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出会いはいつも桜の木の下で  作者: 大川暗弓
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 時は戻る。


 「それで?何か話があるんだろ。」


 「やっさんからの伝言だ。クラスでは雑用係になって先生と接する機会を設け、話の場所は短かったらこのトイレ、長ければ応接室にしろ、だそうだ。後、よほどの事がない限り授業中は俺が除霊する。まあ、他はいつも通りでって感じか。」


 「それだけか?」


 「もう帰って良いぞ。灯通君。」


 よほど人のことを馬鹿にしたいのか、今まで名字ですら呼んだことがない狩屋さんが名字呼び+君付けはあまりに気味が悪かったし、いらいらしたが、ここで怒ってしまえばあいつの思う壺だと自分を戒め、俺はすぐにトイレを出ていった。





 急いで昇降口に行ったが、予想通りと言うべきか海斗と俊哉は先に帰っているのか、探してもその姿は見えなかった。あいつらはいつも人を待つ事が出来ないのか先に帰るのだ。おれもその例外ではなく、三人のうち二人でもそろえば帰ってしまっていたが。


 

 その後の一人で帰る道はいつもと違って鈍色ではなく、赤い夕日の色がそのまま道を彩っていた。

 そんな久しぶりの郷愁にかられていると、突如右ポケットの”装置”の振動が意識を切った。 


 「瘴気の発生か.....。行くか。」


 場所もここからさほど遠くもないので行ってみると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 「何だよ、これ......。」


 確かに瘴気の反応は大きく、いつもより厄介なのは分かっていたが、それだけじゃなく、あまりにも”霊”の数が多すぎるのだ。そして、肥大化した瘴気が次から次へと瘴気を纏っていない”霊”に伝染していく。”霊”そのものが瘴気の発生装置のようなものなのに(無害なうちは瘴気を発さない)、無害だった霊が瘴気をうつされた”霊”に瘴気をうつされ、まさしく負の連鎖となっていた。


 「(これは相当やばいかもな。かといって応援を呼ぶ時間もないし、こんな所を一般人が通りでもしたら.......)」


 考えるより先に体は動いていた。除霊符は充分足りているはずだ。だが、これだけの”霊”は初めてでどう戦えば良いか分からない。


 手前から順に瘴気を避けながら除霊符を張っていく。

 道の真ん中を切り開くように道を妨げる”霊”を優先的に仕留めていく。


 しかし、道の真ん中まで来たその時何かが足に引っかかり、葵は身を投げ出されるような形で地面に転がる。見れば、這いつくばった”霊”が僕の足を掴んでいた。通常の除霊師ならこんなことは起きない。ただ、僕は彼らの中でも例外で、霊触持ちだ。僕が彼らを触れるように、彼らもまた僕らに触れられるのだ。


 「くそっ!」


 足はなんとか振り払ったが、”霊”達が自らの瘴気を払おうと、葵を押さえ込んで、完璧に動けなくなっていた。現在の技術なら人間に付いた瘴気を一瞬で払うことは可能だ。しかし、瘴気は一定量浴びすぎると死に至る。ある意味、目に見えない猛毒と同じだ。


 瘴気による頭の錯乱作用と、”霊”達がのし掛かっている重圧によって僕の意識は朦朧としていた。


 「ここで、終わりって......僕の人生は何だったんだよ。もう、ほんとにさ......なんで俺は”霊が”見えるんだよ......なんで俺は”霊”に触れるんだよ......最悪じゃねぇか、こんなのよ.....。」


