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ソウル・シャウト・ジェネレーション  作者: ますたか きょうたろう
第五章
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【5】嘘と真実(1)

 紅く妖艶な輝きを放ち、満月が闇夜に浮かんでいる。

 とあるオフィスビルの屋上。一角には巨大な貯水タンクが鎮座し、その隣には業務用空調の室外機が並ぶ。そして室外機の一つ、その上に片膝を立てて座る響子の姿があった。

 右手で弄ぶのは先ほど手に入れた記録水晶。それは空に掛かる月の光を浴び、うっすらと紅く染まる。無言でそれを眺めながら、彼女は待つ。

 ――どれくらい待っただろうか。やがて金属製の非常階段を上る静かな足音が近づいてくる。響子はゆっくりと首から上をそちらに向け、闇を注視する。やがて音は止み、そして闇がわずかに揺らぐ。

「――よくやった」

 闇が静かに語りかける。響子は身を乗り出し、室外機から飛ぶ。ビルの屋上にとん、と靴音が響く。

「さあ、それをこちらへ――」

 闇が再び揺れた。響子は歩を進め、その前へと進む。

 そして――親指と人差し指でつまんだ記録水晶を見せるように、その手を突き出すと――手のひらを握り記録水晶をその中へ収める。

「どうした? 報酬はすぐに指定の口座に振り込む準備ができている。さあ――」

「……それは無理よ。だってこれは――」

 響子が首をわずかに傾げる。纏められた髪が静かに揺れる。

「――あなたをおびき出す為の大切な道具だからね!」

「!?」

 瞬間、貯水タンクの陰から真斗たちが一斉に飛び出し、闇の中に佇むその人物の背後を囲い込むように固める。

「ようやく会えたな……!! スコーピオン……!」

 宝條がその背に向かって言い放つ。宝條の半歩後ろには、右に怜奈、そして左には真斗が立ち並び、その人物に注意を向ける。

 闇の中でその人物がゆっくりと振り向く。月明かりが差し込み、その顔を闇からあぶりだしていく――

 そして……真斗と怜奈はほぼ同時に声を上げる。

「な――」

「い……磯崎……先生……!?」

 驚きの表情の二人を、磯崎教授はいつもの穏やかな顔つきで見やる。

「お……おお、神崎くん。君たちも来ていたとは……助かった。あの後、実はあの女にここに来るよう脅されたのだ」

「えっ……」

 怜奈は困惑した顔で響子を見る。

「猿芝居はもうその辺りにしたらどうだ? 響子はお前など呼んではいない」

 会話をこれ以上続けさせまいとばかりに宝條が口を挟む。

「この場所を響子にメールで指定してきたのはスコーピオンだ。そして響子からそのことを知らされたのは俺だけ。その状況で指定時間に現れた人物。つまり――磯崎要。お前こそスコーピオンだ」

 教授は振り返り、響子を見る。

「――そうよ。あたしはその男――宝條茜の指示でスコーピオンに近づく為、袴田に接触しアンタの手先になった……フリ、をした」

 宝條が後を続けるように言う。

「四年前……あの事件の日以来、俺は小早川先生を襲った犯人、スコーピオンをずっと追っていたのさ。……そしてついに、スコーピオンの命を受け記録水晶を探す男がいるという情報を入手した。――まさかそれが袴田だと知った時はさすがに驚いたがな」

 袴田たちによる襲撃の夜の事を真斗は思い返す。あの日、宝條先輩は怜奈先輩を尾行していたのではなく、記録水晶を狙う袴田を探し夜のアーケード街を歩いていたのだ。

「袴田が唯一スコーピオンに繋がる手がかりと踏んだ俺は、その正体を突き止める為、袴田を泳がせ、マークすることにした。そして……同時に響子にも一肌脱いでもらったわけだ」

 宝條は響子のほうを軽く手で差し、そう言う。

「ところが仲間になったところで袴田以外の人間にはメールでの指示しかこないもんだから、ほんっと、苦労させられたわよ。少しでも信頼を得る為に指示に従って神崎先輩を襲撃したり……でも、こうしてその顔が拝めたんだから、悪役まで演じた甲斐があったってもんね。あははっ」

 響子の言に、怜奈は、あれは芝居のレベルじゃなかったわよね……と心の中でツッコミを入れる。

「響子に直接会う機会が訪れない以上、正体を突き止めるのは困難だった……だが、事態は昨夜大きく動いた。響子にスコーピオンから次の指令が来たからだ。『神崎の記録水晶は手に入れた。残る一枚を探せ』とな」

 宝條は怜奈をちらりと見る。

「……しかし響子は勿論、袴田も動いていない。そして当の神崎の様子も至って普通だ。となると考えられるのは一つ。……スコーピオンは神崎怜奈の近くにいる人物。それも信頼を得ている近しい間柄だ」

 宝條の言葉は続く。

「だから俺は自分の持つ最後の記録水晶を神崎に見せる事にした。お前がうった芝居とは違い、本当に小早川先生から託された一枚をな」

 真斗はそれを聞く教授の眉がぴくり、とわずかに動いた気がした。

「そして案の定、神崎を通じ、俺が記録水晶を持っていることを知ったお前は響子に次なる指示をだした。『宝條茜を襲い記録水晶を奪え』と」

 ここまで話し、宝條は響子を見る。

「あとは簡単。あたしが茜を襲って一芝居。記録水晶の受け渡し場所の指示をアンタに仰ぐだけ♪」

 宝條の言葉の続きを、響子がさも楽しそうに言った。

「自分の持つ記録水晶が奪われたように見せかけたのはお前の自作自演だな? 俺の事をスコーピオンと信じ込ませて、神崎たちの敵意を俺に向けさせ争わせる。そしてその隙を狙い響子が目的を達成しやすくする為の……!」

 宝條は磯崎を見据える。

「…………」

 しばし教授は黙りこんでいたが……

「くっ……くっくっくっくっ……」

 わずかにうつむいたまま、低い声が漏れる。

 まさか……本当に教授が……!?

「……素晴らしい。まったく素晴らしいよ。君は。私もそれなりに自負していたが、宝條くん、君も相当な策士だ。そして大した推理力だ。だが……一つ足りんよ」

「何……?」

 宝條がわずかに眉をひそめる。

「私がその女に襲われたふりをしたのには、もう一つ大切な理由がある。それは……本来であればここで記録水晶を受け取り、その女を始末すれば事件は闇の中。記録水晶の行方と共に真相を知る者は誰も居なくなるはずだった。そう……小早川の時のようにな……!」

 !! やはり教授……いや、磯崎がスコーピオンだったのだ! そして今の発言ではっきりした。小早川教授は、もう……!!

 真斗は怜奈を心配し、様子を伺う。やはりショックを受けている様子だ……。怜奈は絞るように磯崎に向かって言う。

「……あなたが……父を……!! なぜ! どうして!」

 そんな怜奈を見て、磯崎はあざ笑うかのような態度で言葉を返す。

「今更それを知ってどうする? これから父と同じように死ぬというのに」

「なっ……くっ……!!」

 鋭く氷のような冷たい眼光。偽りの仮面を脱ぎ捨て露わとなったその表情は、穏やかで学生にも慕われていた‘磯崎教授’のものではない。

「しかし、結局小早川の死体は出なかったな。まさかそこまで燃え尽きてしまうとは、さすがに私も予想していなかったよ」

「許さない……あなたも……U-TOPIAも!」

 まるで思い出話でも語るかのような磯崎に肩を震わせる怜奈。その手の中で感情に呼応するかのように虹色の光が激しく輝く。怜奈はそれを強く、握りしめた。

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