勇者、動揺しています。
「証拠はこれで全部。アストルムでも捕縛したって連絡が入ったよ。彼と人間との繋がりを示す証拠は見つかったけど…あっちの国が背後に就いてるか迄は…はっきりとは解らなかった。」
「そうか…」
私とモーレスさんが書類や物証を整理し、被害者から話を聞き、ウィリデネムスやフォルミーカの迎えに来た役人と話をし、賊を連行してスティルプスに帰ってこれたのは陽が傾き始めた頃になった。
今居るのは、人払いのされた国王夫妻の私室。私、ザイン様、シルヴィア様で証拠を積み上げたテーブルを囲んでいる。モーレスさんには事後処理と緊急部族会議の招集と準備をお願いしている。勿論、告発するに足る物証と関わった人物が判明したからである。この会議には通常の部族会議とは違い、45の代表部族以外にも少数部族の代表も招かれている。ただし、今回の物証や捕らえた賊達の記憶を精査した結果…部族代表もしくは幹部が関わっている、と判断できた部族は招集をされていない。彼等に気付かれる事の無いように出席者は後程転移魔法で迎えに行く予定だ。
「それから、捕縛された獣人の7割がはぐれ、2割が奴隷、残りが手引きした兵士さんだね。」
はぐれ獣人とは、犯罪に手を染めたり、部族の掟を破りったりして身体の一部に罪に応じた烙印を刻まれ、追放された獣人の事をはぐれ獣人と呼ぶ。彼等は2度と生まれ育った集落に入ることは許されず、その罪の重さによっては各々の部族集落ではない王都等の都市に入ることも拒否される。その為、彼等の殆どはアストルムへと向かう。獣人も多いために多少は肩身が狭くとも、ラウルスに居るより格段に良いからだ。勿論、ラウルスに残る者も居り、彼等ははぐれ獣人の集落を作ってその中で身を寄せ合いながら暮らしている。
「頭が痛い話だな…。」
実際に頭を抱えながらザイン様は呻いた。
「殆どがアストルムの国籍だったから、今後の対策はラディウス様と要相談、だね。」
「国内での見直しも必要かもしれないな。」
シルヴィア様もザイン様に寄り添うようにしながら嘆息した。
「出来るなら、ある程度の救済措置は考えた方が良いかもね。全部の事例が悪とは限らないし…更正の余地が無いとは言えないし。」
「検討しよう。」
重々しく頷いたザイン様。報告を1つする度、ザイン様の背に重荷を乗せている気がして口が重たくなる。
「それから…」
「夜宵?」
「………見て、欲しいものがあるの。」
怪訝な顔をするザイン様の側近くに寄ってザイン様を真っ直ぐ見つめる。
「…覚悟はして。」
「………これ以上に悪いことか…。」
眉根を下げて頷くと、ザイン様はぎゅうっと拳を握り、その手にシルヴィア様が手を重ねた。
「……分かった。」
そっとザイン様と額を付き合わせて同調を使う。得た記憶を見せるだけなら何とか酔わずに済むが……内容が内容だけに無意識に顔をしかめる。
ガタンっ!と椅子が大きな音を立てる。
「………っ!!!」
立ち上がったザイン様の口から微かに漏れた吐息が震えていた。
「あり、得ない…奴に限って、こんな…っ!」
「……私も……そう思いたい、けど…」
シルヴィア様が戸惑って私達を交互に見遣ってるのを感じながら、床へと視線を落とす。
「夜くん、まさか…私達が、よく知る方が…関わっているのかい…?」
「…………。」
頷くのが精一杯だった。
「…私にも見せてくれ。旦那様、良いだろう?」
ザイン様を窺い見るとどさりと椅子に座り、両手で顔を覆いながら僅かに頷いたのが見えた。小さく息を吐いて、シルヴィア様とも額を付き合わせる。同調が終わった頃には、シルヴィア様もあまりに衝撃的な事実に口を両手で覆っていた。
「そんな、聖獣様を害したのが……」
ザイン様がシルヴィア様の肩を抱き寄せて撫でるが、2人の顔は苦痛と悲しみに満ちていた。
「…………ザイン様、シルヴィア様…この件、私に預からせて欲しいの。」
「…いったいなんの為に。」
事実は変わらないのだろう?ザイン様の目がそう言っていた。
「……私も、あの人が…自身の意思でこんなことをするとは思えないし、思いたくない。」
ぎゅっと拳を握って2人を見遣る。
「参加、してるんでしょう?シルヴィア杯に。」
「あぁ、団体戦には出ては居ないが…個人戦に。勝ち残ってる…。」
「だったら、表彰式まで時間を頂戴。あの人に…何があったのか、ちゃんと知りたいの。助けられるなら…助けたいの。」
「夜くん…」
泣きそうな、震える声を絞り出したシルヴィア様に苦く笑みを向ける。
「それに、ね?あの子達に…フェンリルの子供達に頼まれたんだ。"おじちゃんを助けてあげて"って。」
「そうか……」
ザイン様もまた、絞り出すように呟いた。
「後手に回っちゃって…本当にごめん。」
仔狼達を眷属にした時に確認しておけば、もっと早くに気付いて動けた…賊達の記憶にあの人が登場するまで実行犯の事をすっかり忘れていた私のミスだ。
「夜宵のせいじゃない。同族を…同じ獣人を疑いきれなかった私の甘さが招いた事だ。」
「旦那様…」
「……後ろを振り返ってばかりは居られない、よね。」
「あぁ。」
扉の向こうからモーレスさんの声がする。準備が済んだのだろう…ザイン様とシルヴィア様が頷きあって立ち上がった。
ザイン様の瞳に灯る覚悟の光が、せめてほんの少しでも哀しみに陰らないように自分の今出来る最善を。そう、改めて胸に刻んでその背に続いた。




