19視線
エリーザと別れた後、ヴァルフレードはひとり再び外に出た。
普段と変わらない、昼下がりの静かな大通りだった。
視線の主はいなさそうだ。
いったい何が目的なのだろうか?
あの視線は、夏の入り口にエリーザたちが劇場にいったときに感じたものと似ている気がする。
殺意はないが、見張られるのは気分がいいものではない。
対象はエリーザだろう。
けれどいったい何が目的だろうか?
世の中には好きな相手をただ見つめたいだけ、という者もいるらしい。
視線の主はそう言う嗜好の者だろうか?
ヴァルフレードには理解できないけれど。害がないならいいが、時にそういう者は犯罪に走ることがあると聞くし、放っておいていいものだろうか?
考えていると心がざわつきだす。
今日の出来事が、頭の中を駆け巡っていく。
エリーザと路面電車に乗り買い物の行き、カフェテリアにまで行ってしまった。
「……なにをしているんだ、俺は」
ひとり呟き、首を横に振る。
今日の出来事がエルマーにばれたら何を言われるだろうか?
またわけがわからないことを言われるだろうか?
エルマーとは本当に合わない。
性格も何もかも違いすぎる。
顔を上げ、通りの向こうを見つめる。
視線を感じ、ヴァルフレードは歩き出した。
いつからそこにいたのだろうか。
一区画向こうの物陰からこちらをうかがう者がいる。
いったい誰だ。
その正体を確かめようとヴァルフレードは角を曲がり、大回りをしてその人物が隠れる場所へと近づいて行った。
「何をしている」
背後から声をかけると、男はばっと振り返り、口をパクパクとさせた。
その男に、ヴァルフレードは見覚えがあった。
年の頃は二十歳前後。
金髪の、人のよさそうな青年はたしかエリーザの見合い相手のディーターだ。
写真で見た記憶がある。
彼はたいそう驚いたようだけれど、それはこちらにも言えることだった。
まさか、自分たちを見張っていたのはこの男なのだろうか?
なぜ、何の為に?
彼はすうっと大きく息を吸うと、一気に言った。
「ヴァルフレードさん、ですよね?」
「……あなたは、ディーター=ベルツ様でいらっしゃいますか?」
静かに問いかけると、彼はこくこくと頷いた。
元貴族とはいえそれなりの家だろう。
お付の者もなしで出歩くとか、いったい何を考えているのだろうか?
「このようなところで、何をされているのですか?」
自然と、咎めるような声になってしまう。
それを察したのだろうか、ディーターは首を振り、
「やましいことはしておりません」
などと言った。
それはやましいことをしていたということだろうか?
そんな穿った考えが頭をよぎる。
「あの、貴方に会いたくてその……」
想像していなかった言葉に、ヴァルフレードは瞬きをしてディーターを見つめた。
彼は至ってまじめな顔でこちらを見ている。
「俺に……?」
なぜ、どうして。
「会いたいと言うか……どんな人かを見たかったというか」
ディーターはしどろもどろになって答える。
「……意味が分かりませんが」
エリーザの見合い相手がなぜ自分を見張るのか全く理解できなかった。
何かしただろうか?
いいや、彼とは初対面だ。
というかそもそもディーターはエリーザに縁談を断られたのではなかっただろうか?
けれど諦めていないとも聞いたが。
「ずっとあなたのことが気になっていて……何度か様子をうかがっていました」
その言葉を聞いて、背筋に冷たいものが走る。
それが顔に出たのだろうか、ディーターは慌てた様子で首と両手を振った。
「あー、ち、違います違います。
貴方に興味がとかそう言う意味じゃないです!」
「ならなんなのですか」
「エリーザさんが、その……」
と言い、彼は口を閉ざし下を俯いてしまう。
エリーザがどうしたと言うのだろうか?
「お嬢様とは、もう会われていないのでは?」
そう問いかけるとディーターは頷いた。
そして寂しそうに笑い、
「フラれてしまいました」
と言う。
「その前からずっとあなたのことが気になっていたんです。
彼女がいつも、貴方のことを話すときとても笑顔だったから」
「……え?」
今日は驚くようなことがたくさん起きる日なのだろうか?
いったいなぜ、ディーターは自分を見張っていたのだろうか?
その理由がいまいち理解できず、ヴァルフレードは問いかけた。
「だからと言ってなぜ、俺を見張るのですか」
「それは……その……」
そして、また彼は俯いてしまう。
じれったい。
はっきり言えばいいのになぜ言わないのだろうか?
ヴァルフレードはだんだんイラついてきたけれど、それを表に出すわけにもいかずなるべく平静に言った。
「俺は地位も何もないですが、俺が共にしているのは貴族です。
今までに貴族が暗殺されたり襲撃受けたりしてきたのはご存じでしょう。
貴方がしていることは許される行為とは言えませんが」
「いや、あのその……すみません」
ディーターは慌てだし、ばっと頭を下げた。
「本当にやましいことはないんです。
ただ貴方がどんな方なのか見たかっただけでその本当にすみません」
そう早口でまくしたて、ディーターはまた頭を下げた。
そんなに頭を下げられると正直むず痒い。
「今日、ふたりの様子を見てよくわかりました。
あんなに楽しそうにしているエリーザさんを見たら……諦めるしかないですよね」
そして、ディーターは寂しく笑う。
いったい何を言っているのだろうか、彼は。
「お嬢様が俺について語っていたというのは、どういう意味ですか?」
ヴァルフレードが問いかけるとディーターは、
「彼女と会うと、貴方の話題がよく出ていたので。
子供の頃の話とか」
と、やはり寂しそうに答えた。
「エリーザさんが幼いころ、よく遊び相手になっていたのでしょう?」
「えぇ、まあ……」
「彼女との会話によく出てきたんですよ。
木登りをしても貴方には怒られなかったとか、よほどのことがないと駄目とは言わなかったとか。
正直嫉妬しました」
「……嫉妬?」
ディーターの話に脳がついていかない。
何故エリーザはディーターにヴァルフレードの話などしていたのだろうか。
何故ディーターは自分を見張っていたのだろうか。
疑問ばかりが次々と脳裏に浮かんでいく。
「今日の様子を見て俺は吹っ切れました。
見張っていたことについてはすみません。
今日はたまたま出先で見かけてつい後をつけてしまいました」
「ずっと前に……劇場でもやりましたか?」
「すみません」
そしてまた頭を下げる。
そうか、夏前に劇場で感じた視線は彼だったのか。
と言うことは彼は姿を消す魔法が使えるかなり行為の魔法使いということか。
「俺は帰ります。本当に、すみませんでした」
混乱するヴァルフレードを置いて、ディーターは背中を向けて足早に去って行ってしまった。
幼い兄弟が走りながら大通りをかけていく。
その様子を眺めながら、ヴァルフレードは、
「いったいなんなんだ」
と呟いた。




