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ソウル・シャウト・ジェネレーション  作者: ますたか きょうたろう
第二章
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【3】魂装具《ガジェット》

「本当にここでいいんだろうな?」

 学生寮から歩いて数分のところにある巨大なアーケード街。

 その入り口に差し掛かかった真斗が言う。

 時刻はもうすぐ二十三時になろうかというところだ。

「はい。バッチリです」

 ジャケットの胸ポケットに差されたスマートフォンから少女の声が聞こえる。

 ポケットからは端末の画面が半分ほどはみ出しており、そこには少女の顔が映っていた。その様はポケットに収まった小さな人間が、顔だけ覗かせているようにも見える。

 真斗は足を止め、周囲を見渡す。

 アーケードの下に走る通りは歴史を積み重ねてきた証と言わんばかりに複雑に入り組んでおり、さながら巨大な迷路の様相だ。通り沿いには、精肉店、惣菜屋、洋品店、携帯ショップ、大衆食堂、理髪店、ドラッグストア、時計店、書店、ファストフード店、骨董屋、喫茶店、銀行のATMコーナー……大小に新旧、実に様々な店が入り混じって軒を連ねており、迷路のような構造と相まってより混沌とした印象を感じさせる。

 昼間から夕方にかけては多くの人々が行き交い、賑わいをみせるこの一帯だが、この時間はほとんどの店にシャッターが降ろされており、通りに人影はない。均等に配置された街灯の周囲には、灯りに引き寄せられた羽虫の飛び交っている様が見て取れる。

 昼間の喧騒とはうって変わって、ひっそりと静まり返った街並みに真斗は不気味さを覚えた。

「さて、それじゃ行きましょう。マスター」

 胸元の少女が促す。

「……なあ、ここのどこにエーテルがあるっていうんだ?」

 真斗は自分の胸元に視線を落とす。

「夕方お話した通り、エーテルは魂に吸収されているのですが、それと同じように人の残留思念などに惹きつけられて集まる性質があるんです」

「そうなのか」

「はい。ですので普段多くの人で賑わっていたり、人の強い想いが集まるような場所で、かつ人気が少なくなってエーテルを魂に吸収されなくなる時間帯がある環境――例えば、夜の学校や墓地とかですね。そういった場所には高密度のエーテルが現れやすいんです」

 そう考えると確かにこのアーケード街はうってつけな環境に思える。夜の墓地などに行く羽目にならずに済んだことを真斗は天に感謝した。

「なるほど。その密度の高いエーテルを回収するってわけだ」

「ええ。ではエーテルが集まりそうな場所まで移動しましょう」

 …………

 少女の指示に従い、真斗は唯でさえ薄暗い夜のアーケード街を路地裏へと進む。

 大通りの街灯の光が遠ざかり、闇がより深みを増していく。道幅は細く、人とすれ違うのがやっとといったところだ。道のあちこちには薄汚れて本来の色彩を失ったポリバケツや、置きっぱなしのまま忘れ去られたビールケースなどが積まれている。

 そんな普段であればまず入らないような道をしばらく進んだとき、真斗の鼻先を何かがかすめた。

「うわっ!」

 突然現れたそれ、に驚き、真斗は思わず声を上げる。

「やりました! 発見です、マスター!」

 少女のほうは歓喜の声を上げた。

「えっ……こ、これがエーテル!?」

 それは……真斗の知る言葉で言うところの『人魂』だった。

 大きさはソフトボールほどだろうか。球体に一本の尾のようなものが生えており、風もないのに不安定に揺らいでいる。全体はかすかに七色の輝きを放ち、刻々とそのグラデーションを変化させながらゆらゆらと宙に漂っていた。

「そうです! でもこのエーテル量だとやっぱり人魂がせいぜいってところですね。もっと集まっててドッペルゲンガーとかになってたらラッキーだったんですけど」

 明るい口調でとんでもないことを口走る少女に、いやいやいや、それは勘弁してくれよ、と真斗は心でツッコみながらも、なんとか使命を果たそうと自分を奮い立たせる。

「よ……よし、これを捕まえればいいんだな!」

 人は本当に必死になると大抵のことは成し遂げられると言うが……まさにその通りのようだ。

 臆することなく――やけ気味の可能性もあるが――ゆらゆらと目の前に停滞する人魂に狙いをつけ、果敢にも真斗は飛びかかった。

 素早く伸ばされた両腕が人魂を包み込むように迫り、その手が球体部分を掴む! ……と思った瞬間、両手はするりと人魂をすり抜け――盛大にバランスを崩した真斗は、飛びかかった勢いのまま地面へと突っ伏した。

