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「アルバムの俺はどうだった? 変わらないだろう」


 三度目ともなると、旧校舎への訪れ方も、彼への接し方も慣れをみせた。廊下に充満したほこりやちりの避け方、重たい扉を開ける時の体重の載せ方、鍵の回し方、ほんの少し薬品のにおいがする生物準備室での動き方。すべて、身体が勝手に動いてくれるほどになった。


 彼もまたこの空間や、わたしに慣れたようだった。わたしが声を掛ける前に、わたしの足音を聞いて先に床下から挨拶をしてくれた。


 雨が降っているので、今日は窓を開けられなかった。空も曇り空で、電気のない旧校舎は暗かった。雨ではなくて、まるで水中に旧校舎が沈んでいるような気さえ覚えた。


「目の前にいる宮本さんのままでしたよ。濡れてなかっただけで」

「にしてもあの時の司書がまだいるとはな。そろそろ退職じゃないか。ようやっと時の流れを実感したぞ」


 アルバムを持ち出すことができなかった。いや、彼女は構わないと言ったけれど、理由が思いつかなかった。もちろん知っている生徒は彼だけだったし、行事ことの写真に、彼はまったく姿を現さなかった。


「やっぱり、内心は納得いってなかったんですか?」


 机に広げたノートに肘を置きながらの質問に、彼は特に顔色を変えることなく「いや?」とだけ返した。


「俺自身の状況に不満を感じたことはないよ。ただ、視界には空と生物室ときみしか映らないから、今がいつなのかあいまいにはなるさ。もしかしたら、あれから時が進んでいないかもしれない、なんて思うこともなくはない」


 一瞬、彼のガラス瓶がひとりでに光った。思わず振り向けば、遠くのほうで雷が鳴った。


「わ、びっくりした……。小降りだったのに」

「久しぶりだな」


 顔を戻すと、彼は雨を見つめていた。雨……いや、空だったかもしれない。それとも、また光るだろう雷か。液体越しの彼の瞳の行先はあいまいで、時々どこを見ているのか分からないことがある。わざとそうしているのか、液体のせいでゆがんでいるのかすら。


 彼の目線に釣られ、わたしもふたたび窓へと向けようとしたが、名前を呼ばれて首がとまる。


「見たか」

 何を、という言葉は出てこなかった。短いそれだけで、何を見たのか、わたしに思い当たるものは一つしかなかったのだ。

「女子生徒のことでしたら、見ました。三島かおりさんって人。その人も、いないみたいですね」

「どんな顔をしていた?」

「顔……写真慣れというか、カメラに笑顔を向けるのか苦手そうで、すごく硬い表情でしたよ。でも、同じ名前だったから、何だか他人事とも思えなかったです。わたしも得意じゃなくて」

「似てるよ」


 彼の皮膚が光って、わたしはそのまぶしさにまたたいた。またごろごろと地響きのような音がして、いっそう雨音が強くなる。窓をたたく粒が、年季の入ったもろいガラスを砕いてしまうんじゃないかと思った。


「かおり」


 雨音ではなくて、本当は、わたしの身体をめぐる血液が移動する音だったのかもしれない。なんとなく冷えたような気がして、指先をすり合わせた。


「ま、待って。今のは……? わたしのこと? それとも、同級生の三島さん……?」


 彼はやけにまっすぐ、わたしを見つめた。


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