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第8話 1・フローラ家の令嬢 サラ

『二人で出かけるとかデートじゃんズルイズルイ!』

『確かレティは今日用事があるのよね、ごめんね~』

『きいいぃ~~っ!! ラピスに頼まれた手伝いがなかったら二人っきりを阻止できたのに……!』

『んふふふふふ……!』

『あははは……』



 あの時のサラが見せた勝ち誇る顔は名家のご令嬢として気品の欠片もなかった。

 いや、令嬢としての雰囲気はあった。”悪役令嬢”としてのだけど。


 あの後、俺たちは朝食を終えるとすぐにフローラ家の屋敷を出発。「シン」とサラが初めて出会った場所だという霊鳥の森へと向かっている。

 レティは知り合いの手伝い、ディアは昨日破壊された式場の片付け、リープは知らないがおかげ様で今はサラと二人きり。

 サラお嬢様は俺を独り占めできるのがそんなに嬉しいのか鼻歌を歌いながらスキップをしており明らかに上機嫌な様子。恋する乙女というやつなのだろう。


 まぁ、このままサラが先導してくれるなら俺としてはありがたい。

 何せ俺はこの異世界に来てまだ二日目。この世界の道なんて全く知らないわけで。

 最悪そこでボロが出てしまう可能性がある、頼むから霊鳥の森とやらに着くまでは上機嫌でいてほしい。


「……あっ、こういう時は」

「え?」


 前を歩くサラはいきなり何か思いついたのか声を上げると、クルッとこちらへ振り向いて俺の横まで戻ってきてしまった。

 またしても俺の願い、届かず。

 

「二人っきりなんだからこういうこともしなきゃだよね」

「え? え? え?」


 そして、なんとサラは俺の右腕に抱き着き、腕を組んできたのだ。

 これはまさしく”当ててんのよ”。サラの胸部にある二つのお山が俺の腕にダイレクトに触れ、その柔らかい感触と形の良さが直に伝わってくる。


 ま、マズイ。これは非常にマズイ。

 女性経験がまともにない俺がいきなりこんなことをされて冷静でいられるわけがないだろう。

 昨日下着姿を見ちゃってるから尚更だ。あの時のことをどうしても思い出してしまう。

 世のカップルはこれが日常的にできるのか……。

 

「えへへ……、これなら恋人っぽいかな?」


 落ち着け、俺は「シン」ではない。俺は倉本真だ。倉本真でシンではない倉本真倉本真倉本…………。


「あ、ああ。そう見えるんじゃないか? ……ははっ」

「そ、そっかぁ……! えへへ~」


 俺がそれっぽく肯定の回答を出すと、サラは頬を真っ赤に染めながら嬉しそうに笑った。

 ……可愛い。素直にそう思えた。


 この気持ちをなんて表現すればよいのだろう。

 普段令嬢として振舞っているはずのサラがこんなに好意を前面に出し、意中の相手に他の人が見たことのないような表情を見せているって考えたらめちゃくちゃときめいてしょうがない。

 油断していると俺惚れちゃいそうになる。それが一番マズイ。


「あの時はこんな風になるとは思わなかったな……」

「ぐぐぐ……。ん、サラ……?」

「シンもそう思わない? ひょんなことで出会った二人がその後魔王を倒して世界を救ったんだよ。あの時はこんなことになるなんて想像もできなかった」


 どうやら、これは「シン」とサラの昔の話のようだ。


「互いにモンスターに攻撃を避けられてそのまま勢い余って激突したことが出会いだなんてね。今でもちゃんと鮮明に覚えているよ、あの時ぶつけた頭本当に痛かったんだから」

「ごっ、ごめん」

「と言ってもぶつけたのはお互い様だしね。あの時はなんなのよこいつ! ってずっと思ってた」


 全て終わった今だからなのか、昔を思い出してノスタルジックな表情を見せるサラは先ほどの笑顔の時よりとはまた違った魅力を醸し出している。

 元々持っている令嬢としての気品が影響しているのだろう、今のサラには可愛いよりは美しいという形容詞の方が似合っているはずだ。


「それからなんやかんやあって一緒に旅をすることになったけど、その時間は私が今まで生きてきた中で一番充実していた時間だった。その後レティが仲間に加わって、父上に命じられたディアが私を屋敷に連れ戻そうとしてきたり。ディアの時はどうなることかと思ったわ。でも、シンはそんな時でも私をかばってくれて……」


