真白
リニューアルしました。
多少設定が変わっております。
私は、人と違っていた。
まるで色が抜けた様な真っ白な髪。
幼い頃から、この髪が嫌いだった。
父も母も髪が白い訳でもない。
白の真逆で漆黒色だ。
その家は代々黒髪の子が必ず生まれる。
私は、その家では異質な存在だった。
物心ついた時から、側には乳母である椿以外に必要以上に関わる事をしなかった。
まるで化け物でも見る様な両親の視線や屋敷の使用人の目を避ける様に私は頭に布を被り、部屋から出る事は殆どなかった。
それからどれくらい時間が経ったのか。
ーー弟が生まれた。
両親と同じ、漆黒の髪を持つ男児。
皆、彼が生まれた事を祝福していた。
自分に似た子が可愛いのは、当たり前の事だ。
私は、似ていないから彼らの子ではないのだ。
そう自分に言い聞かせた。
それから、私は乳母である椿に頼み込み、下女中として生家で働き始めた。
この家から、出て行くために。
「真白?真白、どうしたんだ」
肩を軽く揺さぶられて、はっと顔を上げると心配そうに此方に視線を注ぐ若旦那の姿。
そうだ。
給仕の最中だった。
慌てて、急須へと手を伸ばしたが若旦那が静止する。
「も、申し訳ございません…」
「いや、構わないよ。どうしたの?君らしくない」
「いえ、若旦那様がお気になさる事ではございません。ささ、私の事などお気になさらず。貴方様はお忙しいのですから」
にこりと笑みを貼りつけて、若旦那の止まっていた食事を再開する様に促す。
あの小さかった男児が、若旦那と呼ばれる程に成長した。
そして、私は侍女としての行動がすっかりと板についた。
何故が彼は良く私に懐いた。
本当に、何故かはわからない。
下女中だというのに、良く若旦那に指名されて用事を申し付けられる。
両親と食事をしている席でも、良く呼び止められる。
知らないとはいえ、遠慮して欲しい。
彼らとは顔を合わせたくない。
彼方もそうだろう。
「真白」
「若旦那様、先生がお待ちですよ」
若旦那が何か言う前に、その言葉を遮る。
此れは無礼に当たるけれども、聞きたくなどない。
にっこりと障子を開けて、廊下へ出るように促すが彼は動かない。
「先生は忙しい身で御座います。ですから、余りお待たせしてしまうのは申し訳のうございます」
「……僕が大人しく指導を受けたら、君の悩みを聞かせてくれないか」
なんて困る事を言ってくれるんだろうか。
話せる訳がない。
若旦那は心を砕く相手を間違えている。
もうそろそろ婚約者も出来る年頃だ。
こんな侍女風情に現を抜かしている暇などないというのに。
バッサリと拒否するのが良いだろうか。
「若旦那様。貴方は時期頭目なのですよ」
そう拒否の言葉を吐き出すと、若旦那はぐっと堪えるような顔をした。
そして、消え入りそうな声でわかった、と告げると部屋を出て行った。
目に見えて落ち込んだ様子の若旦那に、罪悪感が去来する。
障子が完全に閉まり、一息つく。
若旦那に気に入られてから、彼らが私を見る目はまるで下衆でも見るような偏見に満ちていた。
「息子に取り入ったのか、卑しい知恵を使ったものだ」
「何をしたのか知りませんが、息子から手を引きなさい」
私が一体何をしたというんだ。
私が何を…
「……こんな髪にさえ生まれなければ」
愛されて、普通に生活出来て居たかもしれない。
けれど、そんな願いは無い物強請りだ。
幾ら望んでも、叶わない。
膳を勝手場へと下げる為に、のろのろと立ち上がる。
食器を洗い終えて手を拭いていると、勝手口の方から微かに音が聞こえた。
砂利を踏み締める音。
開け放たれた戸の方へと視線を向けると、見知らぬ人が立っていた。
男性だ。黒い狐面を着けているので顔は見えない。
顔が見えないというのもあるのだろうが、少し異様な雰囲気を纏っている。
少しばかり気圧されてしまう様な威圧感。
それと同時に、凪いだ湖面のように静かな雰囲気も感じ取れた。
何とも不思議な雰囲気を持つ人だ。
態々、勝手場まで来たという事は何か言いつけられるのかと思ったけれど、いつまで経ってもその人は口を開かない。
ずっと視線を感じるので、観察されている様な感覚になる。
相手の目は見えないけれど、目が合っている様な錯覚に陥る。
遠くの方から、微かな人の話し声。
庭の葉が風に揺れる音。
それが遠くき聞こえる様。
自分の意識全てが、その人に注がれている。
この感覚は、何だろう。
不思議な気持ちを抱きながら唯々、目の前に佇む男性の姿を見詰めた。
「どこやぁ~小僧~」
突如鮮明に聞こえた女性の声にはっと我に返る。
声の方へと視線を向けると、美しい銀の髪を揺らしながら女性が此方へ歩いてくる姿が見えた。
「ああ、おったおった。全く人様の敷地内を勝手にふらふらするんやないよ」
「申し訳ありません。少し気になったもので」
如何やら彼は、銀髪の女性の連れだった様だ。
二人の様子を眺めていると、ぱちりと女性と目が合った。
「ふむ…なるほどなるほど」
女性はじっと此方を見ながら、納得したように肯いた。
何をしても絵になる様な美しい女性。
私には遠い存在だと、無意識に自身の比べて卑屈になる自分が、本当に嫌いだ。
「お主やなぁ。この家の異分子なんわ」
異分子。
その言葉が胸に突き刺さった。
他人の口からそう評される事が、こんなにも苦しいだなんて。
俯き、ぐっと自分の手に爪を立てて込み上げて来たものを飲み込んだ。
「いやはや、珍しい事もあるもんやね。お主、気をつけぇな?」
「……え?」
ぱっと顔を上げた時には、其処には誰も居なかった。
まるで狐につままれた様で、茫然と立ち尽くした。