勇者、スイーツを注文しました。
「あ、勿論戦いとかは無理だけど、少し位は役に立てると思う。」
「秋ちゃん…」
「もう決めたからね!」
返品不可!と、笑う秋ちゃんに酷く泣きそうになりながら笑った。
「て、ことで…僕は夜宵ちゃんと行くって決めちゃったけど、ネイサンとオリヴァーはどうする?」
2人は困ったような、戸惑った様な様子で顔を見合わせる。未だ気持ちの整理も出来てないだろう2人に、同じ地球出身者として何かしてあげられないだろうか…?
「………………あ。」
うんうんと考えて、ふと自分が困ってる事を任せられないだろうか、と思い至った。
「あの、もし良かったら…なんですけど、依頼を受けていただけないでしょうか?」
「「依頼…?」ですか?」
「はい。」
小首を傾げた2人ににこりと笑う。
「えっと、お2人は…あ、秋ちゃんもだね。こちらのお菓子って食べたことありますか?」
「いや、無い。こちらは、甘味料が随分と高額の様だからな。」
「私も、ありませんね…。」
「僕も。あんな高い物に回すお金なかったもん。」
ですよねー…秋ちゃんの言葉に苦笑するしかない。私は、帝国が後ろ楯で、且つ各国の王様達や貴族と接することが多々あったからこそ口にできたのだ。
「じゃあ、ちょっと食べてみて貰えます?」
イベントリからお皿1枚とフォークを3つ、そして見た目だけは綺麗なケーキを取り出して3人の前に引っ張ってきたテーブルに置いた。
「わーい、いただきまーす。」
「いただきます。」
「…………。」
嬉々としてフォークを取った秋ちゃんと、やはり嬉しそうな様子のオリヴァーさんとは逆に、ネイサンさんはケーキを見て眉根に皺を寄せ、更にはケーキにフォークを入れた瞬間に一瞬手を止めた。やっぱり解るものなんだなぁ…等と思いながら、ルークス達を含めた人数分のカップと水筒に入れたハーブテーをイベントリから追加で出しながら感心してしまった。
ぱくり…口に入れた瞬間に固まった3人にそっとカップを差し出す。
慌ててカップを掴んだ3人はハーブティーを一気にあおった。余談だが、ルークスが猫舌なので、このハーブティーは少し冷ましてあるので安心して欲しい。
「げほっ、甘っ!何これ!!」
「これは…酷い、ですね……。」
「見た目で予想は出来たが…想像以上に酷いな。」
「え、解ってたの?ネイサン。」
「当たり前だ。パティシエやってたんだ、これくらいは解る。」
憮然とした表情でネイサンさんは言った。
「ネイサンさんって、ル・グラン・プレジールのオーナー、ですよね?」
「俺の店を知ってるのか…?」
ル・グラン・プレジール…フランスにあった少し変わったフレンチのお店。店を作ったのは、有名パティスリーで修行を重ねた腕の良いパティシエで、店のコンセプトは"デザートの為の料理"という物だった。そのお店を作ったのが、目の前のネイサンさんなのだ。
「はい、いつか行ってみたいお店だったし…1度だけイベントで来てたネイサンさんのお店のケーキを食べて、泣くほど感動したので。」
ネイサンさんは、そうか…とどこか嬉しそうな顔をして呟いた。
「で…ちょっと贅沢と言うか…畏れ多い気はするんですけど……ネイサンさんにお菓子を…美味しいお菓子をお願いしたいんです。異世界はどうにも甘味料が高値なせいか、ほぼこんな感じで…お菓子大好きな私には、ちょっと許せないと言うか…」
「それには俺も同意だ。これは菓子に対する冒涜だ。」
「ですよね!」
私は身を乗り出すようにして声をあげ、はっとして咳払いをしながら体勢を元に戻す。
「勿論、資金はこちらで出します。こちらにはない道具の開発も必要になると思いますし、こちらの食材の中から必要な食材を探さなきゃならないので大変だとは思いますが…」
「食材を探すのが大変って…どうして?夜宵ちゃん。」
「あー…うん、例えばね。」
私はイベントリから2つの木の実を取り出した。1つは見た目が完璧ココナッツ、もう1つはドリアンっぽい形だが毒々しいまでの蛍光緑の代物。ココナッツみたいなのにナイフで穴を開け、中身をカップへ注ぐ。
「飲んでみて?」
「うん…………ん?あれ…牛乳?」
「何?ちょっと飲ませてくれ。」
カップを受け取りネイサンさんが、更にオリヴァーさんが口にして吃驚した顔をする。
「これも食べてみて。」
蛍光緑の実を切り分け、お皿に乗せてテーブルに置く。シリウスとレオニスの目が食べたい、と言っていたので苦笑しながらフォークを渡してあげる。
「これは…」
「梨、ですか…?」
「因みに、どちらも一般的には食用じゃないです。」
「え、そうなの?」
「そう。この2つは、どちらも洗剤やワックス、石鹸の材料として使われている物なの。」
食べ物、としては認識されていない。
「……価格は?」
「かなり安価ですね。特にラウルスではどちらも生産量が多い、主要生産物の1つですね。」
ネイサンさんの顔が、次第に職人の顔に変わっていくのを内心興奮しながら見つめる。
「他にも、あるのか?」
「ありますね。地球とは見た目と味が一致しない物は勿論、食用にはなっていない物、魔物から採取する物、ダンジョンでしか採取できない物もありますね。」
「そうか…」
息を吐いて、ネイサンさんは戸惑うように笑った。
「あぁ…本当、俺は料理バカだ…」
呟いて、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜて顔を上げた。その瞳には未知の食材への好奇心と飽くなき探求心がチラチラと灯り始めていた。
「その依頼、引き受けよう。」
スイーツ戦線ww始動です。
ル・グラン・プレジールはフランス語で享楽の店と言う意味で…まぁ、ネイサンさんの話は追々。1、2話閑話が出来ちゃいそうなんで。




