第9話 外交会議
内閣改造の翌日。
安斎は外交問題を解決するために外交関係の閣僚を呼んだ。小野池外務大臣と今村外交問題担当大臣、そして細川官房長官の3人をだ。さらに安斎の横には安斎の公設秘書の川島が待機している。防衛大臣も呼ぼうと考えていたが、あいにく防衛大臣の森本はアメリカに行き国防長官マカオと会談することになっているので不在だ。
非公式の会合であるため会議を行う場所は総理大臣執務室であった。会議と言ってもきちんとして体裁を取るつもりは安斎にはなかった。安斎はこれからの日本の外交を決めるため今村と直接対決を挑もうとしている。わざわざ自分の内閣に今村を入れたのは何とかして今村を丸め込むためだ。外務省の意見をまとめてきた今村が安斎と近しい考えに変わったのならば外務省も安斎に従はざる負えない。安斎の狙いはここにある。
「では、大使は帰還させないというのが総理の考えなのですね」
「はい。大使の帰還は認められません。少女像の撤去が済まない限り大使は日本に滞在させます」
「そうなると、日韓両国の関係の悪化が心配されます。また、在韓邦人の業務について大使館の長がいないとなると業務にかなりの支障がでますが、その点について総理は、どうお考えになっておられるのですか」
今村は安斎に問い返す。
「在韓邦人の業務については大使館の一般事務員が対応することにします。大使がわざわざ書類に判子などを押さなくてもいいように外務省側にも大使の代理の者や一般事務員の権限強化を認める省令を出してもらうことにします」
「でが、日韓両国の関係悪化について総理はどのように考えておられますか?」
「そもそも近隣国と友好関係にならなくてはいけないというのは必ずしも正しいとは私は思ってもいません。日本は第二次世界大戦敗北後周辺国家に対して侵略したことへの反省を込め近隣国とは良好な関係を築くように努力してきました。しかし、世界に目を向けてみると近隣国というのは必ず、良好な関係を結んでいるとは言い難い状況があります。ドイツとフランスは、現在はEUをリードする二国ですがその本質は両国とも歴史的にずっとライバル視をしています。アメリカだってキューバという国が近くにあります。ですので、日本のような国こそ世界的にみると異端と言ってもいいのではないでしょうか?」
「異端という言い方はどうかと思いますよ。総理。確かにそうかもしれません。しかし、今の時代は隣国とは関係をよくしないといけないのですよ。少しでも隣国から侵略されるなど戦争状態にならないように平和時の外交にかかっているのです。この平和時においていかに戦争になる芽を潰すというのが日本の第二次大戦において敗北し学んだ戦後外交の基本なんです」
今村は、安斎に外務省がどうしてこのような外交政策をとっているのかについて語りだす。
戦前。まだ日本が大日本帝国と名乗っていた時代。つまりは昭和の初めの頃の話になる。日本の外交というのはとてつもなく強いものではなかった。いや、外交と言うには幼すぎるものであった。イギリス、アメリカといった欧州の列強は何年、何十年という相手をだまし、二枚舌を使い外交をしてきた。一方の日本は、明治維新後に外交を始めた。明治の外交は陸奥宗光、小村寿太郎という2人の偉大なる外務大臣が欧州相手に引くことのない外交をして勝ち取った。しかし、そんな力を持つ外務大臣というのは昭和にはいなかった。日本の外交というのは常に欧州とりわけアメリカにことごとく破られていった。外務大臣だけではない。職業外務官というのは明らかに欧州に勝てなかった。その結果が1933年の国際連盟脱退だ。脱退を決めたときの代表松岡洋右はこれだけではなく日独伊三国同盟の推進、ソ連に接触など後世から見れば明らかに外交的ミスといってもいいことばっかりやっている。こうした外交的敗北を戦後外務省は反省した。日本は戦争に負けた。軍事的に負けた。それだけではない。外交的にも負けたんだ。
今村の説明から外務省の戦後の屈辱というかリベンジというか欧州を見返して見せるという気迫が伝わってきた。
「つまりは、今村大臣はこうした戦後外務省の方針から外交をしていることを私に知ってほしいということですか?」
「まあ、そんなところです。その辺はベテラン議員である朝間副総理もわかっていると思うので聞いてみたらどうでしょうか?」
今村は、ここで朝間の名前を出した。安斎は政権内の影の黒幕である朝間のことをかなり信頼している。朝間はキングメーカーとして自身を操ろうとしているのと同時に安斎の好きなようにやらせてくれていることにも気づいていた。朝間は安斎が本当に日本の総理として相応しいと思い自分をここまで持ち上げてくれたのだと陰ながら感謝している。だが、政治家はそんなことを言ったらすぐに足元を見られてしまう。政治とは恩と奉公だ。恩を与えてもらったら返さなくてはならない。だから、朝間も安斎の感謝に気づいていると思うが、安斎はあえて口に出すことをしていなかった。
さて、話はずれたが。安斎は本題に入ろうとする。今村が話を途中で区切り外務省の意見を戦後外務省がとってきた外交方針を安斎に聞かせることで安斎に自重を促そうとしたのだろう。これを聞けば安斎も少しは外務省側の意見に譲歩してくれるのではないか。そんな期待を込めて今村は話したの。
しかし、当の安斎は今村の発言を聞いても意見は変わらなかった。
「それで? 私は大使の帰還は認めませんよ。そもそも外交的に勝利するというのならば帰還させないことこそ外交的に勝利になるのではないのですか? 日本はそんなことをしているから戦前負けたんだ。協調外交が失敗したのが過去のことですが、なるほど歴史は繰り返しますね。今回は強硬外交ですか。今度は失敗しないようにしなくてはいけませんね」
「強硬外交の方が歴史上失敗している。だからこそどうかお考え直してくれませんか? 総理」
「私はもう決めたんです。もしも帰還をしろというのならば、今村大臣。あなたは韓国が日本政府の少女像をいち早く撤去すること、反日政策をやめること、賠償金問題を蒸し返さないことなどを完全に約束し、その約束を履行するまでのことをやってのけない限り私はこの考えを覆すことはありませんよ」
「そ、それは……」
「今村さん。無理ですよね。我々はもう無理だと悟ったんです。だから、ここまで強硬に出た。これが与党内の意見なんです。私個人の意見以上に政府与党の意見なんです。そして、一般国民すらあの国には呆れている。だから、進めなくてはいけないんだ!」
安斎の話はまだまだ続く。安斎の考えはすでに日本国民が韓国に対してどれだけ呆れているのかということであった。マスコミは日本が右翼化している、右傾化しているとしきりに報道をしている。しかし、日本人が右傾化しているのではない。何でもかんでも右の考えにとらわれているわけではない。日本人はいつまでもいつまでもねちねちとしつこく攻撃してくる韓国に呆れているだけだったのだ。あの国のやり方に納得がいかないだけであったのだ。国交断絶と言っている人もいる。さすがにそこまでは極論なのかもしれない。しかし、今までそんなことを言わなかった普通の人まで国交断絶を考えてしまうほど今の日本人は韓国に呆れているのだ。
だから、安斎は言う。
「私は、別に人気取りの政策をしているわけではない。ただ、内閣というのは日本国民の支持のもとに成り立っている。日本人の多数がその考えを持っているのであればそのことを遂行しないといけないと私は考える。だから、帰還を行わせない。そして、最悪国交断絶またはその状態に持って行っても仕方ないと考える」
安斎の覚悟とも言うべき言葉に今村は黙るのだった。