 「......ぁやくしろ!位置に着け!いいか、いくぞ!総員、多重符除霊陣発動!」


  刹那、道を全て覆い隠すほどの大量の除霊符が葵に集まった”霊”達を覆い尽くし、一瞬にして消し去った。


 「お前ら!そのままだ。すぐに全員で瘴気消滅符を使え!」


 「でも、人正さん。そんなことしたら国のやつらが黙っていないですよ。」


 「んなことはどうだっていい。いくらでも俺が責任取ってやる。それより今は何よりあいつの命が優先だ!早くしろーーーー!!!!」


 意識が朦朧としてたって分かる。狩屋の声だ。いつもはクールぶっているあいつがあんな大声を出すのは初めて聞いた。

 そして皮肉なことにその声が俺が聞いた最後の人間の声だった.....。













とか、そんなことはなく。今度こそ皮肉なことに目が覚めて初めての声もあいつだった。

 そして、その顔は表面上は何もないようないつもと同じ顔を取り繕っていた。


 「おう、起きたか。おせえ、お目覚めだな。」


 「うるせぇ。一応言っとく。ありがとな。」


 「お前が礼を言うのは大間違いだ。お前は死にかけたんだ。どうせ国や機関は謝りもしなければ、お前が生きても死んでもどうでも良いんだろうさ。だから、絶対に口の開くことのないあいつらを代表して、そしてお前の上司として言う。すまなかった。」


 きっと、これは狩屋のけじめというものなのだろうか。いつもだらっと着崩したスーツはしっかりと着こなされていて、それでこのきちっとしたお辞儀だ。別に狩屋のせいじゃない。そう言うことは出来ても、なんの慰めにもならないどころか、狩屋を追い詰めるだけだろう。

 何か答えるだけでも、狩屋を追い詰めてしまいそうで、僕は何も言えなかった。少なくとも狩屋のお辞儀と同等となる返答は思いつけなかった。それほどまでに、狩屋の追っていた責任に面目が付かなかった。


 自分がちっぽけに思えた。



 「じゃあ、俺は行く。ここの病室は少し特殊で、見回りも含めてあと二時間はこの部屋の周りには来ないから。じゃあな。」


 そう言って、狩屋はネクタイを下げながら出て行った。


 「何もかもお見通しってか.......こんなんならまだ泣いても大丈夫だぞって言われた方が百倍ましだっての.......」


 今まで溢れかかっていたダムが決壊するように葵の頬を勢いよく流れていった。

 怖かった....当たり前だ。そんなの。死ぬんだぞ。いつも除霊しているあいつらみたいになりたくなんてねえよ。

 辛かった....瘴気はあいつらの嘆きが漏れたもの。つまりあいつらの嘆きの気持ちそのものだ。あんなの抱えてたら普通は壊れるよな、そりゃ。

 なんで見えるんだよ。百歩譲ってそれはまだいい。だけど、今回だってそう。霊触さえなければ.....、

”霊”達が僕に触れられさえしなければ、こんなことには...........。


 ―――――なんで僕は霊触なんてこんなちから持っているんだよ..............。


結局、あれから僕は一日で退院し普段の生活に戻った。


 海斗と俊哉は部活を見ていきたいからという理由で、僕だけ待つのも億劫だったので先に帰ることにした。

 その帰り道、桜の「樹」の下に一人ぽつんと佇む彼女がいた。 


 「あっ、葵。」


 笑いながら手を振るその仕草はなんというかもう、反則だった。本当にやばい。かわいい。


 「し、新城さん......覚えてくれてたんだ、朝のこと。」


 「咲良。咲良でいいよ。当然覚えてるよ。朝のことだもん。」


 「じゃあ、咲良さん」


 「咲良。」


 柔らかい口調と裏腹に押し方はかなり強めだった。名前に強いこだわりがあるのかも知れないが、それ以上に咲良を名前で呼べること自体が嬉しくてたまらなかった。


 「咲良。」


  呼んでみるとなんだか懐かしい。そんな感覚がした。


 「なに、かな?」


 「その、さ、一緒に帰らない?僕、一緒に帰る人がいないんだよね。」


 事実を言っただけだが、なんとも下手な嘘を言ったようになってしまった。咲良も信じていないのか、それとも普通に笑っただけなのか、今はその笑顔が胸に刺さる。


 「もちろん、喜んで。」




 それからだった。咲良と一緒に帰るようになったのは。朝も時々登校中にあったりはしたが、放課後は無言の約束の様な感じで、周りの桜の木よりも一回り大きい桜の「樹」の下で待ち合わせるようになっていた。

