【6】スコーピオン(1)
「小早川先生の無念、今こそはらさせてもらうぞ、スコーピオン!」
宝條が地面を強く蹴り、磯崎に向かって飛ぶ。その背に虹色の霧が発生し……魂装具が具現する! 現れたのは両刃の西洋風の大剣。その全長はゆうに二メートルを超える。刀身は白銀に輝き、内周には輪郭にそって金色のラインが走る。その内側には蔦のような文様が掘りこまれており、大剣であるにも関わらず無骨さは微塵もなく、むしろ優雅さを感じさせる。
「はっ!」
宝條は磯崎目がけて右手を振るう。すると宙に出現した大剣が右手の動きに合わせ磯崎に襲いかかる! 魂装具を直接触れることなく制御している!? 真斗はその技量の高さに驚き、目を見開く。
「……ほう」
感心するように呟き、磯崎は自身目がけて振り降ろされた大剣を右手で――いや、右手に具現した魂装具で受け止める! 衝撃を受け止めた磯崎の両の足が、貯水タンクの鉄板をへこませ、身体がわずかに沈む! その間に磯崎の左に着地した宝條がすかさず次の行動へと移り――右手を左へと振り払う! これに呼応し、大剣が磯崎を両断せんと横薙ぎの軌道を描く!
「むっ――!」
これを磯崎は上体を反らしながら後方へ飛び、寸でのところで回避。そのまま貯水タンクからコンクリートの屋上へと降り立つ。
磯崎の右手に握られるのは緩やかに湾曲した一本の爪のような刃物。長さは五十センチほどだが、肉厚でずっしりとした印象を受ける。その形状は切断するというよりも、突き破り、引き裂く。そういった使い方に適しているように見えた。
「なかなかのパワー、そしてそれにも関わらず十分な剣速だ。ふむ――それを受け続けるのはさすがに骨が折れる」
磯崎が先ほどの宝條の攻撃を評し、肩をすくめてみせる。
「ならば逃げるか? お前のその魂装具のリーチでは俺の間合いの外から戦うことはできまい」
宝條が貯水タンクの上から磯崎を見下ろしながら言う。
「いや……それには及ばんよ。何故なら――」
磯崎が魂装具を宝條の顔目がけて投げ放つ! 宝條は首を少し右に傾けこれを難なく避ける――が。そのまま彼方へと消えると思われた爪は空中で急停止、再び宝條の頭めがけて舞い戻る!
「何!?」
宝條は素早く身を屈めこれを回避。磯崎を見る。
先ほどは磯崎の手に握られていた鉤爪は今はそこではなく――磯崎の右肩の上、宙に停滞している。その根元からは鎖が延び、宙にカーブを描き、そして磯崎の右手首へと続いていた。そこには小さく黒い空間――闇があり、鎖はその中へと続いている。
「これが私の魂装具だ。さすがにパワーでは劣るだろうが――どうだ? なかなかのリーチだろう?」
にやり、と笑みを浮かべ磯崎はそう言った。紅い月を映し、切れ長の目の奥で瞳が光る。その輝きはループタイにはめ込まれたカーネリアンと同じく血のような深紅――
「君のそのリーチで、どう戦うのか――さあ、見ものだな」
磯崎の魂装具が動く。緩やかに鉤爪をもたげ、標的を狙う。その姿はまさに蠍――スコーピオンだ。
――ぎゅんっ!
空を斬る音と共に鉤爪が飛ぶ。宝條が手のひらを正面にかざすと、大剣が盾のように立ちはだかり、これを弾き返す。しかし弾かれた鉤爪は怯む様子もなく――次なる刺突を放つ!
「くっ!」
爪の動きに反応し、宝條も手を返し、大剣を振るいこれを払い落とす――が、鎖で繋がれた爪は生き物のようにうねり、再び凶悪な牙を剥く!
――ごっ、ぎっぎっぎぎぎぎぎぎっ!
