【00.00:40】
「知り合いがいたみたい、ですね。えーっと、シクライ? センパイ」
「……無理に敬語は使わなくていいぞ?」
「いや、センパイっぽいんで、敬語にしますよ。まあ、崩れたら崩れたで、それはゴメンナサイってことで」
璃月――麗月、というのが本当の名前らしい――と優、二人に意識を向けていた裕は、声をかけられて少し驚く。
が、バレないようにすぐに取り繕い、返答する。
少女はクスリと肩を竦めて笑うと、劇の役者のように一礼してみせる。
「あたし、百本 零香って言います。さっきまでセンパイが一緒にいた女の子は、あたしの友達の凜ちゃんです」
「水科」
「あ、うん。水科、凜ちゃんです」
零香と名乗った少女の後ろに音もなく立った凜は、自分の苗字を呟く。
いつものことなのか、普通ならば驚いてもおかしくないことなのだが、零香は凜の行動に対して何も言うことはないようだ。
それどころか、背後に立った凜に抱き着くように引き寄せ、ころころと笑っている。
少しだけ、凜が鬱陶しそうに視線を零香にやるが、ため息もつかず、そして何も言わずに抱き着かせている。
「凜ちゃ~ん、笑顔~~」
「必要ない。それより、他の人にも紹介してて」
「アレ、凜ちゃんは?」
「情報不足の上に物資不足。まだ見つけきれてない人もいるから、探索する」
「えぇ~~……また、一人で行くの?」
「うん」
零香は心配と不安を宿した瞳で凜を見ているが、凜はただ淡々と答えるだけだった。
友達に対してなんて冷めた反応なんだ、と裕は思ったが、一方的に零香が世話を焼き、友と呼んでいる可能性が思い浮かぶ。
だが、気を許していない人に無抵抗に抱き着かれたままにはならないか、と考えると、この二人のやり取りはなんとも言えない違和感を抱く。
目の前で二人のやり取りを見て、裕は口を挟もうか迷う――なお、二人の近くにいる麗月と優だが、麗月は裕と同じで困惑しており、優は我関せずでニヤニヤとしているだけだった。
そうして声をかけるか迷い、凜が廊下へと戻ろると言っては零香が止めるというやりとりが数回。
はあ~~、と大きなため息が聞こえたかと思うと、パン、と大きな音が聞こえた。
音のした方を見ると、金茶色の髪を後ろに束ねた長身細身の人物が手を合わせて立っていた。
「アナタたち、時間の無駄よ」
「でも……凜ちゃん一人に探索をさせるのは」
「零香ちゃんの気持ちも分かるわよ。要は、一人じゃなければいいんでしょ?」
顎の下に人差し指を当て、首を傾げる。
仕草が女性っぽいが、裕は思う――この人、男だよなぁ、と。
瞳孔に向かって琥珀色になる青や緑の入った瞳を引き立たせるような控えめなメイクをしているし、声の低い女性の声、と言われれば納得できる程の声音で、正直わからない。
ただ、身長は百七十を越えている裕よりも高く、服装は男性的だから男の人と判断している――しかしそれも、別に女の人が着ていてもおかしくはない感じの服装だから判断に困ってしまう。
裕が今この現状において、少しズレた思考を巡らせている間、零香とその性別が分からない人物は話を続け、進めていく。
「そうですけど」
「なら、ワタシが行くわ。一応、護身の魔術は使えるからね」
「魔術師? 所属は」
「フフッ、ワタシは無所属よ。どこかに所属する気はない、フリーの魔術師――って言っても、使えるのは護身の魔術だけだけどね」
進んだ会話で、おかしい、と裕は思う。
魔術ってなんだよ。魔術師ってなんだよ――と。
いきなりファンタジーな話になったな、と話について行けなかったが、青い犬の存在はファンタジーだったな、と思い直す。
そして、その非現実な話を平気でするのは、やはり凜であった。
所属がどうとか聞いているが、裕はさっぱりわからない。
ただ、なんとなく――その所属というのが、最初にいた部屋にあった手紙の内容に関係しているんだろうな、と思った。
わざわざ『非日常を愛する同胞たちへ』と宛名があって、『人材確保は大事だろう?』という文も書かれていたのだ。
こういう非日常に属する人たちが集まって、派閥か何かがあって、それが所属がどうとかという話になるのかな、と裕はぼんやりと思う。
「身が守れるならばついてくるのは構わない」
「だ、そうよ。零香ちゃんは、ワタシがついていくのは不満?」
「うぅ~~……知らない大人に任せるのは不本意なんだけど、凜ちゃん一人で送り出すのは、もっと嫌」
「……じゃあ?」
「――……ユーリさん、お願いします」
零香がユーリと呼んだ人物にぺこりと頭を下げる。
ユーリと呼ばれた人物は零香の頭をポンポンと撫でると、安心させるようににこりと微笑んで「任せて」と言った。
そんな二人を他所に――いや、無視に近い形で、呼び止められないことを幸いに凜は速足に廊下の方へと歩いて行ってしまった。
その様子を見て、ユーリと呼ばれた人物は肩を竦めた後、ぐるりと部屋を見回す。
「それじゃ、ワタシは凜ちゃんと一緒に行ってくるわ。ああ、それから――初春。ワタシのこと、裕ちゃんに紹介しといてね」
よろしくねー、と、人懐っこい笑みを浮かべて手を振りながら凜の後を追う、ユーリと呼ばれたその人物。
バタン、と扉の閉まる音が聞こえた後、しばしの沈黙が降りる。
「……なんじゃ、ワシ、貧乏くじか?」
はあ、とため息をこぼす人物。声のした方は、ちょうどユーリと呼ばれた人物がさっきまで立っていたところだ。
声の主はほうれい線と目元の皺が目立つ、白髪が混じった黒髪が灰色に見える、眼鏡をかけた年老いた男性である。
鼠色のつなぎ服を着ているが、今は上半身を出しており、中に着ていた黒い半袖のシャツが見えている。
上半身のつなぎは動きの邪魔にならないように腰に巻いてあり、袖の長さからつなぎ服は長袖だったのだろうと判断できた。
「あー……まあ、坊主。有理のことは気にするな。いや、気になるだろうが、気にするな」
「はあ……」
「あいつは土橋 有理。ヤツはジュエリーデザイナーだ。ああ、ついでに男だからな」
「……、はあ……」
生返事になってしまう裕だが、それ以外の返答ができずに困っているとも言える。
ただ、やっぱり男で良かったんだな、と数分悩んでいたことが解決したのだけは、しっかりと把握した。
そんな裕の困惑した雰囲気は伝わっているようで、老人は裕の態度を気にすることはなかった。
「ついでに、ワシは千歳 初春だ。あと二年も経てば還暦を迎える爺さんだぞ。彫金師という職の関係上、有理とは知り合いだ――まあ、尤も。仕事の話で来たら、巻き込まれたのだがな」
初春は、深い深いため息を吐いた。
その深いため息を聞いて、苦労しているんだろうな、と思うと、少し親近感が沸く裕であった。
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