【8】闇の中で
繁華街の北側。さびれた区画にある雑居ビルの屋上。落下を防ぐ為に設けられた金属製の柵は、雨風にさらされ、ところどころ腐食しており、その年月を感じさせる。
その頼りなさげな柵に、響子は足をぶらぶらと遊ばせながら座る。眼下にはぽつりぽつりと灯る店の明かりが、闇に咲く花々のように怪しく虚ろに輝いている。
響子の右手にはスマートフォンが握られており、画面のバックライトが彼女の顔を闇に照らし出していた。
「なーんか厄介なことになって来たんじゃない? どーすんの?」
視線を画面から外すことなく、響子は隣にいる人物に話しかける。話しかけられた男はしばし黙考している様子だったが――
「……手はまだある。少々荒っぽくなるが……頼めるか? できればこの手は使いたくなかったが……」
響子とは反対側を向き、腕を組んだまま柵に寄り掛かかっていた男――宝條が答えた。
「ははっ。何それー。あそこまでやらせといて、今更荒っぽいも何もないっしょ?」
宝條のほうに向きなおり、笑い交じりに響子が返す。
「ふ……それもそうだな。――明日で……全て終わらせてやろう……!!」
顔を上げ、かざした左手でわずかに眼鏡を上げる宝條。
暗闇が支配する雑居ビルの隙間を、強風が吹き抜けていった。




