勇者、強力タックルを受け止めました。
「はぁ―…相変わらずおっきいなぁ…。」
崖際に立って感嘆の溜息を溢しながら、眼下に見える巨大な大樹を見遣る。遠目でも確認できるほどの巨躯の月桂樹は、湖を抱く様に聳え立ち、その根から滝の様に水を放出している。これが、月桂樹…ダフネさんに何かあれば生態系に関わる、と言われる由縁である。
ダフネさんは、緑と水の属性を持つ稀有な精霊なのだ。
ダフネさんの身体である月桂樹は、エウロス大陸の四方へ流れる大河の源となっている為、ダフネさんに異変が起きると最悪エウロス大陸そのものが渇れる可能性が出てくる。
「今のところ…異変はなさそう、ですね。」
「そうねぇ…」
にゅっ、とフードの中からユトゥルナ様が顔を出して呟く。
「ユトゥルナ様、オリヴィン様も…街中で顔出さないでくださいね?一発でバレますから。」
「わかってるわよぅ…獣人達はぁ、精霊眼を持ってるものねぇ…?」
亜人…特に獣人は、精霊を目視できる精霊眼を持つ割合が圧倒的に高く、その割合は驚異の9割5分だと言う。残りの5分の者も淡い光として認識できる程度には力を持っている…と言うから、実質見えぬ者は居ないと言うことになるのだろう。その上で固有のスキルや高い身体能力を持つが、その代わりに彼等には魔力が一切無く、魔法を使うことは出来ない。この対極に位置するのは人間だと言えるが…まぁ、この話は良いだろう。
「はいです、でもその為の夜宵ちゃんですよぅ?」
私に抱えられてるオリヴィン様は、外套の合わせ目から顔を出してきらきらおめめで見上げてくる。
「そういうこと言う口は、こうです。」
片頬をむにんっ、とひっぱる。
「ひゃめへくらはいぃ~っ!」
「学習しないわねぇ…」
くすくすとユトゥルナ様は笑う。
「さて、先を急ぎましょう。」
オリヴィン様を抱え直し、ユトゥルナ様がフードの中へ引っ込んだのを確認して崖から飛び降り、風を纏ってダフネさんの鎮座するラウルスの王都、スティルプスへと向かった。
街壁を目視で確認出来た辺りで木を伝うようにして地上に降り、徒歩へと移動手段を変え、歩きながら次第に集まってくる精霊さん達に暫く側に寄ってこないようにお願いし、見えてきた外門に並ぶ列の最後尾に並んだ。
「よし、次!」
さほど待たずに外門へとたどり着き、衛兵に身分証を差し出す。因みに、これは冒険者ギルドのカードではなくアストルムでクラヴィスさんにお願いして作ってもらった身分証だ。と言うのも、ラウルスの…特にスティルプスのギルドマスターはとんでもなく好戦的な人物で、ギルドカードで入ったが最後…追いかけ回される可能性が高いので、それを回避するためにお願いしたのだ。
「竜人か…フードを取ってくれ。」
リザードマンの衛兵に言われてフードを落とす。
「……珍しい角だな。」
「なのでフードをしております。なにぶん、まだ若輩なもので…上手く隠せないこともありますので。もう、よろしいですか?」
勿論、わざと角を出している。
「あぁ、大丈夫だ。スティルプスへようこそ。」
たぶん…にっこりと笑ってくれただろうリザードマンに頭を軽く下げ、フードを被り直して門を潜った。
スティルプスは、月桂樹から溢れ出る水を利用した水路の多い街で、観光地としても有名だが…今は難民の流入とそれに乗じた拐かしのせいか、審査が以前よりも厳しい…そう感じられた。
(少ぉし…ピリピリ、してるかしらぁ…?)
(そうですね…)
門から直ぐの賑やかな商業区を足早に抜け、役所等がある中央区画へ入ると途端に人数が減った。まだ昼前なので、当然だがダフネさんの不調は未だ表面化してないのかもしれない。
月桂樹の根元、湖の縁に着いた所でぬるりとユトゥルナ様が這い出して湖へと入っていく。
「先に…根元と水、確認してくるわねぇ…」
「はい、お願いします。」
そのまま身体をくねらせながら泳いで行くのを見送り、王城へと続く橋を進む。
「止まれ!」
城門にたどり着いた所で厳つい門兵に止められ、ギルドカードの方を出そうとしたところで、門兵の背後…目測で500m程向こうから土煙を上げて、物凄い速度で近づいてくる何かを察知した。
「ごめんなさい。」
謝ってから門兵さん達の横をすり抜けて、その何かに向かう。後ろから飛んで来た鋭い声は、轟音でかき消された。
「夜くぅぅーーーん!!!」
最近、泣きながら突撃されることが多いなぁ…と思いながら、秋ちゃんとは比べ物にならない衝撃と共にその人を受け止めた。
国作りが……………進まない(/´△`\)




