第1話 国会中継
社会問題シリーズ第6弾です。前作からだいぶ時間が経ちました。今回は、第4弾将軍を倒せ以来の長い作品となる予定です。しばらくは毎日更新します。
「ふざっけんなあああああああああああああああああああああああああああ!」
大きな怒声が響き渡った。
怒声を発したのは、1人の男だった。男の格好は、黒い立派なスーツに革靴、パンツといかにも地位の高い場所にいそうなものだった。そんな地位と似付かない汚い怒声をあげた男の名前を安斎真一という。
「総理、どうしましたか?」
彼のもとに1人の男が入ってくる。その男は眼鏡をかけていかにもインテリということがわかる男だった。そのインテリな男は怒声を上げた安斎のことを総理と呼んだ。
「川島君。また、あいつらが謝罪しろと言ってきたんだよ。こっちは、問題を解決し、お金を払ったはずだというのに。何回も何回も話を蒸し返されてしまうともう怒りを越して呆れてしまうもんだが、まずは怒りたくなってしまう……」
川島君とは、部屋に入ってきた男だ。彼は与党平和党総裁にして日本国内閣総理大臣安斎真一の公設秘書である。かなりの仕事ぶりで永田町内で知られ渡っている。
「総理。その気持ちはわかりますが、決して記者会見や他の人がいる場ではそのようなことを言わないでください。すぐにマスコミに書かれますよ。そもそもマスコミの関係者のほとんどが総理が嫌っている国の出身者が多いのですから、そういったことを言うのは政界においてタブーなんですよ」
「ああ、そうだな、わかってる。まったく、あのマスコミどもは本当に一体どこに国の連中なのか。あいつらの作ったものを視聴しているのはわが日本国民だというのにあの業界は本当にあの国出身の雑種が多いからな」
「総理。在日という言い方を辞めましょう。それもマスコミに書かれますよ。それに漢字がおかしくなかったですか」
いつものように安斎の愚痴に対して冷静に川島が対処する。そんな話が続き、そこから次は真面目な話が始まる。
「総理、今日のスケジュールですが……」
「ああ。それでいいよ」
「一応、確認ぐらい取っておいてくださいよ」
公設秘書の川島は本当に仕事ぶりがいい。安斎は、スケジュール管理を安斎は安心して任せておけるため、確認などほとんどしなくてもいいと思っているぐらいである。
「それだけ、信頼しているんだ。いいだろう、川島君」
「はぁ~」
安斎の言葉に川島は生気がなく生返事をしただけだった。
◇◇◇
「ええ、ですから駐韓大使を帰省させたのは、我が国が主張する大使館前の像の撤去がなされないこと並びに新たに新設させたことに対する抗議なのでありまして、我々には落ち度がないのです」
「委員長!」
「金島重文君」
「確かに韓国の行った像の新設については許されるものではありません。しかし、大使を帰還させるというのはいかがなものだと思います。これ以上日韓関係の悪化は我が国にとってはよろしくはないものだと考えますが、そうですね小野池外務大臣はこの状況による日韓関係について答えてください」
「小野池外務大臣」
安斎は、この日国会の衆議院予算委員会に主席していた。質問しているのは野党第一党民友党の中でも左派に位置する政策懇親会というグループに所属している金島重文衆議院議員であった。金島議員は45歳。当選4回の議員である。質問についてはヤジも多いが自身の左派的理念に基づいて質問してくるため安斎にとってはこの上なく馬が合わない存在でもあった。
「金島委員の質問に答えます。えぇ、我が国にとってもこれ……」
そして、今答弁しているのが小野池健治外務大臣だった。安斎とは異なる派閥明和会の派閥領軸であり次期ポスト安斎の1人である。ハト派であるが、安斎とは当選回数同期であるためハト派とはいえども目指すべきものに違いがないことを昔から飲み屋でよく飲んでいたため知っている。ちなみに酒豪であり、安斎と酒で勝負をして一度も負けたことがなく、それは他国の外務大臣と飲み比べをしても引けを足らないほどである。
「委員長!」
「金島重文君」
