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9/21

9言ってしまった

 夜、必ず誰かが屋敷の中の見回りをする。

 何人が見回りをするのか、何時頃なのかまでエリーザは知らない。

 日によって時間も順路も変えるらしく、だから彼に会えるかどうか、と言うのは賭けだった。

 その賭けに、エリーザは勝った。

 だから今、エリーザの隣にはヴァルフレードがいる。

 明日、見合い相手に会うことを伝えたら、ほんの少しだけ表情が動いた気がする。

 いつも冷たい顔をして、何を言っても反応が薄いのに。

 何を言ったら彼の表情は動くのだろう?

 そう思って観察していたら、とんでもないことを言ってしまっていた。



 エリーザは上の空だった。

 髪を梳かされ、化粧を施されて、ちょっとおしゃれなロングワンピースを着て、首飾りや耳飾りをしても心は違う場所にあった。


「……大丈夫ですか、お嬢様」


 心配げな顔をした侍女が鏡越しにエリーザを見つめる。

 エリーザは首を振り、


「なんでもないわ、ありがとう」


 と、鏡に映る自分と大して年の変わらない侍女に笑いかけた。

 侍女は微笑み、ならいいですけど、と言った。


「もうすぐお出かけのお時間です。

 ご準備はよろしいですか?」


「え? えぇ。大丈夫よ」


 今日は、ディーター=ベルツという男性と会う約束になっている。

 会うのは今日で四回目だ。

 一度会い、断ったけれど手紙をいただいた。

 悩んだけれどヴァルフレードの、


「ならばもう一度会われてもいいのでは」


 と言う言葉になんとなく押されて、何回か顔を合わせるまでになっていた。

 いいのだろうか、と思う。

 ディーターはいい人だ。

 優しく、誠実な人。

 元貴族という肩書に驕った様子はなく、大学に通いながらパートタイムで働いているらしい。

 そのことに、正直驚いた。

 屋敷にいる侍従や侍女には、短時間労働の学生が多くいる。

 学生の身分で働ける場所と言うとどうしても限られてしまう。

 ディーターはリストランテで給仕をしていると言っていた。

 なぜ働いているのか尋ねたら、


「教材費などを自分で稼ぎたくて。

 あ、家の経済に問題はないのですが、自分で働いて稼いだお金で賄いたくて」


 と言っていた。

 学校に通うのにかかる費用はすべて親が払うのが当たり前だと思っていたので、ディーターの発想は不思議で衝撃だった。

 エリーザの学校は貴族や元貴族、上流階級と呼ばれる家庭の子女が多く通う。

 その為、学校に通いながら働く生徒や学生は非常に少ない。


「それに、将来は父の跡を継ぐことになるかもしれませんし、そうなる前に他の仕事を経験しておきたくて。

 どんな経験も無駄にはなりませんから」


 なんてことまで言っていた。

 そんなディーターが、エリーザには眩しかった。


「私、将来の夢なんてないしな……」


 侍女を下がらせたひとりの部屋でそう呟く。

 きっと十八を過ぎたら結婚して、子供を産むだろうな。

 そしてどうしたいだろう?

 六十歳くらいが平均寿命なはずだから先は長い。

 家で何もしなくて大丈夫と言われたら、いったい何をして過ごしたらいいのだろうか?

 せっかく教わった料理を大好きな人に食べてもらうこともなく、せっかく覚えた掃除の仕方や洗濯の仕方などの知識を使うこともなく、ただ彼の帰りを待つ生活を送れと言うのだろうか?


「私、どうしたいのかしら?」


 昨日、ヴァルフレードを誘ってしまった。

 せっかく覚えた料理を食べてほしいのに、ディーターにはそんなことをしなくても大丈夫とか言われてしまい寂しく感じていた。

 だからだろうか?

 ヴァルフレードを誘ってしまったのは。

 昨夜のことを思い出し、エリーザの顔はどんどん熱くなっていく。


「何を、考えているのかしら私」


 誘うのは、ヴァルフレードだけじゃないのに。

 将来義理の姉になるミサと、その護衛であるエルマー=トロイにも声をかけるつもりでいるのに。

 決してヴァルフレードだけじゃないのに。


「なんで私、ドキドキしているのかしら」


 胸に手を当ててエリーザは俯いた。

 妙に大きな音をたてながら、心臓が激しく鼓動を繰り返している。

 胸に触れている手までその鼓動に反応して上下に揺れているように思えてくる。


「ただ、私の作った料理を食べてもらうだけじゃない。

 そんなの、昔、やったことあるじゃない」


 まだヴァルフレードが学生でエリーザが十歳くらいの時、料理をちゃんと教わるようになって何度かヴァルフレードに食べさせたことがある。

 せっかく作るのだから誰かに食べさせたい。

 両親と、兄の次に、彼の顔が思い浮かんだことを思い出し、顔の体温だけが急上昇するのを感じた。


「この感情は何かしら?」


 この感情の名前を知ってしまったら、彼との関係はどうなるのだろう?


 エリーザは首を振り立ち上がる。


「そんなの、無理よね」


 出た声は、妙に悲しげだった。

 その時、扉を叩く音が響く。

 時計を見ると、もう出掛けなくてはいけない時間になっていた。

 今日、ディーターとは美術館に行く約束になっている。

 自分は貴族なので必ず護衛が付いてくる。

 だからふたりきりになるわけじゃない。

 だけれど心なしか不安だった。


「私、どうしたいのかしら?」


 こんな想いを抱えたまま、彼に会い続けていいのだろうか?

 そもそもこの想いは、本当に恋なのだろうか?


「そんなこと、あるのかしら」


 最近何度も考えて悩んでいることだった。

 そのせいだろうか、無意識に彼を試すようなことをしているのは。


「……そんなこと、あるかしら」


 たとえ彼に恋したとしても、彼はずっと年上で、自分よりも経験のある大人だ。

 こんな子供を、彼が相手にするわけがない。

 そう思いエリーザはぎゅっと手を握り、すたすたと扉に向かって歩き出した。

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