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勇者と魔王~2人で始める国創り~  作者: 黒猫庵
第1章 虚偽と欺瞞の中の真実
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精霊王の怒り(said:ルシオラ)

「……じゃあ、処罰は私に一任で良いのね?」

「うん、好きにしてください…だって。」


呪詛に精霊が使われていることが発覚してから1週間…単独でやって来た夜宵は、ぐったりとした様子でルシオラの肩に凭れながら答えた。


「証拠になる物や情報は、できたら回してほしいって言ってたけど…」

「気が向いたら、持って帰ってあげるわ。」

「りょーかい。」


クスクス笑う夜宵は、ルシオラの肩に持たれたままで出されたハーブティーを口にし、そしてしょんぼりと眉をハの字にした。


「ごめんね、ルシオラ様…。」

「謝られる事なんて………結構あるわね。」

「……うぐぅ…」


唸る夜宵の頭を抱き締める様にしてルシオラは撫でる。


「今回の事で夜宵が謝る事なんて何もないわ。あの子達を助けてくれて、ありがとう。」

「………うん…。」


夜宵は、苦く笑って頷いた。


「夜宵、少し休みなさい。あの子達をまだ抱えたままだし、あれから休んでないんでしょう?」

「ん~?うん、まぁ…」


大丈夫、と言おうとした夜宵からカップを取り上げてルシオラは強引に頭を膝に乗せた。


「魔王とおちびちゃん達は?」

「先にダンジョン攻略に戻ってもらった。」

「よく魔王が了承したわね。」


あの魔王なら、弱った夜宵から離れることを渋りそうなのに…とルシオラが呟くと、夜宵は苦笑した。


「…実は、ルーにも少し休んでこいって言われたの。」

「なるほどね…ならゆっくり寝て、お風呂も入って、ご飯もたっぷり食べてから帰るといいわ。ね?」

「はぁ~い…」


ルシオラが夜宵の髪の感触を楽しみながら撫でていると、眠くなってきたのか夜宵はうとうとし始め、やがて穏やかな寝息を立て眠りに落ちていった。


「ふふふ…お休みなさい、夜宵。」


目を細めてそっと囁き、側に控えた精霊に夜宵を任せて夜宵専用の部屋へと運ばせたルシオラからすぅ…っと表情が失われる。


そこにあるのは、精霊王としての本来の顔。


「アーテル、オリヴィン。」

「……ここに…」

「はいはぁーい。」


影から黒猫姿のアーテルが現れて足元に座り、ぽんっと音を立てて咲いた花からアイボリーの体にオリーブ色の縞模様の大きな尻尾のリスが現れてアーテルの逆側に座った。首もとにもっふりとピンクの花びらを咲かすこのリスは、アーテル達最上位の大精霊より格は下になるが、精霊の中では最も種類の多い植物の精霊を取りまとめる緑の大精霊オリヴィンである。


「ご用ですかぁ?」

「オリヴィン、インサニアの実を…そうね、10個程用意して頂戴。」

「インサニアの実を…?」

「人間を懲らしめるのに使うのよ。」


真ん丸な眼でじっと見つめてくるオリヴィンにそう告げれば、オリヴィンはにっこりと笑い、ご機嫌に尻尾を振った。


「10個ですね!すぐに用意しまぁーす♪」


オリヴィンはひょいっとテーブルに飛び乗ると、鼻歌を歌いながら次々と赤黒いアーモンドサイズの実を虚空から取り出してルシオラの手に余分に置いていく。


「ルシオラ様!メッタメタのギッタンギッタンにしてやってくださいね!」


大きな眼をキラキラさせて物騒な事を言うオリヴィンに、ルシオラは酷薄に笑って応える。


「あと、あと!もう少し締め付けてもいいですかぁ?」

「好きになさい。」


にこにことした顔をしながら、その実かなり怒り心頭らしいオリヴィンによって人間の状況が更に悪くなることが決定したところで、ルシオラはアーテルを連れて虚空に消えた。







「そろそろか…」


しゃがれた声が呟いた。それに反応したのは、10名程の黒いローブ姿の男女の魔導師だった。


中央に直径1m程の銀盤を据えた部屋は円形で、書物や魔法触媒等が乱雑に置かれたそこは、神聖帝国アルビオンの魔法研究専用に建てられた研究棟の地下。非人道的な実験や呪術、毒薬等を専門に扱う部署である。


銀盤の周りに集まった魔導師達は、水の張られた銀盤を悪戯の成功を待つ子供の様にわくわくとした様子で覗き込む。3人が銀盤に手を触れると、ゆらりと水面が揺らぎ…そのまま沈黙した。


「どうした?」

「…繋がらない。」


銀盤に触れた3人は使い魔を飛ばし、その眼を通じて見る術を持っていた。今は、呪詛を掛けた者達の側に変化させて潜めさせている。その使い魔に、今繋がらないと言うのだ。


「それは…これに、かしら?」


突然した声にぎょっとして、そこに居た全員が振り返った。


絶妙なバランスで積み上げられた書物な塔の上、この場所には最も似つかわしくない清浄な気と絶対的な存在感を纏って、美しいシャンパンブロンドの髪を背に流した麗人が座っていた。


あまりの美しさに見とれ、間抜けな顔を晒している者達に麗人は透き通るアメジストの瞳を細めて冷たい視線を注ぐ。しかし、その麗人の影から音も無く黒い巨大な猫が絶命した使い魔を口に咥えて現れると、呆けていた者達に明らかな動揺が走る。


「な、私達の使い魔?!」

「…っ…一体、何者だ!」


動揺しながら言葉を放つも、そこにいる麗人に絶対に逆らってはいけないと彼等の本能が警鐘を鳴らしていた。


「本当、何処までも愚かね。」


絶対零度の視線を向け、無感情に吐き捨てられた言葉に数人がガタガタと震え始める。彼等は精霊魔法師であり、彼等の眼には麗人の側に侍る複数の精霊が見えていた。


(お仕置きだって!)

