【00.00:30】
部屋に入ってすぐに感じたのは、視線であった。
灯りがついていたから人がいることは想像していたが、想像よりも多くて裕は一瞬怯む。
「凜ちゃん、早かったね?」
「拾いものがあったから」
視線の多さに怯んでいると、ドアに一番近いソファに座っていた一人の少女がやってきた。
その少女は助けてもらった少女――凜、という名前らしい――と同じセーラー服を着ており、姿を見たら話をするくらいには仲が良いようだった。
健康的に焼けた肌と光の当たり具合によっては茶に見える黒髪をショートヘアにした茶色の瞳が値踏みするかのように裕を見ている。
じろじろと見られるのはあまり気分が良いものではない。
だが、この少女はドアに一番近いソファに座っていたのだ――しかも、背中を向ける形で。
当然、いきなりドアが開いたのだから、この少女は驚いた顔で振り返り、凜がいることに気付いて安堵していた。
今更ではあるが、ノックなしでいきなり扉を開けたのはまずかったかな、と裕は反省する。
そんな風に一人心の中で反省しているのをよそに、凜は無表情のまま「拾ってきた」と、まるで捨てられた動物を拾ってきました、といった軽い言葉で裕のことを部屋の中にいた人たちに伝えていた。
部屋の中にいた人たちの反応は、慣れたものである。
唯一苦笑を浮かべながらツッコミを入れるのは、近づいてきたこのショートヘアの少女だけである。
「あー、うん。それは見て分かってるから。でもまあ、探索はできなかったんだよね?」
「角の字の一画目と二画目がない感じの建物だった。けど、情報収集不足は否めない」
言うが早いか、ツインテールの少女はまだあの青い犬がいそうな廊下の方へと向かい始める。
その行動に慌てたショートヘアの少女は、裕を素通りして追いかけ、なんとか扉が開く寸前で彼女がこの部屋から出ていくのを阻止した。
その姿を首だけ回して後ろを見る裕は思う。こうして二人が並ぶと、まるで対比みたいだ、と。
髪は結える程の長さか、それとも結ぶことの叶わないほどのショートヘアか。
肌は一般的な人よりも少し白めの肌か、それとも健康的に焼けている肌か。
口数が少なく落ち着いているか、お喋りが好きで明るくムードメーカーか。
対比を上げるだけでも、三つはある。
そんな少女たちが部屋の中の短い廊下を内緒話でもするかのような囁き声で相談しながら帰ってきた。
相談しながら、少女たちは裕が開けたままにしているドアへと踏み込んでいく。
一度裕の存在をスルーしたが、すぐに気づいて部屋の中へと招き入れられる。
その行動に従い、裕は部屋の中へと入っていく。
部屋の中には、裕や少女たちを除いて七人の人間がいる。
その人たちは観察するように裕と二人の少女を見ていただけで、話しかけてくることのなかった人物だ。
警戒しているのか、それとも混乱しているのか。
未だに視線は集まったままの裕は、目線に返し始めて一人の人物に気が付いた。
「……十鳥先輩?」
「ああ、やっぱり。同じ学校の生徒なのね」
同じ高校に通う、生徒会長。
文武両道で成績優秀、顔も美人でスタイルも良い、高嶺の花。
入学後に新入生の中で噂になった女性だ。
だから、思わず顔を凝視して驚いてしまったのは、仕方がないことなのだ。
こんな得体の知れない場所にいることが不自然すぎるのだから、尚更だ。
「とりあえず、お名前を聞かせてもらえるかしら」
「あー……はい。四位と申します。四位 裕」
「『しくらい』くん? どういう字を書くのかしら……変わった苗字ね。でも、覚えやすくていいわね」
にこりと微笑む生徒会長は、先ほどまで表情の変化が全くなかった少女と比べると温かみがある。
その温かさに触れて、裕はやっと『人と出会えた』と思ったのだった。
ただ、男子の憧れである生徒会長に話しかけられ、名前も覚えられそうだというのは、クラスメイトには内緒にしたいものである。
騒がしいのは嫌いじゃないが、その騒ぎの中心になるのはごめん被りたいのだ。
「私は知ってると思うけど、十鳥 璃月よ。よろしく――」
「るーなーちゃん。後輩くんに嘘教えちゃダメだぜ?」
ケラケラと。裕たちの会話に割り込む男の声。
人を馬鹿にしているような、そんな声音で話しかけてきたのは、派手な男であった。
まず、髪。明るい黄土色だし、右前髪には緑のメッシュが入っている。校則違反である。
次に、耳。ピアスをつけている。普通に校則違反である。
そして、顔。左頬には五枚花弁の桜のタトゥー。言うまでもなく校則違反である。
最後に、服装。VネックTシャツを中に着て、制服のシャツはボタンを一つも止めることもなく、ズボンから出している。もちろん校則違反である。
こんな校則違反ばかりしている、この男性。
生活指導の教師が問題児として悪い見本にしているから、名前や広まっている噂は有名で、聞いたことは一度のみならず何度もある人物だ。
「っ、み、三城くん……何のことかしら?」
「なァに? 『麗しい月』って書いて『ルナ』って読む、そんなお名前ってこと、言ってもいーのォ?」
「な、な……っ、い、言ってるじゃないっ!」
「ハハッ、ま、そーゆーワケだから。シクライ、トトリの名前を間違えて覚えてやるなよォ」
三城 優――確か、そんな名前だったはず。
裕は二人の会話を受け流すように聞きながら、このケラケラと笑う派手な男について覚えていることを思い出していく。
確か、学年は一つ上。でも、本当は十鳥先輩と同じ学年であるはずの人物だったはずだ。
留年している先輩がいるというのは、わりと入学してすぐに話題になっていた。
噂では旅行先で事件に巻き込まれて警察に世話になった、とか、その時旅行先で入院してたとか、そんな感じの留年理由だったと記憶している。
でも、真っ当な人間ではなさそうだな、というのが裕の感想だ。
だからこそあまり関わりたくない人物だ。
高嶺の花の生徒会長と、校則違反まみれの留年している問題児。
それでも、同じ高校に通う身近な人がいたことに、裕はどこか安堵した。
閲覧ありがとうございます。
地の文の麗月の名前の表記は、麗月です。璃月と頑なに名乗りますが、麗月です。
誤字脱字等ありましたら、教えて頂けると嬉しいです。