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出会いはいつも桜の木の下で  作者: 大川暗弓
4/4

結ばれていた

 それから三日間僕らは顔を合わせることがなかった。



 その三日間僕は必死に彼女をことを考えていた。



 いや、彼女のことしか考えられなかった。

 


 その時に

 分かった。

 気付いた。

 思い出した。

 たった一週間僕の目から見た世界が本当に綺麗に彩られていたことに。灰色じゃなかったことに。


 


 そして、思い出される。一週間前以前、いやもう何年も前、中学生の時の記憶を思い出す。

 無意識に涙がこぼれ、止まらなかった。なんで、と自分に問いかけるほどに涙の量は増えていった気がした。


 その衝動のまま、僕は家を飛び出した。何としてもあの「樹」に行かなくては。頭の中はそのことだけだった。



 桜の「樹」は月光に照らされ、淡いピンクを帯びていた。その「樹」の下に一人、咲良がいた。


 「その顔は思い出してくれたみたいだね。」


 「思い出してくれたみただね、じゃねえよ。ふざけんな。言ってくれれば絶対に思い出したのに。」


 今頃僕の顔は酷い顔をしていただろう。こんなに泣いたのは赤ん坊の時以来だろうと言うほどに泣いていた。


 「あの時だってお前はそうやって一人で問題を抱えて.....」


 「それは君も一緒でしょ。全部思い出した?」


 「まだ、一部だけど。」


 「じゃあ、全部ネタバレしちゃうね。私達の物語を。」




 



 この気持ちはいつからだっただろうか。彼は別にかっこよくもなんともない。勉強だって別に出来ないわけじゃないけど、そこそこだし、スポーツも少し出来るぐらい。ただ、家が二軒先で昔からよく帰ることが多かった。二人で帰るのはからかわれもするし、恥ずかしいって気持ちもあった。でも、それ以上に帰っているときが楽しくて、その時が楽しみで仕方なくて。それがいつしかこんな気持ちになった。

 でも、その時の私はまだ未熟で、思いを伝える勇気もなくて、嫌いな迷信に頼るしかなかった。


 桜の「樹」。それは願いを叶えると言われていた周り桜の木よりも一回り大きい木で、花は満開で美しく咲き茂っていた。ある休日、私はそこに願いに行き、「樹」に願った。願ってしまったのだ。


 ーー告白する機会を下さいと。


 しかし、何も起きなかった。普通何か効果音があっても良いのに、そんな風に考えていると「樹」の裏側から声が聞こえてきた。気になって回ってみると、そこには葵がいた。私は驚きを隠せなかったが、それは彼も同じようでいつもでは決して流れない空気が流れた。


 「あ、あのさ。私、葵に言いたいことがあるんだけど。」


 「う、うん。」


 「私、葵のこと好き。だから、その......」


 「俺も咲良のこと好きだよ。付き合ってくれる?」


 


 結局、その時葵も咲良と付き合いたいと願っていたらしく、二人は結局同じ事を願っていた。

 それから一年私たちは幸せだった。いろんな所に行った。それこそ毎日のように遊んだ。しかし、一年間だけ。


 私が交通事故に遭い、死んでしまったのだ。そして、葵には”霊”が見えるようになってしまった。

 

 これこそがこの「樹」が持つ特性、願いの樹とも災いの樹とも呼ばれる所以だった。願いの樹と呼ばれる理由は願いの対象者が相互の願いが一致したときその願いは叶えられるというもの。しかし、その願いが叶ったとき、災いの樹と顔を変える。願いを叶えた代償にその二人の大切なものをそれぞれ奪ってしまうのだ。今回、叶えた願いは告白と交際で、代償はそれぞれの互いに望む相手の幸せだ。つまり、葵の代償として咲良の幸せ(命)を、咲良の代償として葵の幸せが奪われ、霊が見える異常な生活になってしまった。


 しかし、私は葵と会いたいという願いを持って”霊”となってしまい、必死になって葵を探そうとしたが葵は見つからなかった。

 そして、一回目で「樹」の特性に気づけなかった私達は二回目の過ちを犯してしまった。

 彼/彼女に会いたいと。そして、二回目の代償はもっと厳しいものだった。咲良は桜の咲いている季節にしか”霊”として存在できず、葵は桜が散ると咲良についての記憶を失ってしまうのだ。





 葵はずっと咲良を抱きしめていた。あまりにも信じられなくて、一人じゃとても受け止めきれなくて、体温を持たないはずの”霊”であるはずの咲良はとても温かかった。


 ずっと呪いだと思っていた、霊触のちから。それはこのときのためだけにあった。


 ――――ただ、ただ、咲良を抱きしめるためだけに。



 