絶える事のない連突を宝條は腕を降り、大剣を操り、弾き続ける。今のところ宝條にダメージは無いが……これでは埒が明かない。
「ふん……なかなかに固いな」
その様子を見ながら磯崎が言った――その時。
「私たちの事を忘れてやいないかしら!」
宝條に気を取られがちだった磯崎に、距離を詰めた怜奈が魂装具を振るう! 魂装具を宝條への攻撃にまわしている磯崎は丸腰だ。怜奈の薙ぎ払いが磯崎を捕らえる――
――ぎんっ!
磯崎の左手に逆手に握られた鉤爪――それが怜奈の魂装具を受け止めていた。
「なっ……!」
「ああ……言い忘れていたが、私の魂装具は一本だけではない」
横目で怜奈を見ながら磯崎はそう言うと、左から薙ぎ払われた怜奈の魂装具を上へと受け流すように弾き……そのまま返す左手で鉤爪を怜奈の首筋目がけ振り払う! 怜奈は身を引きこれを躱すが、磯崎はそのまま鉤爪を手から離す。右手の爪と同様に手首から鎖が延び、螺旋にうねりながら下がる怜奈へと迫る!
「……くっ!」
怜奈は魂装具でこれを弾くが……万全の体勢ではない為、勢いを殺し切れない。鉤爪は時計回りにコンクリートの地面をえぐりながら怜奈を執拗に追いかけていく!
「今よ、真斗くん!」
怜奈が叫ぶ。刀を抜き放ち、真斗が走る!
「ぬっ……!」
わずかに呻き、磯崎は怜奈とは反対側――右側へと振り返る。真斗が右上からの一閃を放つが……磯崎は右手の鉤爪を素早く戻し、これを受け止める。
「ふっふっふっ……狙いはいいが、その速さでは届かん。……B評価といったところかな」
磯崎が余裕の表情で言う。その態度に真斗が顔を歪める。
「離れろ! 夜霧!」
宝條の声が響く。
真斗が磯崎から距離を取りつつ貯水タンクの上を見ると、宝條が右手を高く掲げている。そしてその上空には彼の魂装具の大剣が宙に浮いていた。
「喰らえっ!」
宝條が一気に右手を振り降ろす。すると大剣が光を帯び、巨大な矢のように磯崎へと降りかかる!
「……ふん。つまらん」
磯崎はそう呟き、大剣の着弾予想点から半歩身をずらす。
「……かかったな」
今度は宝條が呟く。そして右手を捻り、ぱちん、と指を鳴らす。瞬間、大剣が強く輝き光を広範囲に放つと――その姿が光に包まれた無数の短剣へと変貌する!
「!? なにいっ!」
初めて驚愕の声を上げた磯崎。その一帯に光の矢と化した無数の短剣が雨のように降り注ぐ!
――じじじじじじじじじじっ!
止むことのない大量の光と熱が、まるで昼間のように辺りを明るく照らし、そして周囲には何かが焼ける臭いが立ち込める!
…………
閃光に目を開けていられなかった真斗が、ゆっくりと目を開きその熱源を見る。
そこには……先刻と変わらぬ磯崎の姿があった。その両手には遠心力に振られ高速で円を描く一対の鉤爪。磯崎は己の魂装具を高速回転させることで先ほどの無数の刃を防ぎ切ったのだ!
「……くっ、くっくっくっ。なかなかの攻撃だ。評価A´だな」
磯崎は魂装具の回転を止め、その手に鉤爪を収めながら言った。
「そうか、ならば今からA評価に上げてもらおう!」
「なっ――」
先ほどの攻撃の間に、既に間合いを詰めていた宝條が右手を振り抜く! 再び大剣の姿へと戻っていた魂装具が磯崎の肩をかすめた。
「ちっ……宝條茜……貴様さえ居なければ……!」
「その言葉そっくり返すぞ! 磯崎! 貴様さえ居なければ俺の師……小早川先生は死なずに済んだ!」
矢継ぎ早に繰り出される宝條の斬撃。防戦を強いられ、磯崎は憎々しげにその顔を歪めた。




