17掴まれた腕
ヴァルフレードとふたりきりで町を歩くのは不思議な気分だった。
しかも今、彼はエリーザの腕を掴んで歩いている。
できれば寄り添ってだとか、腕を組んでのほうが嬉しいのだけれど、という思いがよぎった瞬間、一気に顔が熱くなっていく。
何を考えているんだろうか自分は。
相手は護衛で、自分は貴族の娘で。
身分の差がありすぎる。
今の世の中、結婚相手との身分の差など気にしなくなっては来ているけれど。
いや、でもヴァルフレードの家は中流以上ではあるはずだ。
でも仕事は貴族の護衛だし……
色んな考えが脳内を駆け巡っていく。
自分を偽るのはやめよう。
ディーターとのことがあり、やっと気が付いた。
自分の中に誰がいるのか。
なんて馬鹿だったんだろうか、自分は。
彼に自分を見てほしくて、いろいろやっていたんだとやっと気が付いた。
けれどどうしたらいいんだろうか?
思いを告げる?
言ったらでも、この関係は壊れてしまわないだろうか?
もし断られてしまったら?
そんな葛藤を抱えつつ、エリーザは日々を過ごしていた。
しばらく歩き、路面電車の停留所が見えてきたときヴァルフレードは立ち止まった。
「屋敷に戻りますが、よろしいですか」
いつもと同じ、淡々とした口調で彼は言った。
もともと服を買ったら帰ると言っていたし、エリーザ自身長居するつもりはなかったのでそこは素直にうなずいた。
正直残念に思う気持ちもあるけれど。
勝手に外に出たことが執事にばれたら大ごとになってしまう。世の中には貴族を嫌い、暗殺も辞さないという集団がいるらしい。
そう言う人々がそれだけ危険か、以前しつこく聞かされた。
「ヴァル、過激派って今でもいるの?」
正直現実味のない話だった。
今の世の中それなりに平和だ。
日々いろんな事件が起きてはいるけれど、だからと言って自分が知る限り貴族が襲われたという話は聞いたことがない。
「おりますよ。
近年でも、貴族が襲われた事例はいくつかありますから」
「え、嘘」
「嘘など申しません」
そんなことはわかっているけれど、正直信じられなかった。
「公表はされておりませんが、いくつかありますよ。
大ごとにはなっていませんが」
「そ、そうなの」
「けれど実際、そういう組織の者が貴族や王族を見張っているという話はありますので。
警戒は必要でしょうね。ですから」
そう言って、ヴァルフレードはエリーザの身体をぐいと引き寄せた。
「おひとりで外に出るのは、お控えください」
耳元で、低い声でそう囁かれ、エリーザは顔中が真っ赤になるのを感じた。
どういうつもりでこんなことを彼はしているのだろうか?
今、彼はどんな顔をしているのだろう。
見たいけれど、恥ずかしくて見られない。
「……どうされました?」
動けずに固まっていると、不思議そうな声でヴァルフレードが言ってくる。
どうもこうもないだろう。
耳元であんな風に囁かれたら恥ずかしいに決まっている。
エリーザは俯いて首を振り、
「なんでもないんだから!」
と強い口調で答えた。
「そうですか。
電車が来るまで少し時間があるようですので、もうしばらく歩きますか?」
と言われ、エリーザはヴァルフレードの顔を見ず、こくこくと頷いた。
路面電車は十五分分から三十分間隔で運行されている。
少し近辺を歩くだけで電車は来るだろう。
停留所のそばに、いくつか露店がでている。
その一つに、エリーザは目を留めた。
この国では余り見かけない形をした装飾品が売っている。
商人もこの辺りでは滅多に見ない、濃い茶色の髪をしている。
ということは外国人だろう。
「鳳華から来た商人のようですね」
ヴァルフレードが呟く。
鳳華は大陸の中央から東側にある国だ。
大きな国で、男がなぜか生まれにくいという噂があり、女性の社会進出がかなり進んでいるときく。
露店に近づくと、
「いらっしゃい」
と、中年と思われる商人が笑顔で言った。
紐でいくつも輪を作り、垂れ下がる紐の先に宝石が付いたものや、蝶の形をした耳飾りなど、この辺りでは見かけない雰囲気のものが多かった。
小さな透明な瓶に金色の砂が詰められた飾りに目を惹かれた。
その砂はキラキラと輝いていて、普通の砂ではないようだ。
首飾りらしく、長い銀色の鎖がついている。
「その瓶の中身は金水晶だよ」
そう、店主が言った。
「金水晶?」
それは大陸の東で採れる希少な鉱石だ。
「原石を加工したときに出た欠片を詰めたんだ。
だから格安だよ」
鎖についた値札をみると、確かに安い。
先ほど食べたパンケーキ二人分くらいだ。
「綺麗ですね」
と言うと、商人はそうだろう、と言って笑った。
「こんな小さい瓶が作れるのもすごいですね」
「そいつは東の帝国の代物だ。
あの国はやたらといろんな物を小さくして記録に挑戦とかするかるなあ。
値段の半分はその瓶の代金だ」
そう言ってまた笑う。
きっとそれは冗談なのだろうけれど、その瓶は小指よりも細く小さな物で、安くはないだろうなとおもう。
「気になりますか」
背後からそう声をかけられ、エリーザは上の空で、
「うん」
と頷いた。
「では、それをいただけますか」
そんな言葉が聞こえてきて、エリーザはばっと、後ろにいるヴァルフレードを振り返った。
ヴァルフレードが財布からお金をだし、それを店主に渡す。
驚きの余り声も出ず、エリーザはヴァルフレードを見つめた。
彼は相変わらず何を考えているのかよく分からない表情をしている。
「毎度!」
と言って、店主が小さな紙袋を差し出してきた。
ヴァルフレードはそれを受け取り、そのままエリーザへと差し出した。
「あ、あの、ヴァル?」
戸惑いつつ紙袋とヴァルフレードの顔を交互に見つめる。
彼はエリーザの手を取ると、紙袋を握らせて言った。
「参りましょう、電車がきます」




