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 好きだ。


 一瞬、その言葉がわたしに向けられたものだと勘違いしてしまいそうになり、わたしはすべてを呑み込むように喉を鳴らした。


「こう見えて、俺は臆病なんだ。見るだけでよかった。目に映るだけで。それ以上のことなんて、求めなかった」

「図書室は、彼女がいたから」

「……あっちは、その時から俺に気づいていたのかは知らないが」

「あれだけ自分を美しいと言っているのに? 目を引くんだって言うのに。気がついていないと言うんですね」

 彼のまつげが揺れ、ゆっくりと目蓋が持ち上げられた。

「きみはそう思うだろうか。あっちも俺の存在に、その時から気づいていたと」

「本人のことを知らないので絶対はないですけど……わたしなら、きっと、気がつくと思います」


 うつむいていたが、彼の口元には笑みが浮かんでいた。


「そうか」

「わたしなら、です」

「いいよ、それで」


 わたしは数回ほどうなずいて、行き場のない手をふたたびペットボトルへと寄せた。水滴がまとわりついて不快感はあったものの、身体にこもった熱を、手のひらから奪い去ってくれた。首に当てると、気持ちがいいだろう。


「宮本さんって、冷たい? 温かい?」

「分からない。きみは……今は、暑いか」

「夏ですからね。それでもここは、まだ涼しい気がします」


 今日はあまり風がなく、窓の外はセミの声や鳥のさえずりであふれていた。耳をすませなくてもそれらは聞こえてくるけれど、意識しないと耳には届かなかった。窓を隔てて、異世界が広がっているような心地だった。


「彼女との接点は、図書室しかなかった。あとは廊下とか、階段とか、校内で行き交うだけで。声を掛けたこともない」

「意外ですね」

「そういうものだよ」

「そういうものですか」

「それなのに、どうして彼女が床下にいたのか、きみは聞いてこないな」

「……なんか、こわいです」


 机にふせれば、彼は声を上げて笑った。


「確かにな。俺の口から何が飛び出てくるのか、きみは恐怖でしかないだろうね。同じ床下にいたというだけで、物語でも作れそうだな」


 机に半身を預けたまま、腕に頬を載せる。目線は彼よりも下になり、わたしはそこから彼を見上げた。煽るような向きから見ても、彼の造形は狂いがなく、完璧だった。首や顎、輪郭、鼻孔においても無駄がなかった。


「きみに聞かれたのなら、俺は知る限りのことを答えてもいいと思っているよ」


 見下げてくる彼に、わたしの胸はぎゅっと握りつぶされてしまった。わたしを見るためにふせられた目には、羨ましさと鬱陶しさをかねる長さのまつげがあった。影を落としたそこに、光りはない。


「聞いて、どうしたらいいの」


腕に顔を埋めると、自分の皮膚のはずなのに気持ち悪かった。腕の皮膚と顔の皮膚とがすきまなくくっついて、そのまま一緒に溶けてしまいそうだった。


「きみが俺を嫌いになるのなら、それで終わりだ。どうせ、もうお別れだからな。お互いちょうどよく手を振って帰れるだろう」

「あなたに手はないよ」

「帰る場所もないな」


 わたしはそっと目をふせた。

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