 「毎年、桜の「樹」は見ていたんだ。だけど、咲良はいつもその木の下にいたんだね。だから懐かしかったんだ。君の姿も、君の声も、君の名前も、君の全てが。」


 「ありがと。本当にありがと。去年も見つけてくれて、今年も見つけてくれた。だから、来年も心配してない。信じてる。そんな軽い言葉は掛けないよ、確信してる。」


 「僕、大丈夫かな?来年も大丈夫かな?」


 「大丈夫。確信してるから。もし来なかったら呪い殺しに行くからね。これでも私は”霊”なんだし。」


 「咲良にだったら呪われても殺されてもいい。」


 「だめだよ。君は私の分も生きてくれないと。」


 さんざん二人で強く抱きしめあいながら僕たちは泣き続けた。




 「そろそろお別れの時間。もうすぐ桜が散る。」


 「..........。」


 「もう、そんな辛気くさい顔しないの。私達は彦星と織り姫よりも長く会えるだけ恵まれてるんだから。」


 咲良のその強さはどこから来るんだろうか。今までで一番の笑顔だった。


 「ねえ、咲良小指出して。」


 「なに?いきなり。指切りげんまん?」


 「違うよ。」


 葵は自分の小指を咲良の綺麗な小指と軽く弾くようにして、当てた。


 「なにこれ?」


 「小指で赤い糸で結ばれるってあるだろ?それと同じようなおまじないで、僕は君を一生好きでいる、いや一生愛しますっていう誓い。」


 「へー、そんなおまじないあるんだ。」


 僕も咲良も必死に言葉だけ淡々と紡いだ。二人とも顔は紅潮して、とても目を合わせられなかった。


 「まあ、今考えたんだけどね。」


 「何それ。効力あるの?」


 「僕の頑張り次第かな。」


 「大丈夫。君は私以外愛せないよ。絶対に。」


 「全く、その自信はどこから来るんだよ。」


 一瞬、間が出来た後、二人とも吹き出すように笑い出した。この時間が何よりも愛おしくて輝いているのに気づけるのは後の方だった。


 「今度会うときはさ、最初からグイグイ行ってくれよ。どうせ僕押しに弱いし。未来の僕に言い聞かせとくからさ。」


 「分かった。あ、もう本当に最後。さよならは言わない。またね...................


 桜吹雪と共に彼女の姿はなくなってしまった。僕は最後まで艶やかなそのピンク色を目で追い続けた。

 刹那、僕は視界は灰色になり、なぜ僕がここにいるのか分からなくなった。



 




 僕の周りの人の目には世界がどんな風に見えているのだろうか?極彩色か、あるいは単色か、それとも全く何も見えていないか。唐突にそんなことを自分の中で自分自身に投げかけてみる。自分で答えない限り、その答えは返ってこない。


 ーー僕に見える色は.......





 「はあ、なんでみんなあんな始業式から緊張している様子も無しに元気に登校しているんだよ....。」


 今日は久音高校の始業式式だ。僕はまさにその始業式に出るために登校しているわけだが、周りの様子がどうやらおかしい。どうして、みんなそんなに緊張感がないのか。

 別にお年寄りのように最近の若者というやつは、などと彼らを批判するつもりはない。その逆だ。僕にとって彼らは羨ましいのだ。一年生の時とは違って、クラスは変わるし、見知っている友達も少なくなる。勉強だってついて行けるか分からないし、新しく見る先生だって怖そうにしか見えない。

 そんな状態なのに、なんで彼らはそんなに楽しそうに出来るのだろうか。

 友達と登校しているからかもしれない。

 そんなの僕だってそうだ。今も俊哉と海斗と登校しているが、僕は不安で仕方が無かった。

 でも、それ以上に心配なのが色だった。


 ーー僕に見える世界は”灰色”だ。


 別に色覚障害とかそういうわけではない。ただ、この世界がどうしようもなくつまらないのだ。だからこその灰色。それは決して誰からの目からに鮮やかには見えない不遇の色。何かが欠けてしまったそんな感覚。まあ、もともとそんなもの持っているはずも無いんだけどさ。

 そして生まれてくる疑問だ。隣に並んでいる俊哉と海斗も含めて、なんであんな楽しそうに登校できるのか。きっと、僕には理解出来ない極彩色の世界が見えているのではないのか。僕は灰色のこの世界から抜け出されるのだろうか?


 僕の住んでいる地域は入学式と同じ時期が桜の開花の時期とたいてい重なる。上を見上げると地域の名所の桜並木が悠々と立ち並んでいる。桜は満開と呼べるまでではないが、木の枝が見えなくなるくらいには咲き茂っていた。そんな怖くなるまでに永遠と続く桜並木の中に一つ、周りの木とは一線を画す雰囲気を纏う一本の樹がある。


 「ーーーあれだ。」


 つい、心の中の言葉が口に出てしまった。

 木々の一本一本は遠目に見れば高さも同じで平凡にすら見える。しかし、あの「樹」は違うのだ。


 ふと、あの「樹」を見ると、目が合った気がした。

 刹那、僕だけを威嚇するように強く風が吹き、輝く太陽に照らされた鈍色に光る灰色の桜の花びらが肩をかすめて通り抜けていく。

 全く僕が何をしたって言うんだよ。


 そこに一人、灰色全く帯びていない純粋無垢の色味の少女が桜の木の下に立っている。決して誰にも説明出来ない、そして理解もされないだろうが、彼女は灰色の世界で唯一の存在だと僕には分かった。太陽に照らされ、茶色にも見えるしなびやかな黒髪は強く吹く意地悪な風でさえ、自分を飾る一部の装飾とでも言うように、ふんわりと美しく揺れた。

 そして僕は不覚にも彼女に病的なまでに惹かれた。それは偶然か、必然か、


 「初めまして、いやそれとも久しぶりかな、私の愛した葵。」


 ーー突如として僕の見る世界が咲良色に染まった。


 そう、これは僕が知ることの無かった偽りの物語。彼女が紡ぎたかった真実の物語。

これでこの小説は終わりになります。お付き合いいただきありがとうございました!


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