【7】死闘(1)
「怜奈先輩っ!」
真斗の右手が……怜奈の肩を掴み、空中で抱きとめる! そして真斗は屋上へ向き直り必死に左手を伸ばすが……指先は柵をかすめ空を切る。真斗の視界が――歪む。
駄目なのか――!!
――どんっ! ――どっ……。
鈍い……衝撃音。真斗は――ゆっくりと目を開ける。怜奈は――目の前にいた。ビルの屋上に力なくうつ伏せに倒れている。振り返ると、先ほど上空から真斗と怜奈が落下していた場所には、うっすらと消えかかっている大剣の影。
「ふん……」
磯崎が鼻を鳴らす。その視線の先には、地面に倒れながらも、右手を出す宝條の姿。
真斗と怜奈がビルの外へと落下する、その直前、宝條はそこに魂装具を具現して弾くことで、ビルの上へと落下の軌道を変えたのだ!
「く……なんとか……間に合ったか……しかし……」
今ので胸の傷が開いたのか、宝條に苦悶の表情が浮かぶ。
真斗は腕に力を込め、身体を起こしながら、出血でジャケットを赤くを染めた宝條と、依然倒れたまま動かない怜奈を見た。
…………
あの時と同じだ――
両親を亡くし、そして……妹に救われたあの日。
本当は……手が離れたんじゃない。澪は自ら腕を振りほどいたんだ。そのままアスファルトへ頭から落ちるはずだったオレを――かばう為に。
そして……オレだけが助かった。……澪の記憶を引き換えに差し出して。
残酷な事実。無力さに苛まれ、自身を嫌悪し、罪悪感に締め付けられ、魂は軋みをあげて哭いた。
その重圧に耐えられなかった。だからずっと、真実から目を背けてきた。
――嫌だ……もう、あんな思いは。
誰も救えず、ただ守られて自分だけが残る。大切な人を目の前で失う。そんなのはもう、嫌だ――
…………
「まったく……つくづく君は私の邪魔が好きだな」
倒れる宝條の傍らに磯崎が近づき、見下ろす。左手から延びる二つの鉤爪がゆらり、と宙で狙いを定める。
「よかろう……では貴様から先に逝くがいい!」
宝條の頭と背に向かい、その凶刃が降りかかる!
――じゅばっ!
磯崎の前を漆黒の何かが通り過ぎた。やや遅れて――からんからん、と乾いた金属音が響く。磯崎は左手から伸びた鎖の先を目で追う。宝條へと振るわれた二つの鉤爪は……そこには、無い。鎖は鋭い断面を残し、切断されていた。そしてその先にあったものが地面に転がっている。
一瞬何が起こったのか、状況が理解できない磯崎。何かが飛来してきたその方向を見る。
その先には――右手で魂装具を振り抜いたままの姿勢の真斗の姿。その手に握られた刀の刀身は黒く染まっていたが……蒸発するように黒い霧が湧くと、本来の白銀色へと戻った。
「……。君の仕業か? しかし今のは――」
磯崎は何かを言おうとしたが、それを遮るように真斗はうつむき加減のまま、呟く。
「……ナナ」
「……はい。マスター」
ナナがいつになく、静かに、だが力強い声で答える。そして――
「具現せしたる我が力――」
ナナの声が響く。
真斗の心に、どこからか自然と言葉が、そして色々な想いが、感情が浮かんでくる。それは魂の――叫び。
「主たる我が魂の叫びに応え――」
真斗から虹色の光が揺らめきながら湧き上がる。
「彼の者の願い叶えんと――」
「其の戒め解き放ち――」
ナナと真斗は続ける。そして――
「――いま此処に、漆黒の怒りとなりて顕現せよ!」
ナナと真斗の口から力ある言霊が発せられる!
真斗の魂から湧き出したエーテルが手にした魂装具を包み込み、光を放つ!
そして――
手に握られるは空気をも闇色に染める漆黒の刀。刃から湧き出す黒いオーラが宵闇を飲み込み、深淵へと誘う。
「なんだと……!?」
磯崎が驚愕する。
「……ま……真斗……くん……」
意識を取り戻した怜奈が、うっすらと目を開ける。
「怜奈先輩! 良かった……」
近づくと真斗は怜奈を抱き起し、壁にもたれかかるように座らせた。相当なダメージを負っている為、まだ立ち上がることはできないようだが、S.N.Sの強化回復がある。安静にしていればなんとか大丈夫だろう。
「真斗くん……無理……しないで。あなただけでも逃げ――」
真斗はゆっくり首を振り、そしてほほ笑む。
「大丈夫です。後は、オレに任せてください。それに――約束したじゃないですか。必ず二人で小早川教授の無念を晴らすって」
「…………」
しばしの間。そして怜奈は黙って頷く。はらり、と目から一筋、熱いものが頬を伝う。
…………
「磯崎……お前だけは……許さない!」
刃の動きに合わせて闇色のオーラが軌跡を描く。磯崎を見据え、真斗は魂装具を構えた。