(懲らしめるんだって♪)

(メッタメタのギッタンギッタンにしちゃうんだって♪)

(精霊王様が直々に殺っちゃうんだって!)


無邪気にきゃらきゃらと笑い、囁き合う精霊達。その声に彼等はまるで氷の中にいる様に絶え間なく震えてへたり込み、がちがちと歯と歯を鳴らす。


「冗談…でしょう…?」

「あ、ぁぁ…」


無言の声が、笑う精霊の声が、見えない矢のように体のそここに突き刺さる。じりっと這うように後ずさり、遂に恐怖の限界を超えた精霊魔法師達は悲鳴を上げてこの部屋唯一の出口に向かって逃げ出した。


「私から、逃げられると思ってるの?」


囁くような声は、まるで耳元で囁かれたかの様にはっきりと響き、直後麗人の影から無数の手が伸びて逃げる精霊魔法師を捕まえる。


「いやぁあっ!!!」

「たす、助けてぇっ!!!!」

「御許し下さいっ!精霊王様ぁっ!!」


悲鳴の残響を残して精霊魔法師達が影に飲み込まれた。呆然とそれを見ていた者達は、背に薄い刃物で撫でられるような視線と凍る様な圧迫感を感じて錆びた玩具のように振り返った。


「お仕置きの、時間よ。」


麗人の声を最後に、全ての者達の視界が黒に塗り潰された。







「…同調…完了。」

「ここに居るの以外に関わってる者は?」

「……ウィールス・ルクルム…」

「………………そう…それは、夜宵と相談ね。」


話し声に魔導師達の意識が浮上する。


「あら、眼が覚めた?」


漆黒の空間に浮かび上がるように存在する麗人…精霊王が魔導師達に気付いて視線を向ける。その側に闇に溶けそうな男が控えていた。


「アーテル、さっきの部屋から関係の有りそうな物を持って先に戻りなさい。」

「…御意に……」


正しく闇に溶ける様に消えた男を見送り、麗人は魔導師達をぐるりと見渡した。


魔導師達は皆、この空間の壁ともいうべき物に両腕と腰までが埋まっており、身動きすら取れなくされて円形に並べられていた。


「さて、これが何か解るかしら?」


精霊王は優雅に足を組んで中空に浮かび、彼等を見下ろしながら手の中の水晶を宙に浮かせた。


「水…晶……?」

「…面白くない答えね。これは、あなた達が掛けた呪詛よ。」

「馬鹿な?!」


魔導師達の顔が驚愕に染まるのを、精霊王はつまらなそうに見つめる。


「これは、あなた達に返して上げるわ。」


宙を浮かんでいた水晶が次々と魔導師達の体へと吸い込まれ、恐怖に顔を引き攣らせながら悲鳴を上げる様子にも、精霊王は作り物のようなその美しい顔を崩さない。


「安心なさい、呪詛の発動までにはまだ1日程あるわ。」


優しい声は、残酷な死刑宣告に他ならなかった。


「それに、この空間の時の流れはとっても遅いの…そうね、一刻が10年程かしらね。」


精霊王は笑っていない瞳で魔導師達を見つめて言葉を続ける。


「あなた達が死ぬまで…体感的には240年って事ね。でも、それだけじゃ面白くもない…だから、これをあげる。」


赤黒い実を見せられた魔導師達は、疑問符を浮かべる。


「イ、ンサニアの…実…?」

「そう、狂気(インサニア)の実。」


大樹を抱く緑の竜…アルボムドラゴンが命の最期に育て、実らせる命の果実、ウィンクルムの実。しかし、アルボムドラゴンが遺恨を残して死すと変質し、インサニアの実となる。狂戦士を作る禁忌薬の素材として最も重要な物とされているが、現在はその薬も国際的に作る事が禁止されていて、目にする機会は皆無と言える。


「食することは勿論、栽培する事も出来ない。まぁ、あなた達は薬を作った事が有るようだけど?その薬だって需要は多くない…あなた達には、あまり価値のあるものじゃないでしょうけど…」


ふわり、重さを感じさせずに精霊王は降り立って魔導師の1人に近付く。


「インサニアの実はね、生き物の体に入ると発芽するの。」


するりと細い指が魔導師の頬を撫でてその口を開かせる。


「苗床になる魂を快楽と恐怖で満たして、生命力を吸いながら…最後は魔獣が産まれるのよ。」


精霊王の形の良い唇が三日月の様な弧を描いた。


「あなた達の命が尽きるのと…呪詛が完成するの、どちらが先かしら?」


ゆっくりと味わうといい…そう口元だけに笑みを浮かべて精霊王は赤黒い実を魔導師の口に落とした。

はい、ルシオラ様が怖いです(lll´Д`)

この後どうなったかは…次話にて。


ルシオラ様は、割と残酷なこともなんの感慨もなく出来ちゃうオネェです。心を砕くべきは、世界を正常に回すことであって生き物、まして人間や亜人、魔族達が生きようが死のうがどうでも良いっていうのがルシオラ様です。今回のお仕置きは、精霊に手を出すとどうなるかを知らしめるため、と言う側面が強いかなぁ…八つ当たりとも言いますけどね。

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