 …………

「マスター……素手じゃ無理ですよ」

「それを早く言えよ!」

 顔面をしこたま地面へ打ち付けた真斗が鼻先をさすりながら喚く。目元にはうっすらと涙が滲んでいる。

「マスターが勝手に飛びかかったんじゃないですか」

「……うっ」

 淡々とした少女の返答に、真斗は口をつぐむ。

「エーテルを回収するには、専用の道具を使うんです」

「……道具? そんなものどこにあるんだ?」

 真斗はきょろきょろと辺りを見回す。

「マスター。両手を前に出してください」

 えへへ、と楽しそうに少女は言う。

「?」

 真斗は言われるままに手のひらを上に向けて、両手を身体の前に差し出す。

「じゃ、いきますよー。なにっがでるかな♪ なにっがでるかな♪」

 どこかで聞き覚えがあるようなリズムで、少女が歌いだした。

 すると、真斗の手から虹色の光が泉のようにゆっくりと湧きだし――それは徐々に何かを形どっていく。

 やがてそれは白く強い光を放ち――次の瞬間、真斗の手には黒い鞘に収まった一振りの日本刀が握られていた。

「こ……これは!?」

 突如現れた太刀に驚きながら、真斗は少女に訊ねる。

「これがマスターの『魂装具ガジェット』です。刀剣タイプでしたねっ♪」

「魂装具?」

「S.N.Sのエーテル回収ルーチンをマスターの魂を媒体として具現化させたものです。要するにエーテル回収の道具だと思ってください」

「なんで……刀なんだ?」

 真斗は手にした刀――魂装具――をまじまじと見つめる。

「魂装具の形状は媒体となる魂次第ですので……マスターの魂から具現する魂装具は刀のイメージだった、というだけのことです。だから魂装具がどういうものになるかは人それぞれです。でも、武器のようなものになることが多いみたいですね」

 気が付けば、少女の手元には例のファイルが開かれている。どうやら少女の知識ではなく、ファイルに書かれた情報を元にした解説らしい。

「……そして使い方ですけど、魂装具の効果を対象に発揮させれば、あとは自動で回収ルーチンが機能します」

「ということは……」

「はい。つまりその刀で攻撃すれば、対象のエーテルを回収できるってことです。――さあ、マスター」

 少女の促しの言葉にわずかに頷いた真斗は柄に右手をかけ、鍔のすぐ下の辺りを握ると、ゆっくりと力を込める。

 音もなく、徐々にその姿が露わになる。

 やがて――漆黒の鞘から現れたのはしなやかな反りを見せる白銀の刀身。

 峰側から刃側にかけての真ん中辺りまで―――鎬地しのぎじと言う――はわずかに鈍色で力強く、波打たず真直ぐと切先まではしる刃文は、刀身の鋭さをより際立たせる。

 まるで美術品のような美しさと、見る者を圧倒する存在感。真斗は思わず息を飲む。

「マスター。もう時間も残りわずかです」

 少女の呼びかけに、刀に見とれていた真斗は夢から醒めたように気を取り直す。

 真斗が向き直ると、未だ人魂は先ほどとほぼ変わらぬ位置で揺らめいている。

 意を決し、呼吸を整え、真斗は右手に握られた魂装具を標的へと向かって横薙ぎに、一気に、振りぬいた。

 無論真斗は今まで真剣を振るったことなど無い。しかし――


 ――ゅんっ!


 真斗自身も驚くべき速さと正確さで、刀身は空を斬り、標的をその切先で捉える! 直後、切先は音もなく標的を二つに両断し、そして……二つに断たれたそれはきらきらと虹色の光をかすか放ち、霧散するように……消えた。

「やりましたねっ! マスター!」

 呆然と立ち尽くす真斗に、少女がはしゃいだ声で祝福の言葉を贈る。

「今ので……回収できた……のか?」

 自身の想像を遥かに超える速さで振るわれた刃と、霧散した人魂を目の当たりにして、真斗は何が起きたのか理解しきれていない様子だ。

「はい! バッチリです」

 その時――唐突に腕時計のタイマーが鳴り響く。回収のタイムリミットの時間だ。

「あっ……それで、回収量は!?」

 真斗は我に返った様子で確認する。

「〇.四グラムです! 無事にノルマ達成ですっ!」

 少女の報告を聞き、ようやく真斗の表情はいつもの和らぎをみせた。

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