 サラの口からはこれまでの「シン」との旅の記憶が語られていく。


 サラお嬢様は名家の令嬢という身分に満足できず、無言で家を出て冒険者として旅に出たそうなのだ。

 今までの身分を捨てて剣士として生きてみたい、私には剣士としての素質があるんだ。まだまだ世間知らずなところもあるお嬢様はそう思った。


 そして最初に訪れた霊鳥の森で後の英雄「シン」と出会う。

 彼との出会いがサラの人生の変えた。

 二人は今まで使うことのできなかった能力を得たり、仲間を増やして数々の強敵に立ち向かったり、さらにはフローラ家の問題を解決したりと1つ1つ旅をするに連れて彼女たちは成長していったのだろう。

 おそらく彼女は一緒に旅をしているうちに自然と「シン」に惹かれていったのだ。案外恋なんてそんなものなのかもしれない。


 そして世界の脅威は去り、平和な日常が帰ってきている。なので今の攻略先は「シン」らしい。ある意味ラスボスだとかなんとか。


「みんなといるのも楽しいけど、たまには昔みたいにシンと二人でいたいなーって時もあるのよ。最近じゃそれも難しくなってきちゃったけど」

「そっか……、あれだけ仲間が多くちゃね」

「一昨日の夜、部屋に忍び込んで夜這いをかけてみたけどシンは一向に起きなかったし……」


 それで仕方なく諦めて下着姿のまま隣で寝ていた、と。

 正直あれ心臓に悪かったからもうやらないでほしい。記憶がない内にエッチなお店かなんかに行ってしまったのかと思った。

 

「それでも、シンに選んでもらえるように私頑張るから! 覚悟しておいてよね」

「お、お手柔らかにお願いします……」

「なにそれ、なんか昨日からいつものシンっぽくないよ。ふふっ」


 もしかして気付かれかけてる……?

 そう思われてしまったということは「シン」の性格はこんな感じではなかったということ。ならばもうちょっと凛々しい感じでいってみるとしよう。

 

「たまにはイメージチェンジを狙ってみたのだが、合わないか?」

「ううん、そういう軽いシンも素敵だと思う」

「そうか、ありがとうサラ」

「えへへっ」


 ……お持ち直せたみたいだ。

 「シン」としての振る舞い方はこの感じか、覚えておかなくては。



   ◇   ◇    ◇



「確かこの辺りだったかな。あ、あった」


 霊鳥の森は町を出て少し歩いたところにある森のことだった。

 『霊鳥』と名のつくこの森だが、サラに聞いても語源についてはよくわかっていないらしい。気付いたらみんなそう呼んでいたとか。


 周りに人の気配もしないため、森の中はとても静かで心地よい。鳥が鳴く声や風で木が揺れる音が鮮明なまま耳に入ってくる。

 空気も澄んでいるし、現実だとこの気持ちを味わえるような場所は多くは無いだろう。

 

「シン、何してるの。こっちよこっち」

「え? うおっ」


 俺が目を閉じて清々しい気持ちに浸っていると、サラに腕をぐいっと引かれそのままある場所へと連れて行かれた。

 その場所とは幹の一部分が何かによって斬り裂かれた跡のある一本の木。

 

「この傷は……?」

「忘れちゃったの? 私たちが初めて出会った際にシンがつけちゃった傷じゃない」


 と、いうことはここがサラの言っていた出会った場所。

 二人とも最初から強くなかったようなので、剣を上手く使えずに木を切っちゃってたってことなんだろうな。

 英雄も最初から英雄らしくあったわけじゃないようだ。

 

「やっぱりまだ残ってたんだ……」

「こんな跡でも今では大切な思い出の一つ、だよな」

「うん。これは私たちの始まりの証。英雄シンとその相棒サラの原点」


 始まりの証、か。

 何気ないようなこの傷でもサラにとってはかけがえのない物。

 無論、「シン」にとってもそうなのかもしれない。

 いや、きっとそうに違いないな。

 今俺の精神はサラたちと共に旅をした英雄「シン」の体の中にいる。だからこの体が教えてくれるのだ。

 この傷は大切な思い出だ、という感じで。




「ならばこの場所で死ぬがいい!!」


「――ッ! シン、危ないっ!」

「えっ!?」


 思い出に浸る俺たちの背後から突然人の声がした。

 何かを察したサラはすぐに俺を突き飛ばし、どこからか飛んできた縄のような物に縛り上げられてしまう。

 一瞬の出来事に俺は頭の理解が追いついていない。一体、何が起こった?


「よう、元気そうじゃねーか『魔王を倒した英雄さん』よぉ……!」


 茂みから現れたのは紫色の肌をした大男だった。

 

  


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