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7そして夏休みがやってきた

 高等科五年生であるエリーザには約二か月の夏休みがある。

 学期末の試験が終わり、夏休みを迎えて彼女は毎日午前中は宿題を、午後には外に出て好きなことをして過ごしているらしい。

 そんな中、嫌でも聞こえてくるのがエリーザにぞっこんだと言う元貴族の跡取りの話だった。

 ディーター=ベルツ。二十一歳の大学生だ。

 大企業の跡取りであり、卒業したら系列の会社に就職するとかしないとか聞いた。

 いきなり本社の要職につけると言うことはせず、現場を見てから少しずつ地位を上げていく方針なのだろうか。

 もしかしたら、もっと厳しいかもしれないが。

 ベルツと何回か会っていると、噂で聞いた。

 そのせいか執事のサルトリオは機嫌がいい。

 先日は鼻歌を歌っていた。


「このままエリーザ様もご婚約されれば」


 などと言っていたそうだが、そううまくいくだろうかと心の片隅で思ってしまう。

 本人はその気がないと言っていたけれどどうなのだろうか。


「でも、エリーザ様、あまり楽しそうに見えないんですけどね」


 そう言っていたのは、ヴァルフレードの護衛対象であるミサだった。


「そうなの?」


 エルマーが問いかけると、彼女ははい、と頷いた。


「そうなんですよ。

 どこに行ったかというお話をされるはされるんですけど……

 なんていうか引っかかるというか」


「へえ」


 そんな会話に心が乱されるのは何故だろうか。

 それが顔に出てしまったらしく、ミサがじっとヴァルフレードの顔を見上げ、目を瞬かせた。


「ヴァルフレードさん、大丈夫ですか? 顔色がよくないですけど」


 そう声をかけられ内心ハッとする。

 ヴァルフレードは笑顔を作り、


「なんでもありませんよ」


 と答えた。

 けれど彼女は納得した様子はなく、首をかしげる。


「ヴァルフレードさん、エリーザ様の話題が出ると表情が動くような気がするのは気のせいですかね」


「え? そうなの?」


 不思議そうな声を出してエルマーが言い、こちらを見つめてくる。

 彼は首を振り、ミサのほうを向いて言った。


「違いが判らないけど」


 エルマーは他人の感情にはとことん疎い。

 ミサは苦笑してエルマーへと視線を向けた。


「トロイさんは……まあ、わからないのかなと……」


 そして、乾いた笑いを浮かべる。

 それには同意だけれど、まさか自分に話題が振られるとは思わなかった。

 話題を変えなければ。

 そう思うものの、何も思いつかなかった。


「トロイさんて、何を考えて生きているんですか?」


 ミサから話題を変えてくれて、ヴァルフレードは内心ほっとする。

 エルマーは首をかしげて、


「俺? 俺は今ミサが可愛いなって思ってるよ」


 などと笑顔で答える。

 貴族の跡取りであるエーリオの婚約者に対して、この台詞である。

 他の者なら大問題になりかねないけれど、エルマー=トロイという存在が言ってもさほど問題にはならない。

 彼は普段からミサみたいな素直な子が理想だとか言ってはばからないし、誰もその発言を本気にしない。

 言われたほうのミサは、ひきつった顔をして、


「すみません、私が悪かったです」


 と言い、エルマーから視線を逸らした。

 何が悪かったのかわからないらしいエルマーは、不思議そうな顔をしてミサとヴァルフレードを交互に見る。

 巻き込まれたら厄介だと思い、ヴァルフレードもエルマーから視線を逸らした。




 夏と言うこともあり、屋敷内もそれなりに暑い。

 外出時以外は半袖シャツで過ごすが、日中はそれでもじんわりと汗が出てくる。

 夜になるとだいぶましにはなるけれど、暑さは残っていて見回りで屋敷内を歩くだけで汗をかいた。

 魔法機械の発達により、室内でも快適に過ごせるよう温度調節ができるようになっているけれど、さすがに館内すべてを快適な温度にすることはできない。

