届かない小さな背中。(said:モーレス)
「うん、うん、そう。目印は青緑に銀の人魚の描かれた旗と、船首に付いた巨乳の人魚のレリーフ。目立つから直ぐ分かると思うけど、予定ではそろそろ出港するはずだから急いだ方が良いかも。……うん、うん…うん、新しく情報が入ったらまた知らせるね。」
夜宵さんは誰かとの会話を終わらせると、小さく息を吐いてぼんやりと海を見ていた。フードから零れ落ちた髪が光を弾いて瞬いた。
「隊長、ウィリデネムスとフォルミーカから返答がありました。至急迎えを寄越すとの事です。」
「では、エルフの方とハーフリングの方から優先に聴取を。」
「はっ!」
敬礼し、部下が去るのを見送ってから一度空を見上げた。
エルフの治めるウィリデネムスとハーフリングが治めるフォルミーカ。我がラウルスと接地する2国は、閉鎖的とまでは言わないが…あまり外部と接触を持たない内向的な国だ。エルフは樹海の奥深く、ハーフリングは険しい谷を越えた草原に居を構えている。かつては世界中を旅する種族だったと聞くが、人間の増加と共に国を作って暮らす様になったと言う。
現在、我が国と友好的な関係を築いているが…今回の事で亀裂が入らないかが心配だ。
また一つ溜息を吐いて視線を夜宵さんへと戻す。
守らなくては…そう思いたくなる華奢で小さな背中。その印象は、初めて会った時から然程変わらない。たが、先程ほんの一瞬膨れ上がった威圧感と殺気は…その見た目からは想像できない程の絶対的強者の気配だった。
また…あの背中が遠ざかる。
知らず強く手を握りしめていた。あの背中に追い付きたくて…肩を並べたくて、彼女の優しい心を守れる剣であり盾で在りたいと出会ってからずっと………ずっと思っている。
◇
夜宵さんと出会ったのは、魔王軍の侵攻が激化してきた…夜宵さんが召喚されて半年が経った頃、魔王軍に対抗するために連合軍を組む事が決まったすぐ後の事だった。当時、人間と協力することに反対していた俺は、人間達が異世界から召喚したと言う勇者を危険視していた。異世界から来たとはいえ、所詮は人間。力を誇示して何をするか解らない、と。
しかし、皇子達に連れられて来たのは想像とは全く違う…小柄な少女だった。獣人に侮蔑の視線を向ける皇子達とは対照的に、一切の偏見も差別も無く屈託の無い笑顔を向ける彼女は、あっという間に俺達に馴染んで行った。
ある日、皇子達が彼女の側を離れたのを見計らって彼女問うた。
「俺達が気持ち悪くは無いのですか?」
その時俺は…まだ夜宵さんを疑い、受け入れ切れずにいた。
「……えっと…?」
夜宵さんは戸惑った様に瞬いて俺を見上げていた。その様子に苛立ち、俺は語気を強くして再度問うた。
「姿形の違う獣人が気持ち悪くは無いのですか?」
睨むように見下ろすと、夜宵さんは数度瞬いて小首を傾げた。
「具体的に、何が?」
「えっ…ぁ、具体的に?」
「そう、具体的に。」
問い返されて戸惑った。そもそも問い返されるとは思っていなくて…混乱しながら言葉を絞り出した。
「人間よりも身体能力が高くて…」
「羨ましくはありますね。」
「爪や牙も有りますし…」
「うんうん、格好いいですよね?」
「み、耳や…尻尾も…それに毛皮も…っ!」
「もふもふ最高じゃないですか。」
挙げる度に好意的な意見で返され、言葉を失った俺に夜宵さんが言った言葉を…俺は生涯忘れない。
「他人と自分が違うのは当然じゃないですか。人間でさえ容姿も力も違うんですよ?でも、こうやって意思の疎通が取れるなら私とモーレスに然程の違いはないでしょう?」
「で、すが…。」
「じゃあ、モーレスさんは人寄りの獣人さんだけど、獣寄りのザイン様のこと気持ち悪いと思うの?」
「あり得ません!」
「それと同じですよ。」
にっこりと優しく笑った夜宵さんは、歩きながら自身が居た異世界は人種しかおらず、196もの国があって言語も山程有るとか…そんな話をしていた気がするが、あまり記憶には残っていない。覚えているのは、振り返った夜宵の酷く狼狽えた顔。
「ちょ、モーレスさん?!だ、大丈夫?何で泣いてるの?私、何か不味いこと言った??!!」
あわあわと目の前で慌てる夜宵さんに指摘されて、やっと自分が泣いていることに気付いて…笑みが込み上げた。
「え、えぇ?!何で泣き笑いー??!!」
「ふふ、すみません…悲しかったわけでは、無いんです。」
嬉しかったのだ…とても、とても。そんな風に簡単に壁を越えてくれたことが。
その後、どうしてあんな質問をしたのかと聞かれ獣人と人間の関係性…奴隷制度の事を話すと夜宵さんは知らなかった様子で顔を曇らせた。夜宵さんと接する様になって予想はしていた事だが、連合の旗印として戦わせるためにそう言った各国間の不和は一切彼女には知らされていなかった。
その後、父上に何かの資料を頼んだ様子の夜宵さんが皇子達に何かを訴え、その度に立ち尽くして項垂れ、肩を落としているのを何度か見掛けた。
そうこうしている間に戦端が開かれ、夜宵さんは戦いの最前線を父上と共に駆け抜けた。その力は正に史上最強の勇者と呼ばれるに相応しく、仲間を守り、敵を退け、見事に勝利を収めた。だが、知っている…先勝祝いの宴を抜け出した夜宵さんが、ダフネ様の膝にすがるようにして震えて泣いていたことを。戦いなど無く、魔獣に脅かされる事もない平和な国から来たと言う彼女がどれ程の覚悟でこの戦いに挑んだのだろう……そう思うと、酷く胸が痛んだ。
その時の俺は弱く、夜宵さんの背を追う資格さえ持てなかった。だからこそ、次に会った時には胸を張ってその背を守る為に死に物狂いで研鑽を積んだ…凶報を聞いたその後も……。
◇
王国兵団長に任命され、同期からは頭が可笑しいとまで言われる鍛練を自分に課してもまだ、あの背中には届かない。
握りしめた手を開いて見下ろす。
まだ届かない、まだ足りないけれど、この一件が片付いたら……告げよう。側で支えさせて欲しいと…告げずに後悔はしたくないから。そしていつか、この想いも伝えられたら…。
ぐっと再び手を握りしめ、あの小さな背中に向かって踏み出した。
さて、モーレスさんはルークスの最大の壁になりえるのか…乞うご期待ですwww