「総理。お答えお願いします。韓国国内では日本の今回の対応についてかなりの国民が怒りを持っているとの調査があります。こうした日韓両国の関係悪化について総理自身はどのような責任を感じていられるのですか?」
「委員長」
「安斎内閣総理大臣」
安斎は手を挙げて神田予算委員長に指名される。
「えぇ、委員の質問にお答えします。私としては、今回の事態はすでに像の撤去で日韓両国が合意した先の合意書に反するものであり、そのことに関する日本政府としての対抗処置です。政府としては、関係悪化は我が国の落ち度ではなく向こう側の違反が発端であるので私自身に大きな責任というものを感じてはいません」
「委員長!」
「総理、あなたは責任がないとおっしゃりましたね。しかし、現状において日韓両国の関係は過去最も悪化している状況です。その状況を作り出したのはあなただというのに、それなのに責任がないというのですかっ!」
「委員長」
「金島委員。落ち着いてください。そもそも冷静に考えてみてください。どうして約束を破られた側に責任があるのですか? 責任があるのはどう見ても最初に役職を破った側にあるとは思いませんか? ねぇ、みなさん?」
安斎がそう言うと、与党平和党、明示党の席からは拍手がわき、一方野党民友党、社会党、大衆党、共和民主党の席からはヤジが飛んだ。そして、民友党の複数の議員が神田委員長の席を囲んで抗議を始める。すると、審議は一同ストップした状態になった。
この様子を見て安斎がまたかと思った。そもそも野党第一党でもある民友党のこの体たらくには呆れて何も言えない。昔、と言っても10年前になるが民友党の玉城勇四郎代表は冷静に野党とは何かを追求し、当時の民友党は政策を立案し続けるまさに手ごわい存在であった。しかし、玉城氏が外遊先の韓国で暗殺されたというのもこの日の様な連中による陰謀だと感じ得ない。あの人が今も代表でいれば民友党が政権与党で我ら平和党は野党であったという事態になっていたかもしれない。そんなことを安斎は見ていて思っていた。
その日の審議は主に南との問題で紛糾し、時に中断しながらも終わり安斎は総理大臣公邸(首相公邸)に戻る。
「ふぅ、今日も無事終わってよかった」
安斎は部屋にあるソファによりかかる。時刻は夜の10時半。一日のすべての公務を終えた安斎は疲れていた。一国の総理といってもやはり人間。人並みに疲れたりストレスを感じたりする。大きなテレビの電源をつけて心を落ち着かせようとするもすでに体力の限界。知らないうちにソファによりかかり眠ってしまった。
その様子を妻のみどりは微笑ましく見ているのだった。
それから20分程度すると安斎のもとに1人の男が近づいてきた。
男は安斎が寝ているのを確認すると妻のみどりに声をかけた。
「みどりさん。総理は疲れていらっしゃるのですね」
「ええ、真一は毎日大使館前の像撤去問題に追われていて疲れています。どうかあの問題が一日でも早く片づけられるといいのですが……」
「私も一日でも早く片づけたいと思っているのですが、米国からの圧力が強くてなかなか強硬策に出れないのですよ。野党もこの問題については勢いよく追及してきますし」
「本当に真一をいつも支えてくださりありがとうございます。細川官房長官」
「いえいえ、私は総理にとても感謝しているのですよ。安斎内閣が発足してからもう2年が経ちますけど私を官房長官としてくれたことには本当に感謝しています」
男はそう言って総理を見た。男の正体は安斎内閣を陰から支えている細川勝弘内閣官房長官であった。安斎が派閥領軸である平和党の派閥政友会(安斎派)所属であり安斎の元私設秘書であり安斎の側近である存在だ。
そんな彼はいつも首相公邸にやってきて日々の総理の様子を確認するのであった。
「では、私は戻ります」
官房長官というのは政府の危機管理上とても重要な存在だ。官房長官に暇などないのだ。
「いつもお疲れ様です」
みどりは細川を送り出した。
安斎はそんな会話があったことなど全く知らずにぐっすりとソファに寄り添っていまだに寝ているのだった。