

捕まらない様に唯々走る。

着物の裾が肌蹴ることなんて気にして居られなかった。

ひたすら走っていると、突き当たりに差し掛かった。

左右に分かれた廊下。

考えている暇はないと、適当に右に曲がる。

と、少し先の扉が開いてひとが出てきた。



「ーーッ」



ぶつかるかと思ったが、そのひとがすっと身を引く。

此方も止まろうと思ったが、とんと軽く腕が当たってしまった。



「ごめんなさい…!」



立ち止まってそのひとを見上げる。

着流し姿の男だった。

肩ほどまでの少し癖のある銀髪で、毛先は淡い水色だ。

黄金色の瞳は、先程の男と同じ。

人間ではあり得ない縦に裂けた瞳孔が此方を見下ろしていた。

だが、あの時の様な恐怖は感じなかった。

と、追いかけてくる足音が近くなっている事に気が付く。

はっとして、駆け出そうと足を踏み出した。

けれど、男が部屋の中から出て来て此方へ背を向けたと同時に追手が曲がり角から現れたのは同時だった。

思わず息を呑む。

目の前には大きな背中。

きっと私の姿は男の身体に遮られて見えないだろう。

追手から気取られない様に、背中の後ろで息を潜める。



「ーーこ、これは…申し訳ありません」



追手の者たちがたじろいでいるのが、ありありと声色から察せた。

この男はもしかして位の高い人物なのだろうか。



「失礼ですが…此方に女が逃げて参りませんでしたでしょうか?」


「さてな」



動揺を滲ませる追手とは裏腹に、男は抑揚のない淡白な声色でそう返した。

すると、追手らは逃げる様にその場から去って行った。

意図せず、見知らぬ男に助けられてしまった。

此れは、運が良い。

助けて貰ったので、この男に対して少しばかり警戒を解いてしまうのは仕方のない事だ。

男を見上げると、彼も此方を見下ろしていた。

無意識にぽろりと言葉が唇から零れ落ちた。



「…きれい」



男がゆっくりと瞬きをして、まるで不思議なものを見るかの様に私を見下ろす姿を見てはっと我に返った。

何故そんな言葉が零れたのか。

不思議で仕方がない。



「あ…あの、すみません。此処何処でしょうか…?貴方は出口を知ってますか?」



こみ上げて来た羞恥心を振り払う様にそう問う。

それが今一番知りたかった事だ。

すると男の口からとんでもない言葉が飛び出した。



「おまえの頭の簪。それを対価に出すなら、此処の出口を教えよう」



男のすらりとした指が私の頭を指す。

黒く尖った爪の先には、恐らく簪。

頭に手をやり髪を纏めていた簪を引き抜く。

ぱさりと肩へと落ちて来た毛先は、白い。

そして、自分の手の中にある簪を見詰める。

物心ついた時から、手元にあったそれ。

愛着はあるが、この状況で背に腹は変えられない。



「わかりました。譲ります。教えてください」



男へと簪を差し出す。

彼はそれを受け取り、袂へと入れると此方へ再び背を向ける。



「ついておいで」



そう一言告げて歩き始めた。

私は見失わない様に男の後を付いて歩き始めた。






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