【3】初夏の終わり
「小早川先生が治療した少女の名は――澪……夜霧澪――だ」
宝條は静かにそう言った。
「えっ――」
その言葉に真斗は――しばし、硬直する。それから少し遅れて、色々な感情と想いが押し寄せる。
「……治療が行われたのはうちのグループが出資している機関の一つだった。それでわかったんだ。治療も成功したらしい。しかし――」
ここで宝條は少し言葉に詰まる。
真斗は黙って宝條の目を見る。どんな内容であろうと、覚悟は――できていた。
「しかし、以降の消息は……掴めていない」
「マスター……」
ナナが心配げに真斗を見つめる。
真斗は下を向き、黙ったままだ。
…………
「……いや、澪は生きていてくれた。無事に自分を取り戻してくれていた。それがわかっただけでも――十分だ」
真斗は顔を上げ、強くそう言った。
「はい……じゃあ今度は――探しましょう! マスターの妹さん、澪さんを! わたしもマスターの為に頑張りますから!」
ナナの言葉に、真斗は優しく笑い、頷く。
「さて、俺からの報告は以上だ。色々と大変な事もあったが、夜霧、神崎。君たちと出会えて良かった。ようやく決着をつけることもできた」
「こちらこそ……色々ありがとうございました。宝條先輩。父も喜んでると思います」
怜奈はそう言い、少しバツが悪そうにもじもじする。
「それと……あの、敵だと疑っていろいろと、すみませんでした!」
そういって頭を下げた。
「ははは。君も響子に散々な目に遭ったようだし、おあいこという事にしよう。――じゃあ、俺はこれで」
そういうと軽く手を上げ、宝條はその場を後にする。
つい先ほどまで賑やかだった丸テーブルには真斗と怜奈だけが残る。しばし二人は黙っていたが……怜奈が口を開く。
「えっと……色々ありがとう。あと……カッコよかったわよ。真斗」
じっ、と怜奈が真斗を見つめる。
「えっ――れ、怜奈――…………先輩」
怜奈の眼差しと、‘くん’付けではない呼びかけに一瞬で真斗の鼓動が高まる。
「ふふ、呼び捨てで呼びあいたいのかなって思ったけど……やっぱり真斗くんは、そっちの方が真斗くんらしくていいわ」
すぐにいつもの調子に戻り、怜奈は笑った。真斗は緊張から解放されほっとするが、何か大きなものを逃した感覚に襲われる。あれ……ひょっとして今、大事なチャンスを逃したんじゃ……?
真斗がひとしきりそんなことを考えていると、怜奈が立ち上がる。
「さて……じゃあ、行きましょうか」
「えっ――どこへ?」
真斗に、怜奈は微笑みながら答える。
「そんなの――決まってるじゃない――」
清々しい風が吹き、雲が蒼天を流れていく。夏がすぐ近くで足音を響かせていた――




