【00.01:00】
このお話から、右側の数字が『00~29』までが探索組、『30~59』が待機組のお話になります。
また、真ん中の数字が増えない限りの探索組、待機組のお話は一日に数回時間をずらしてUPすることがあります。
「ちょっと、お待ちなさいなって」
一人先行く凜に大股で近づく有理は、内心ため息を吐いている。
凜と零香が中学生であることは、着ている制服を知っている有理からすればすぐに判断ができる。
そして中学生であるということは、集団生活をする学びの場において、凜のような子は、浮く。
遠巻きに見られるだけならば、まだ良い方だろう。
心身に被害を被っているならば、最悪だ。
――まあ、と有理は追い付いた凜に手を伸ばし、肩へと手を置いた。
学校内での凜に対する心配は、していない――凜に付き纏う零香が、恐らく孤立を防いでいるだろう。
あれだけ心配もされていたし、と肩に手を置かれたから静止し有理の方へと振り向いた凜を見て、内心で吐いていたため息が思わず漏れる。
「――……何?」
「何? じゃないわよ。アナタ一人で行ったら、ワタシがついていく意味がないじゃない」
「わたしはあなたを必要としていない。ついてくるのはあなたの勝手」
コミュニケーション能力は皆無なのか、と表情の変わらない凜の顔を見て有理は肩を落としかける。
もし、生存者を見つけたとしても――凜のこの様子なら、生存者に不信感を与える可能性が高い。
「確かに、アナタについていくのはワタシの勝手よ。でも、零香ちゃんの望みでもあるわ」
「――……零香の望みというよりは、過保護? どちらにせよ、わたしの望みではない」
「アナタねぇ……」
言葉を続けようとして、ため息。
凜の表情を見ていると、何を言っても同じなような気がしたからだ。
少し首を傾げた凜は、有理の言葉が続かないことを不思議に思う。
思うのだが、今は何よりも優先することがあるため、気に留めたのは一秒もないほどのごくわずかな時間だけだった。
凜は再び歩き出す。
「あ、ちょっと――もう!」
少しの文句は言うが、有理は凜の後ろをついていく。
一人の方が楽なんだけど、と凜は隠しもせずに思いつつ、ついてくるのは勝手だといった手前、追い払うこともできない。
ちょっと口うるさくて迷惑な人がついてくるのは、凜にとっては割と日常的なことである。
だから、諦めもつくというもの。
そんな凜の「迷惑だけど、どうでもいいか」という雰囲気を読み取りつつ、有理は開き直ることにした。
お節介焼き、上等。そう内心で呟いて凜の後ろを歩くこと数分、下へと降りる階段が見えた。
上りの階段は、ない。
「確か、三階建て、だったわね。ということは、ワタシたちがいたフロアは三階だったのね」
「うん」
凜は迷わず階段を降りようとして、くるりと有理の方へ振り返る。
あまりにも突然振り向かれたので、もしかしてあの犬が来たのだろうか、と有理も後ろを確認する。
背後は、仄暗い廊下が伸びているだけである。
「どうかした?」
「……、いいえ。なんでもないわ」
どうやら用事があって振り向いたらしい、と有理は理解した。
理解したが、こんな状況で急に振り向かれるのは、少々心臓に悪い。
特に、凜が“戦闘員”であることを知っている有理にとって、凜の突然の動作というのはそういうことの可能性もあるのだから。
そんな有理の内心など理解できない凜は、少し不思議そうに首を傾げた後、軽く頷いて有理の行動を流し、自分の要件を伝える。
「あなたが大声を出しても深淵の犬が来なかったから、三階に深淵の犬はいないと思う。けど、わたしが調べたいのは、二階」
「あら……三階は、いいの?」
「うん。部屋の扉を開けて、灯りがついてるか、ぱっと見で人がいるかの確認は、もうしてる」
念入りには調べていないとはいえ、よくこの短時間で調べたものだな、と有理は感心する。
しかし、思えば自分と――そして初春は、凜に揺さぶり起こされたのを考えると、このゲームが始まる前から行動を起こし、こうやって探索をしていたのだろう。
あの角部屋に連れて来られてから、情報収集としてあの部屋に起きた時からいたらしい笑たちから話を聞けば、有理とそう変わらない目覚めだったと聞く。
零香も凜に起こされ、何が何だかわからない状態で連れられ、あの部屋に押し込まれたと言っていた。
その後優と麗月がゲーム開始の放送が入るほんの数分前に連れて来られ、放送後の数分後に裕が連れて来られたのだから、部屋に人を集め始める前から探索はしていたのかもしれない。
――もしかしたら、一番初めに目がさめたのは、凜ちゃんなのかしら。
