18電車に揺られて
路面電車に乗って、屋敷そばの停留所を目指す。
車内はそこそこ乗客がいたけれど坂を上るにつれ乗客は減っていった。
エリーザは、先ほど露店で買って貰った首飾りが入った紙袋を握りしめていた。
普段なら鞄を持ち歩いているけれど、今日の服装にあうものがなかったため持ってきていない。
財布だってポケットに入れているような状態だ。
ポケットに入れたら壊れてしまいそうで、手に持っているのが一番安全だと思ったのだけれど。
落としたらどうしよう、という思いがどうしてもちらついて手に力が入ってしまう。
エリーザはちらりと隣に座るヴァルフレードを見る。彼は外へと視線を向けていた。
彼は何を考えているのだろうか。
いまいち読めない。
侍女で幼なじみのフローラには、
「好きだったらさっさと告白したらいいのになんでしないの?」
などと言われてしまった。
別に彼女にはなんにも言ったことないのに、どうやらバレバレだったらしい。
否定したら、にやにやと笑って、
「顔、真っ赤よ」
と言われた。
そんなに顔に出るものだろうか。
押し黙ったら、フローラはエリーザの背中をバシバシと叩いて、
「おもしろーい!」
何て言っていた。
フローラの考えることはよくわからないけれど、彼女からヴァルフレードが今日休みであることを聞き、
「一緒に行ってきたら?」
とのせられて今に至る。
よくよく考えれば大胆な行動かもしれない。
恋人でも何でもない異性とふたりでお出掛けなんて、あり得ない話だ。
きっと、執事のサルトリオが知ったら固まってしまうだろう。
彼にはばれないようにしなければ。
サルトリオは貴族たるもの、という意識がエリーザの親よりも強い気がする。
屋敷に帰ったらお昼の時間は少し過ぎてしまうだろう。
パンケーキを食べたため、そこまでお腹はすいていない。
ドキドキして気持ちは落ち着かないし。
「もうすぐつきます」
不意にヴァルフレードが言い、エリーザははっとして彼を見た。
外を見ると、見慣れた町並みが視界に入る。
どうやらもうすぐお出掛けはおしまいらしい。
心が残念な思いで満たされていく。
もっと一緒にいたいのに。
でも、貴族の娘が男と長時間ふたりでいるのも問題があるかなという思いも僅かだけれどもある。
それ以上に押さえきれない感情もあるわけだけれど。
路面電車が止まり、エリーザは彼に促されて立ち上がり電車を降りた。
降りた客は自分たちだけで、電車は扉を閉めて動き出す。
ヴァルフレードはエリーザの腕を掴むと、
「急ぎましょう」
と言って、早足で歩き始めた。
そんなに早く帰りたくないのに。
「なんでそんなに急ぐの?」
腕を引っ張られながら尋ねると、彼は正面を見たまた言った。
「誰かに見張られています」
「え?」
言われて辺りへと視線を巡らそうとすると、ヴァルフレードの尖った声が聞こえた。
「正面から視線をはずさないで下さい」
「なんで」
「悪意は無さそうですが、魔法で姿を消していると思われるからです」
魔法で姿を消している、と言うことはエリーザが見回したところで相手を見ることはできないだろう。
背中をすっと冷たいものが走っていく。
まさか自分が狙われているのだろうか?
でもヴァルフレードは悪意を感じないと言っていた。ということは敵とかではないと言うことだろうか?
ならばなぜ姿を消して自分を見張っているのだろうか。
引っ張られながら考えたけれど答えは出るわけがなかった。
こんな風に足早に歩くのではなくて、もっとゆっくり話しながら帰りたかったのに。
少し残念に思うけれど、仕方ないと諦め、エリーザは侍女や侍従たちが使う裏門から屋敷へとヴァルフレードと共に入っていった。
裏庭を少し歩いた後、ヴァルフレードは立ち止まり腕を掴んでいた手を離した。
「エリーザ様」
静かに名前を呼ぶ彼を、恐る恐る見上げる。
怒られるだろうか。
と言う思いがわずかによぎる。
「俺と出掛けて、楽しいですか?」
想像とは違うことを言われ、エリーザは瞬きをして彼を見つめた。
今なんて言った?
ヴァルフレードが言っていた言葉を思い出し、考える。
エリーザは頷いて、
「はい、あの……楽しかったです」
と答える。
するとヴァルフレードはそうですか、と呟くと背中を向けた。
「俺は部屋に戻ります。
その服装で俺といては変に勘ぐられるでしょうから」
そう言って、彼は足早に去ってしまう。
その背中に、エリーザは声をかける。
「ありがとう、付き合ってくれて」
ヴァルフレードは立ち止まり、けれど振り返らず首を横に振って言った。
「いいえ、ではまた」
なんだかいつも以上にそっけないような気がするけれど、気にしても仕方ないと思いエリーザも屋敷に戻ろうと呪文を唱えた。
母親から拝借した指輪が光を放ち、辺りの風景が歪む。
眩しさに目を閉じ、そしてゆっくりと目を開けると見慣れた自分の部屋にいた。
とりあえず無事に戻ってこられた。
ふう、と息をつき着ていた上着を脱いだ。
早く着替えないと、こんな男装姿を執事に見られたら非常に面倒だ。
エリーザは侍女を呼ばず、ひとりでさっさと室内着であるシャツに幅広のパンツ姿に着替えた。
そして、小さな紙袋から買ってもらった金水晶の首飾りを取り出す。
小さく透明な瓶を傾けると、中の砂も傾いていく。
明かりを浴びてきらきらと輝くその砂はとても綺麗だった。
「あら、金水晶?」
「きゃっ!」
聞きなれた声が突然背後から聞こえ、エリーザは首飾りを握りしめて振り返った。
そこには紺色の侍女の制服を着たフローラが、にやにやして立っていた。
「ふ、ふ、ふ……」
驚きのあまり名前を呼べない。
彼女はにっこりと笑い、
「お茶、もってきたんだけど」
と言って机を手で示した。
そこには確かに湯気の立つカップが置かれている。
「あ、あ……ありがとう」
「そんな事よりエリーザ、それ、金水晶でしょ?」
その問いかけに頷くと、フローラは口元に人差し指を当てて言った。
「石言葉って知ってる?」
「石言葉?」
初めて聞いた言葉だ。
呆然とするエリーザにフローラはさらに言った。
「東の方じゃあ宝石にいろんな意味があるって言われているの。
その中身、金水晶の欠片でしょう?
金水晶の意味はね、『秘めた想い』なのよ」
「秘めた想い……?」
言われて、握る首飾りを見つめる。
いや、でもこの辺りで石言葉なんて聞かないし、ヴァルフレードが何か意味をもって買うとは思えない。
「って、この間ヴァルと一緒に見た雑誌に書いてあったわ!」
「……え?」
刹那に考えていたことが否定され、エリーザはフローラに視線を向ける。
彼女は楽しそうな顔をしてエリーザに歩み寄ると、ぽん、と肩に手をおいて、
「よかったわね」
と言った。
訳がわからずエリーザは、ただ茫然とフローラを見つめた。




