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私の隣には  作者: Asuka
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だんだんと、変わっていく

私を助けてくれた青年は、意外なことに隣人だった。彼はこの前引っ越してきたばかりだという。世界を閉ざしていた私には当然わからないことだった。彼は私の部屋にも挨拶に来ていたようで、私が返事をしなかったために、空き部屋だと思っていたらしい。だから隣人だったにもかかわらず部屋を探すのに右往左往していたのだ。


何度かLINEでのやり取りや、直接出会ったりするうちに彼のことがわかってきた。彼はこのマンションの近くの出版社に勤める会社員で、今年入社した新入社員だ。もともと本や文学に触れることが好きだったらしく希望通りの内定だったと喜んでいた。私も本を読むのは好きで、彼の本の話は聞いていて飽きなかった。その本好きが相まって、彼は学生の頃からよく小説を書いている。web小説の作家で、学生時代はそれなりに名が通っていたようだ。私がよく閲覧していたサイトに投稿していたというので、その作品の名前を聞いて検索をかけると、まだ残っていた。


『非モテニートの俺が突然異世界に転生したら最強クラスの勇者になってました。』


『医療捜査』


『天翔ける八月』


など、恋愛ものから推理もの、果てには異世界転生ものなど幅広く作品を書いており、どれもpvは100,000件を超えるほどの作品だ。彼曰く、一度大手出版社の方から書籍化を検討され、本気で自分も考えたとのこと。小説家にならなかった理由は、安定した職業でない以上なるのに億劫だから、だそうだ。全て閲覧してみたが、そこらの作家よりずっと面白い小説ばかりで、彼が小説家になって失敗するという未来は想像つかなかった。




七月某日。私は窪田さんと都内の喫茶店に来ている。私が読んだ彼の小説の感想を聞きたいとのことだった。ついでに本屋巡りなどもしてみたいと私が言ったためこのような形になった。あの日以来、何度も会ってはいたが二人で外出するのは初めてのことだった。

注文したコーヒーが届いた頃、彼が私が読んだ彼の小説の話を切り出した。


「僕が書いた小説、読んでくださったんですね。ありがたいです。まあ、若い頃の作品なので、なにぶん駄作ばかりですか…」


謙遜して彼がいう。総閲覧数500,000万回以上のweb小説作家が言うにはあまりに謙遜しすぎた言葉だ。


「いえいえ!そんなことないですよ!どれも面白いものばかりでした。特に天翔ける八月は私の中でもお気に入りなんですよ。」


「本当ですか!?あれは結構頑張ったんだよなぁ。最後のシーンの方は実際にたくさんの恋愛映画や小説を見て参考にしたんです。」


あの最後にはそんな裏話があったのか、と私は改めて彼の作品の魅力を感じた。王道なようでいて、そこには彼自身の世界が広がっている。私たち一人一人はその世界の中の住人となる。これが、彼の物語の魅力だと私は思っている。


「今でも、作品を連載してるんですよね?」


「はい。まあ、受験勉強や就活でだいぶ頭の固い作品になってますけどね…学生時代の面白さには劣ります。」


彼は今でも小説を投稿している。彼自身は腕の鈍りを感じているようだが、それでも彼のかつての作品と遜色はない。今私が読んでいる作品は、彼の推理小説だ。連続殺人で、犯人はいつも有名な小説の有名なセリフを残し去って行く。その真意を悟ることで時間が解決していく(と思われる)作品だ。暗号ものの手口の中では珍しく、これもまた彼の世界観をよく表した作品と言えるだろう。


「私、あの作品の犯人わかる気がします。」


私は挑戦的に言ってみる。


「えっ、もうわかってるんですか?」


彼も興味深そうに言った。


「ええ、この事件の真相はーー」


私は彼に、自分が思うままの答えを言った。私は、この時間が好きだ。ただ二人の男女が自分たちの小説について語らうだけ、傍から見ればただそれだけの時間。しかしこの時間が、私にとっては有意義であり、彼という人となりを知る重要な時間でもあるのだ。




「すごい、まだあれだけの話の中でそこまで考えてたなんて…!」


私の推理を聞いた彼は、まるでその手口も動機もばれた犯人であるかのように驚いた。今でも数々の推理をしている感想を見たがここまで核心に迫ったものはないと彼は言う。


「どうですか?」


ここまでくると率直に答え合わせがしたい。私はそう感じ、彼に聞いた。


「そうですね。八割だ。八割あなたの推理通りですよ。すごいです。ここまで核心をついた推理は聞いたこともなかった。前世は探偵ですかね?」


彼は笑みを見せる。八割、つまり残り二割はまだ彼にしかわからない。ただその二割が、おそらく彼の中の本当の核なのだ。ともあれ私は、事件の全貌の八割を解けたことに純粋に満足していた。


「もしかしたらそうなのかもしれませんね。父は警察官だったもので。こういう捜査ものに私も慣れてるのかも。」


そう言って、私は今は亡き両親に想いを馳せる。一時期は混沌をさまよい、死を決意した私。今でも悪夢が蘇ることはある。しかし今の私は死を決意するほど愚かではない。私は強く生きる。そう誓ったのだから。



喫茶店を後にした私たちは、本屋で互いに読みたかった本を買い、勧めあった。彼が私に勧める本はライトノベルから純文学まで幅広く、彼がどれほど読書家であるかを思い知らされた。私が勧められるのはせいぜい推理ものやホラーといったところだ。多くを読み、広く見識を広める自分の作風に取り入れる小説家タイプの彼に対し、私は極限まで一つの分野に力を注いでいくタイプなのだろう。それが推理ものだったのは、父の影響なのかもしれない。


「このシリーズは僕が読んだ中でも一番の傑作でしたよ。推理ものの最高峰だ。ぜひ読んでみてください。」


彼は一冊の本を私に勧めた。『十戒』という題名のそれは、私の好きな作家の新作だ。その最新作を彼は勧めてきた。しばらくテレビもつけていなかった私は、好きな作家の新作の報道すら見ていなかったようだ。全く恥ずかしい限りだ。


「ありがとうございます。」


私は彼に笑顔で告げた。それから私たちはしばらく駅前を散策して解散した。また、どこか出かけましょうね、と彼は言って私たちはそれぞれの部屋に入った。彼といると、新しい見識がどんどん広がっていく。funnyというよりはinterestingといったところだ。未知の世界が広がっていく。その知的好奇心をそそられるわけだ。大学を辞めて、知識を得る場が物理的に少なくなっているのもありいい勉強になる。



「また、どこかへ行けるといいな。」


そんなことにふけりながら、私は風呂に入っている。


「なんだか、嘘みたいだね。お父さん、お母さん。」


私を縛っていた、両親の死が、だんだんと解けていく。私の暗く淀んでいた毎日が、だんだんと陽だまりへと戻っていった。

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