そんなことを思いながら、有理は今の内に今後の探索方針を聞くことにする。
「二階に行くのは構わないけれど……どんな風に調べるのかしら?」
「建物全体を調べるのが先だから、部屋は人がいない限り入らない。ドアを開けて、灯りがついていたら呼びかける。人の気配がしたら、入る」
「あら……人の気配とか、凜ちゃんにお任せしちゃっていい?」
凜は有理の言葉を聞いて首を傾げた。
何か、変なことを言っただろうか。有理も首を傾げる。
「――構わないけど。魔術師なのに、気配がわからない?」
問われて、ああ、と有理は納得した。
有理は無所属の魔術師であるため、凜の気にするいくつかある団体の魔術師とは、少し変わっている。
具体的に言うならば、初歩の魔術の中でもほんの一握り――有理の場合は護身の魔術だけ覚えているのに対し、どこかに属している魔術師というのは深淵を覗き、人間を止めている人が多い。
そしてその人たちに共通して言えるのが、深淵を覗く過程で、どうやら人の気配というのが分かるようになる、というのだ。
正直、有理からすればそこまでどっぷり魔術師をやるつもりはない。
「鍛えたのは護身の魔術だけよ――そもそも、フリーの魔術師なんて、初歩の魔術を片手で数える程度使えればいい方なのよ」
「そう……でも、今回はそれでも大丈夫。深淵の犬は物理的なことしかしないから」
「それは知ってるわ。そういう化け物の類は、ワタシ、師匠に教えてもらってるから」
「……ずいぶん、しっかりしたお師匠様だったのね。名前は?」
「さあ? 聞いても答えてくれなかったけど……“ホージロー”って――」
人から呼ばれていたのを聞いたことがあるわ、と続けようとして、有理は驚きでその言葉を紡げなかった。
何故なら、あの表情が全く動かない感情なんてどこかに置き去りにしてしまったのではないかと思われた凜が、唐突に壁へと頭を打ち付けたからだ。
ゴン、とわりと重たい音が響く。
「ちょ、ちょっと……? 凜ちゃん、アナタ何を――」
「――あの人は。どこで何をしているんだと、思ったら……」
珍しく、凜のため息。有理はどうしたらよいのか戸惑いを隠せない。
だが、ため息を吐いたことで凜は落ち着いたらしい。
狼狽えている有理をそのままに、凜は思考を切り替えて今すべきことを優先する。
「あなたの師匠のことは、この屋敷から出たらじっくり聞くとして――今は、二階を探索しようと思う」
「え、ええ……そうね」
急変した凜の様子に面食らいながらも、なんとか返事をする。
まさか、自分に魔術を教え――そして化け物の類を教えてくれた師匠が、凜も知る人物であったとは思いもしないことであった有理は、返事をした後でしまった、と思う。
口約束ではあるが、凜の所属する場所に連れていかれる可能性が出てきた。
これからもフリーの魔術師で、非日常にはあまり首を突っ込まないようにしたい有理にとって、日常に戻った後で非日常の人物と交流を持つことは避けたいものだ。
――これが、非日常を体験したけれど日常へ戻った人物であるのならば、忌避することはなかった。
だが、凜は“戦闘員”だから、ずっと非日常の住民だろう。
そう予測がつくだけに、今回の返事はまずいと思えた。
凜を媒介に、非日常に所属する集団へと接する機会が増えればもちろん、勧誘される回数も増える。
前に一度“強引な勧誘”をされた身としては、日常に戻った後に非日常とは付き合いたくはないものだ。
だから、悪いとは思うが初春を巻き込むことにする。
「――できれば、お話をするときは、初春のいるお店に来てほしいわ」
「なぜ?」
「初春も、ワタシと同じだからよ。まあ、使える魔術が違うけど……」
「そう――話が聞けるなら、それで構わない。尤も、居場所を知っているのなら、今でも構わないけれど」
「うーん……残念だけど、放浪癖があるみたいで、フラッといなくなっちゃったわ」
そう答えると、いつもより淡々とした――いや、あきらかにがっかりした声で、そう、と凜が呟いた。
さきほどの頭を壁へと打ち付けたり、この声といい、凜は表情として出ないだけで感情はしっかりあるのだと確認でき、どこか有理はホッとした。
感情がなければ、人形にしか見えなくなるところだった。
人を人として見ないことは、失礼である。
だから、この内心を知られないように、と有理は思いつつ、表情を引き締める。
「じゃあ――探索開始、と、いきますか」
「うん」
こくり、と頷く凜は、そのまま二階へと降りる階段へと足を下ろした。
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