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いらっしゃい、非日常  作者: キリアイス
6/22

【00.00:50】

予約するのを忘れてました……;

「じゃ、この調子で自己紹介済ませちゃいましょうか」

「そうですね。では、まずは(わたくし)から」


 零香がそう声をかけながら、裕がこの部屋に来る前に座っていた場所に戻っていく。

 その際、裕の背中を押し、机を中心にソファで囲った場所へと連れて行く。

 人が一番集まっている場所というのがそこになるのだから連れていかれるのは仕方がないことだった。


 ――ただ、一つ気になるのは、麗月と優だけその人の集まる場から外れていたことくらいであった。


 他にも裕は気になったことがいくつかあるわけだが、落ち着いてから聞けばいいことなので、まずはこの流れに流されることにした。

 そうして最初に名乗りを上げた女性は、すっと立ち上がると綺麗なお辞儀をした。


「初めまして。旅館『月ノ庭』の女将をしております、庭月野(にわつきの) (えみ)と申します」

「……旅館?」

「はい。四位様は(わたくし)の記憶にございませんが……今回の事件の渦中は、私の旅館である可能性が高いのです。そうでなければ、従業員もお客様も、この場にはいないと思いますから……」


 愁いを帯びた顔で、小さなため息を吐くその女性は、鮮やかな赤の着物を着た女性であった。

 黒地に華文様を青海波へ連ねた刺繍を金糸で施した帯は、赤の着物と同じく目を引く。

 髪は夜会巻きをしていて正確な長さはわからないが、ボリュームがあるので長いのだろう。

 簪と櫛で留めており、簪は翡翠玉からチェーンが伸びて三日月のチャームがついている玉簪で、櫛は孔雀が尾を広げた姿モチーフのようである。

 年齢は、分からない。化粧もさほどされていない整った顔は、紅だけが着物と同じ赤であり、鮮やかな印象だ。


 こんな女性(ひと)が女将である旅館ならば、行けば忘れない。

 そして、噂や評判というのは少なくとも入ってきているはずである。

 だからこそ、裕は渦中だと思われるその旅館について、裕は首を傾げるに至る。


「――……俺は、終業式が終わって、下校した記憶しかないですね……」

「……そう、ですか……」


 裕の記憶が確かなら、その旅館へ行った覚えはない。そもそも名前すら知らない。

 思い出せる記憶を考えると、帰宅途中だったはずなのだ。

 帰路にその旅館があった覚えもないし、どこか寄り道をしたか、というならば、少々本屋に寄って夏休み中に読む本を数冊買ったくらいだ。


 ――しかし、まあ、やっと夏休みだというのに、コレである。

 酷い話があったものだ、と裕は表に出ないようにため息を吐いた。


「え……っと、その、旅館とこの建物、共通点は?」

「申し訳ございません。水科様にそのことも含めて確認をしてもらっているところなのです――――ただ、旅館はコの字の建物ですから、建物の構造は違うかと思われます」


 それでも渦中は旅館だろうと考える笑は、お客様に対して謝罪してもしきれませんね、と自嘲めいた声で言う。

 まあ、心情はわからなくはない、と裕は思う。が、こんなものに巻き込まれると予測できるわけがないのだから、謝罪する程のものではないと思った。

 不測の事態で混乱しているのは同じだろうに、自分よりも客である他人を気にする当たり、立派な女将なのだろう、と裕はそう思うことにした。

 笑が頭を下げ、そのままソファに座ると、左右に座っていた女性二人が立ち上がる。

 どちらの女性も、着物を着ており、年齢は二十歳手前くらいである。

 着物を着ているからか、なんとなく、笑と――月ノ庭という旅館の従業員かな、と裕は思う。


八田(やた) 紅葉(もみじ)と申します。女将……庭月野さんの営む、月ノ庭で働いております」

九重(ここのえ) 珠惠(たまえ)です。紅葉ちゃんと同じで、月ノ庭で働いてます」


 紅葉は美人というよりは可愛い感じの顔立ちをした女性であり、薄紅色の着物を着ており、白地に金糸で七宝模様が刺繍された帯をしている。

 紅葉は低い位置で団子に髪をまとめ、笑と同じ玉簪を挿している。

 珠惠は少しきつめの美人顔で、紅葉と同じく薄紅色の着物を着て、白地に金糸で七宝模様が刺繍された帯をしている。

 珠惠は短髪なので髪をまとめることはないが、帯に笑や紅葉がしている玉簪が挿されてある。

 どうやらあの玉簪は従業員が身につけているものらしい、とこの三人を見て裕はそう考えた。


「う~ん、シクライくんって、高校生?」

「? そうですけど」

「じゃあ、口調、楽にしていい? 正直、こんな時まで堅苦しい言葉、使い慣れてなくて」

「俺は構いませんよ。そもそも、年上の人に敬語を使われるのは、慣れてませんし」

「そう? ありがと。じゃ、遠慮なく言葉遣いは気にしないね」


 良かった、と珠惠が開き直ったかのように笑う。

 笑はため息、紅葉は苦笑を浮かべて珠惠を見ているが、裕の言ったことはわりと本当のことである。

 接客業中の敬語は気にならないが、こういう時にまで敬語を使われるのは、慣れない。


 ただ、それだけである。


 そもそもこの訳の分からない空間で協力していかなければならないのならば、よっぽど不快な思いをしない限りは角を立てることはない。

 そして、気を遣いすぎて疲れるのも馬鹿馬鹿しい。

 だからこそ裕は割り切っている――その割り切り方が巻き込まれた空間で、出会った人たちの中でも特に異常なものであっても。








 ――自己紹介は、終了する。

閲覧ありがとうございます。

誤字脱字等ありましたら、教えて頂けると嬉しいです。

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