 なので廊下はどうしても暑かった。

 この見回りが終われば汗を流して仮眠をとり、夜中の見回りとなる。

 戸締りを確認しながら、ぼんやりとした明かりだけが灯る廊下を歩いていると、白い人影を見つけた。

 白いシャツに白いドロワーズを着たエリーザが、廊下から外を見つめている。

 またか。

 以前も彼女をここで見つけた。

 足音に気がついたらしいエリーザは、こちらを振り返ると微笑んで言った。


「こんばんは。

 よかった、まだ見回り終わっていなくて」


 そして安堵の表情を浮かべる。

 それはどういう意味だろうか。

 自分を待っていたという意味か?

 いや、そんなわけはないと思い、ヴァルフレードは彼女に近付いた。


「またこんなところで。

 どうされましたか」


 すると、エリーザは窓の外に視線を向けて、


「外を見ていたの」


 と答えた。

 窓の外には、王都の町並みと海が見える。

 海に停泊する船の灯火は、まるで星のようにまたたいている。


「ミサが言っていたの。

 空の星を繋げると、星座というものができるそうなの」


「星座……ですか?」


「ええ。

 星と星を繋げると動物や神様の形ができるんですって。

 その星座には色んな物語があるそうよ」


 その話は初耳だった。

 ミサは外国の出身なので、きっと外国の物語なのだろう。

 エリーザは空を見つめ、


「そんなふうに星を見たことがなかったから、不思議だなと思って、空を見ていたの」


「物語、ですか」


「ええ。

 残念なことに、ミサはお話は覚えてないそうなんだけどね」


 と言い、エリーザは笑う。


「色んなお話があるそうよ。

 怪物を倒す話とか、恋の話とか」


「演劇の脚本家たちが喜びそうな話ですね」


 夜空に物語を描くとは、ミサの国の者は暇人か夢想家なのだろう。

 この国にそういった物語はないし、星を見る、という習慣もあまりない。

 学生時代に少し習ったくらいだろう。

 星を眺めるなどしたことはなかった。


「ねえ、ヴァル」


 そう呼ばれ、心がちくりと痛む。

 彼女は離れて立つヴァルフレードの腕をそっと掴み、外に視線を向けたまま言った。


「明日、またお出掛けしてくるの」


 そう言ったエリーザの声は心なしか重く感じる。


「ディーターさんはとても誠実な方で楽しいけれど……

 でもね、いいのかしらって思うの」


「何が、ですか」


 彼女は笑ってこちらを見る。


「結婚したら家事もなにもしなくていいそうよ。

 侍女たちがいるからって。

 私、家でひとり何をしたらいいのかしら」


 家事をしなくていいなんて、楽でいいだろうに。

 何か不満なのだろうか?

 ひとりの時間があるなら好きなことをして過ごせばいいだろうに。


「私、どんな方と結婚してもいいようにと一通り家事は教わっているし、時々皆さんと一緒にお洗濯したりお掃除したりしてるのよ。

 嫌がられるけど」


 それはそうだろう。

 今はまだ貴族のお嬢様なのだから。

 けれどその話は初耳だった。

 侍女たちはどんな思いでエリーザと掃除や洗濯をしているのだろうか。


「誰かのためにお菓子作ったり、お料理したりもしたいんだけどね、私。

 けれどお兄様はお仕事であまり家にはいないし、お父様たちはまだお帰りにはならないし」


 そしてため息をつく。


「侍女では遠慮されてしまって。

 食べてくれる相手がいないのよね」


「それならミサやエルマーがいいのでは」


 屋敷にいて、エリーザの地位など気にならない立場なのはミサだけで、気にしない性格なのはエルマーだけだろう。

 エリーザはぱっと明るい表情になり、


「それならヴァルもいいわよね!」


 と嬉しそうな声音で言った。

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