 それは一週間後の桜が満開、見頃を迎え、夕日が綺麗な日だった。


 満開の桜をバックに咲良が綺麗に彩られていた。


 「そういえば、桜の「樹」の噂って知ってる?」


 僕たちの会話はいつも咲良が話題を出す感じなのだが、彼女は迷信や都市伝説は信じないと、以前言っていたのでそんな彼女から噂の話が出るのに少し驚きだった。


 「意外かな?なに。」


 「まあ、前に迷信とかは信じないし苦手って言ってたしな。」


 「確かにそうなんだけど、あの「樹」だけは別なの。もう流石に葵も知っているとは思うけど、あの大きな桜の木だけ、感じで難しい方の樹を使うの。それでね、その理由があの樹に願い事をすると願いが叶うらしいんだよ。何でも願いの「樹」って呼ばれてるそうだよ。」


 「へー、願いの「樹」か。でも、そういうのって咲良の言う迷信とかには入らないの?」


 咲良は顔を俯かせてその表情までは分からなかったが、何か思うところがありそうな様子だった。普段なら、そこで話を変えたりもするのだが、葵の好奇心の方が勝った。


 「何か咲良は願ったりとかしたの?」


 「咲良?」


 いきなり彼女は立ち止まった。

 すると彼女は少し小走りになって葵の前に出ると、振り向いてお互い向き合う形になる。


 「あ!あのね、私、葵のこと好き。」


 あまりにも突然の告白に僕は驚きを隠せなかった。確かに嬉しい。もし彼女と恋仲になれたら、そんな想像だってした。でも実際現実は現実のままで、そんな事起きないと思っていた。


 「ねえ、葵の返事を聞かs......」


 「なあ、葵ひ・と・り・で・みっともない驚いた顔してどうしたんだ?」


 その声の主は海斗だった。からかう素振りもない普通の声で嘘を言っているようには聞こえなかった。だからこそ、その声の意味が葵の胸に深く刺さる。


 「いきなり、今日はごめん。帰るね。」


 咲良は突然走り出して行ってしまった。追いかけるということも忘れ、俺は海斗の胸ぐらを掴みあげていた。


 「ひとりでって、どういうことだ?」

 ―――それはまるで自分に問うように。

 ―――それはまるで自分を疑うように。

 ―――それはまるで彼女を疑うように。


 海斗はいきなり胸ぐらを掴まれたのが驚きだったのか、何も返さなかったが、僕が冷静になり下ろした。


 「その、ごめん。」


 「いや、いいけどよ。何してたんだ?」


 「今見えなかったのか?彼女が。」


 「何かいたのか。」


 「ああ。いた。ちょうど桜の「樹」の話をしていたところだ。」


 実際には告白されていた、だが、あながち間違ってもいないはずだ。


 「桜の「樹」?災いの樹のことか?」


 「災いの樹だと?あの「樹」は願い事を叶える願いの樹じゃないのか。」


 「ちげーよ。たまにそんな夢物語もあるみたいだけどよ。現実はそう甘くない。何でも、あの「樹」に願い事をすると大事なものが奪われたり、悪いことが起きたりするみたいだぞ。もしかしたら、その彼女、願い事したんじゃないか?それで存在を奪われて.......」


 「そんなはずねえよ。」


 海斗のあり得そうなその予想を僕は短い言葉で強制的に切った。そうしないとダメだと思った。その可能性を受け止めきれる自信がなかった。咲良がそうではないと信じたかった。確証なんてものは何一つないのに。


 「今日はもう帰るか。ごめん熱くなりすぎたわ。」


 夕日が落ち、空には綺麗な月が浮かんでいるはずだが、そこだけを見せないように、雲が意地悪に月だけを隠し、桜が少しずつ散り始めるように風に花びらが舞いあげられていた。

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