わなびー!!
小学校生活最後の夏休みも残り少なくなった。
これまでの夏休みを埋めていた予定は全部なくなってしまった。
学童野球も引退し、高校野球の放送もない。夏休みの宿題も、毎日の日記だけになった。
秋からは引退した近くの小学生たちが集まってチームを作るが、それさえどうしようかも迷っていた。
「ひまだな~」
うだるような暑さの中、氷水が入っているコップは汗をかいている。
テレビをつけると、芸能ニュースばかりが流れていた。つまらないな~、と思っているとある映像が流れた。
それは、とある場所で行われた「フェス」という色々なミュージシャンが集まるお祭りみたいな映像だった。
僕はそこであるものに目が奪われた。
「確かとーちゃんが持っているはずだ!」
僕は興奮が冷めないうちに、とーちゃんの部屋へと向かった。
ドアを開けると、僕が探していたものはすぐに見つかった。
「これこれ!」
僕は机の隣においてあった、黒く光る、ツヤのあるギターを手にとった。
想像していた以上に重かった。その場に座って、黒い部分を太ももの上に乗せる。
右の親指でテキトーに弦を鳴らしてみた。
わけのわからない「じゃらららん」という音が小さく響いた。
「おおー!」
今度は左手で握る部分をテキトーに押さえてみた。指の腹に細い弦が食い込んでとても痛かった。
「押さえるのはまた今度にしよう」
僕は何度も親指で弦を鳴らし続けた。
将来ミュージシャンになるのもいいなと思っていると、「ピンポーン」とインターホンが鳴った。
「おーい! 遊ぼうぜ!」
元気な声が間髪いれずに聞こえてきた。僕の今日のつまらなさは一気になくなった。
玄関を開けると、友達がサッカーボールを脇に抱えて立っていた。
「野球も引退したことだしさ、サッカーしようぜ!」
「いいね! やろやろう!」
僕らは走って学校へと向かった。野球の練習はやっていなかった。校庭は広々と使うことができた。
わけも分からず蹴ったり走ったりしているうちに、後から学校に来た友達も入ってきたりして、ワーワー騒ぎながらサッカーを楽しんだ。
サッカー選手もいいなと思った。将来、サッカー選手になろうかな。
友達と別れて家に帰ると、お父さんがもう帰ってきていた。
「今日はお母さんの誕生日だ!」
「おお!」
「だから今日は外食だ!」
「おお!」
そして僕らはお母さんが行きたがっていたお店へと向かった。
料理は、今まで見たことが無いようなものばかりであった。
味もいつも食べているような味ではなかった。
お父さんもお母さんも「おいしい、おいしい」と言いながら食べていた。
こんなおいしい料理が作れる人はすごいと思った。
自分も作れるような人になりたいなと思った。
大満足の僕たちは家に帰ると、ソファーに座ってテレビを見ていた。
いつも楽しみにしているお笑い番組だ。
自分では思いつかないようなボケやツッコミをしていて、特にお父さんは大笑いしていた。
なんであんな面白いことを思いつくんだろう。
僕にはお笑い芸人は難しいかもしれないと思った。だけど、もしなれたらどれだけ楽しいのだろうかと思った。
野球選手以外にもやってみたいこと、なってみたいものがたくさんあった。
どれにしようかな、と迷っているとお父さんがチャンネルを回した。
テレビの画面には野球の試合が映っていた。
ピッチャーが投げる、バッターが打つ。
「ああ! それに手を出しちゃだめだよ!」
僕は思わず声を出していた。
「だよな~、あそこはグッと待たなきゃだよな」
「それか何とかしてバットに当てなきゃ!」
「ふふ、本当に二人は野球が好きね~」
それから僕は野球の試合を見続けた。白熱した試合のプレー、一つ一つに目が離せなかった。
野球の試合が終わり、トイレに行こうとリビングを出た。
玄関に置いてあるバットに、ふと目が止まった。
トイレに行ったら、お父さんに頼んで素振りにでも行こうかな。
秋からまた野球があるんだから、少しでもやっておいたほうがいいよな。
僕はそんなことを思いながらトイレへと向かった。
読んでいただき、ありがとうございました。