再会は宴と郷愁の中で
祝勝会の宴は、私が黒いアレのショックから何とか回復した日暮れに始まった。
ギルド併設の酒場がメイン会場とされてはいたが、ほぼ街中がお祭り騒ぎな状態だ。因みに、国から報償金として結構な額が出るがどうせ辞退するだろうから飲み代の足しにしろ、とラディウス様から連絡があってギルドに直接お金が届けられた。解ってらっしゃる!ラディウス様男前!!
と、まぁ…そんな喧騒の中で、私はまだグロッキーな状態でへばってるんだけども…。
「今回は、どこまで覚えてるよ?」
ジョッキを傾け、ニヤニヤしながらヴォルフさんが聞いてくる。
「どこまで…どこまで…うーん?温泉でアレに遭遇して…ルー達が駆けつけて来てくれたとこ…から先は記憶にない、かな。」
そう言うと、ヴォルフさんはマジかよ!とか言いながら爆笑し、リスみたいに頬袋を膨らませてもぎゅもぎゅ食事をしていたシリウスとレオニスは、吃驚したように目を見開いて私を見た。ルークスはと言うと、何故か微笑ましいとでも言いたげに口元を緩めて私の頭を撫でた。
「いやー、マジで腹痛てぇわ。でもまぁ、今回は寝込んじまうことにならなかっただけでも良かったんじゃねぇか?」
「まぁ、ね。」
わしわしと髪をかき混ぜるようにして頭を撫でられながら、唇を尖らせて相槌を打つ。
実際、1年前は本来は生存本能がかけるはずの制御まで外してしまったらしく、酷い目に合ったのだからましと言えばまし…だが、やっぱりアイツはダメ。出来ることなら2度と出会いたくない。
そして、何よりも気を重くするのは──
「狂嵐の戦姫にっー!!」
「「「「「乾杯ー!!」」」」」
さっきから、何度するんだって位あちこちから響くこれ。私は、この二つ名が好きじゃない。
「くくっ、諦めろよ。」
「うるさい!」
悔し紛れにヴォルフさんの脇腹をべしべし叩くも、本気じゃないから効果は薄い。
そんな風にじゃれあい、雑談に花を咲かせて少しだけ食事を口にし始めた頃、酒場の片隅に置かれた古びたピアノが目に入った。
「ね、ヴォルフさん…あのピアノって弾けるのかな?」
「あん?ピアノなんかあったか?」
「あるよ、端っこに。クストスさんに聞いてくる。」
そう断って、私はバーカウンターの中に居る酒場のマスターの元に向かった。
「クストスさーん」
バーカウンターの中でグラスを磨いていたクストスさんは、視線だけを私に向けた。
この酒場のマスターのクストスさんはギルドの副ギルドマスターでもあり、ギルドに持ち込まれる魔獣等の解体なども取り仕切ってる。年齢は初老に差し掛かる位らしいけど、ヴォルフさんに勝るとも劣らない長身で鍛え上げられたムキムキの身体と、鋭い眼光から衰えは見受けられず、解体の腕はピカイチ。以前はやっぱり冒険者だったらしく、時々仕事をサボるヴォルフさんをボコりに来る腕っぷしの強い人でもある。
「あのピアノって弾ける?」
「……調律と掃除はしてある。」
「弾いてもいい?」
一瞬だけクストスさんは手を止めたが、何事もなく再びグラスを磨きはじめる。
「……好きにしろ。」
「ありがとうございます、クストスさん!」
許可を頂いたので、早速ピアノの元に向かう。タイプはグランドピアノ、だが記憶より少しだけ小さい。とはいえ、殆どアップライトピアノしか弾いた事がないので、テンションはかなり上がる。
鍵盤蓋を上げ、屋根を開けて突上棒で固定する。この世界には譜面の概念が無いのか、譜面台は無かった。鍵盤の前に置かれた椅子に座ると、いつの間にかシリウスとレオニスが傍らに居た。
「姉様、これは何ですか?」
「姉様、これから何をするんですか?」
興味津々と言った風に瞳を輝かせて口々に問う2人に苦笑した。
「これは、ピアノっていう楽器だよ。」
「「がっき?」」
「音楽を奏でる物のこと。」
「「音楽…」」
「久しぶりだから、あんまり期待しないでね?」
そう言いながら指を軽くほぐして鍵盤に手を置く。
ピアノは父に習った。しかも楽譜無しに弾けるものは、クラシックではなく父が大好きなジャズナンバーばかりだ。その中でも練習曲としてよく弾いていた、ネズミな夢の国作品のジャズアレンジされたメドレー曲を指ならしにすることにした。
ひとつ息を吐いて指を滑らせる。だいたい5曲位を気分で変えるのだが、今回は徐々に早くなるように…その上でシリウスとレオニスが聞きやすい選曲をした。傍らで楽しげに身体を揺らす様子が可愛い…本当に!うちの子可愛い!
指が温まった所で次に選んだのは、オタクな友達に勧められて嵌まった電脳の歌姫が歌う曲。超絶技巧…とまでは言わないが、テンポが早くて最初に弾こうとした時には指が縺れた。それでもこれがどうしても弾きたくて、練習したのも良い思い出だ。とっても指の動きが忙しいが、調子に乗って歌まで歌う。夢中で弾いて、歌って、ジャンっと最後の音を鳴らした瞬間、拍手と指笛が沸き起こって飛び上がった。
「「姉様、凄いです!!」」
頬を上気させて興奮気味のシリウスとレオニスに飛び付かれ、酒場内のみならず、外にまで聞こえていたらしいことに今更気付いて徐々に顔が赤くなる。
ピアノを見てテンションが上がってしまったとは言え、やり過ぎた…!そう思って、早々に退散しようとしたのをシリウスとレオニスに阻止された。
「「もっと聞きたいです。」」
「や、でも…」
言い淀むと、途端にしょんぼりとした顔をする。
「うぅっ…あと、1曲だけ…だからね。」
「「姉様大好き!」」
あぁ、もう!あざと可愛いなぁ!うちの子!
自棄気味にもう一度ピアノに向かう。
奏でたのは、スタンダード・ジャズナンバーで日本語訳は"私を月に連れてって"。軽快にアレンジされたバージョンだが、先程よりは大人しめ。気持ち良くサビに入った所で、入り口からゴトンっ!と大きな物音がして思わず手を止めた。
入り口にはひょろりとした大男が立っていた。
先程の物音は、彼の荷物が床に落ちた音だったようで、足元には荷物を詰め込んだ大きなリュックサックがあった。ヨレヨレの上着のフードを被っていて顔を窺うことはできないが、どうやら震えている。
「〜〜〜〜〜っっ!!!」
かばっと顔を上げた反動でフードが落ちた。少しやつれたその顔は、大粒の涙でぐしゃぐしゃだった。
「や"よ"い"ぢゃ~ん"っ!!!」
あぁ、懐かしい顔だ…ぼんやりとそう思いながら私は彼の突進を受けた。
思いがけず長くなったので、分割します。




