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8どうしてこうなるのだろう

 なぜこんなことになったのだろうか?

 見回りを終えた後、ヴァルフレードはひとりの部屋で寝台に座り、床を見つめていた。

 すでに湯を浴び、寝る準備はできているけれど寝る気持ちにはなれなかった。

 心がざわめき、とてもじゃないが眠れない。


「何をやってるんだ俺は」


 落ち着かなさ過ぎて、普段滅多に聞かないラジオを聞いていた。

 時間も時間なので延々と音楽が流れている。

 静かな音楽が多く、眠りを誘うようなものばかり流れている。

 けれど眠れそうにない。

 心の中はざわざわと小人が騒いでいるかのようで落ち着かない。


「今年で二十四だっていうのに」


 呟きはゆったりとした音楽と共に流れ夜のしじまに消えていく。

 エリーザに誘われた、という事実になぜこんなに気持ちが落ち着かなくなるのだろうか。

 まるで高等科の学生のようだ。

 好きな女子に誘われて舞い上がるような。


「馬鹿か俺は」


 二十四なのだ。

 女性を誘ったこともあれば誘われたこともある。

 ヴァルフレードの年代であれば、結婚前に数人と付き合うのなど当たり前なのだから。

 なのになぜこんなにも心がざわざわとしてしまうのだろうか?

 この感情の名前を、何と呼べばいいのだろうか?

 ヴァルフレードは首を振り、ごろん、と寝台に横たわる。

 その感情に名前を与えてしまったらきっと、彼女の前で平静さを装えなくなってしまう。

 寝よう。

 そう思い、ヴァルフレードはラジオも灯りもつけたまま、毛布を頭からかぶった。




 翌朝食堂に行くと、ロミーナの表情が一瞬固まった。

 彼女はひきつった顔になり、


「ヴァルフレードさん、顔が……その怖いですが、眠れましたか?」


 と問われ、ヴァルフレードは肩をすくめた。

 今日、ヴァルフレードは休みだ。

 なのでもっと遅くまで寝ていても誰にも咎められないのだが、身についた習慣は改まることはない。


「別に気にせずもっと眠っていても大丈夫なんですよ?」


 言いながら、彼女はヴァルフレードに朝食を運んできてくれる。


「何時に起きても、パルマさんはお食事を用意してくださるんですから」


 そう言われてもさすがに料理を作る相手に悪いと思う。

 それに今日は実家に行く約束になっている。

 兄夫婦に子供が生まれ、もうすぐ半年になる。

 生まれて半年でちょっとしたお祝いをするので、お祝いだけでも渡しに行かなければ。

 正直実家に行くのは気が重い。

 兄に子供が生まれてからというもの、ヴァルフレードに対する風当たりは強い。

 実家に近づけば母親からこの人はどうかと見合い写真を見せられるしまつだ。


「今日は実家に帰るから。

 のんびりはしていられない」


「ご実家ですか?

 あぁ、そう言えば甥っ子さんが生まれて半年くらいですか?」


 ロミーナは記憶力がすこぶるいいらしく、ちらっと話した内容も覚えていたりする。

 ヴァルフレードが頷くと、彼女は笑顔で言った。


「おめでとうございます。

 半年と言うとお祝いがありますもんね」


「あぁ」


「でもヴァルフレードさん、浮かない顔をされていますね」


 そう言って、ロミーナは離れて行く。

 それ以上踏み込む気はないらしい。

 ロミーナは食堂から姿をけし、ヴァルフレードひとりきりになってしまう。

 ラジオからは情報番組が流れている。

 天気や交通情報、国内で行われる催し物などの情報を聞き流しながら、ヴァルフレードは朝食を食べた。

 お茶が終わるのを見計らったようにロミーナが現れ、冷茶を注いでいく。

 

「エリーザ様、本日はお出かけらしいですね」


 それを聞いて、心にずきりと重い痛みが走る。

 昨夜本人から聞いたので知ってはいることだけれどこうしてまた他の者から聞くと、心に突き刺さるものがある。

 なぜこんなことを想ってしまいのだろう。

 相手は貴族の令嬢だ。

 自分は……その貴族を守るための護衛だ。

 必要があれば命も懸ける。けれどその命を懸ける相手は……?

 また心に鈍い痛みを感じ、ヴァルフレードは顔をしかめた。


「大丈夫ですか、ヴァルフレードさん。

 顔色がよろしくなようですが?」


 そんな心配げな声が頭上から降り、ヴァルフレードは首を振る。


「なんでもない」


「……ならいいですけど。

 ご無理はしないでくださいね」


 そしてロミーナは空いた皿をさげて去って行く。

 ラジオだけが付いた食堂に、ヴァルフレードの心臓の音が妙に大きく響いている気がする。

 ヴァルフレードは痛む胸に手を当てて、顔をしかめた。

 この痛みは何故感じるのだろうか?

 エリーザはいずれ誰かと結婚するだろう。

 彼女は今年で十七だ。

 十八の成人で結婚できるよう、そろそろ婚約者が決まってもおかしくない年齢だ。

 だから彼女が見合いをしたり、異性と顔を合わせるのなど当たり前なことなのに。

 

「ヴァルフレードさん」


 ロミーナの声が聞こえ、思考が止められハッとして顔を上げる。

 彼女はティラミスののった器を置きながら言った。


「『アルコバレーノ』のティラミスです。

 残り物ですけど」


 と言って、去って行く。

 「アルコバレーノ」は有名な菓子屋だ。

 ティラミスが有名で並ばないと買えないと言われている。

 ひそかに好きなものなのだが、誰にも言ったことはないはずだ。

 ヴァルフレードがここのティラミスを好きだと知っていて出してきたのか、それともたまたまか。

 ロミーナの姿はすでに食堂にはない。

 彼女に言った、だろうか?

 ロミーナの記憶力はすさまじい。

 ぼそりと言ったことすら覚えていたりするのでもしかしたら言ったのかもしれない。

 出されたし、ティラミスを一口食べる。

 舌に広がる甘みとわずかな苦みがちょうどいい。

 相手が貴族であろうと特別扱いをしない店なので、滅多に食べられないのが残念だった。

 食べ終わり、席を立つとまたロミーナが現れる。

 彼女はにこりと笑い、


「ヴァルフレードさん、いってらっしゃい」


 と言い食卓の上を片づけ始めた。

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