勇者、奔走します。
『……今、なんて…?』
静かに、低い声が怒りを孕んで響く。
「呪詛の魔力源に、精霊さんが使われてる。」
『…間違いないのね。』
「うん…。」
気配は、辛うじて感じ取れる程度まで弱ってる。猶予は3日も無い筈だ。
「ルシオラ様、早くしないと呪詛が完成する前に精霊さんが消えちゃう…」
『落ち着きなさい、アーテルを向かわせるわ。』
ルシオラ様の後ろが騒がしくなり始めているのを感じながら、うんと頷く。
『あの子の手助けがあれば、出来るわね?夜宵。』
「……やってみせます。」
『人間の処遇に関しては後で話しましょう?王達にもそう言っておいて頂戴。』
「解りました。」
気配を追って向かわせるから、と冷たい声で言ってブツリと通信が切れた。入れ替わりにラディウス様から通信が入り、オウィスさんを肩に担ぐと王宮へと転移した。
◇
王宮のラディウス様の執務室には、ラディウス様、クラヴィスさんの他に年齢も種族も違う4人の男性と、30代前半の狸の獣人の女性と2人の子供…オウィスさんの家族だろう人達が居た。
「ごめんなさい。」
突然現れた私に、虚を衝かれて固まっている4人の男性に謝って、眠りの魔法を掛けてから床に降り立つ。
「………あなた?!」
一緒に固まっていたオウィスさんの奥さんは、私が肩に担いでいるのが旦那さんだと気づいて声を上げ、駆け寄ってきた。少し申し訳ないと思いながらも、奥さんと2人のお子さんにも眠りの魔法を掛けた。
オウィスさんを応接用の長椅子に下ろし、奥さんとお子さんを隣に、他の4人を向かいの長椅子に座らせ、口を開きかけたラディウス様を手で制す。
「ラディウス様、今は詳しく説明してる暇がないの。」
訝しげな顔をするラディウス様に応えず、気配を感じて一歩退くと、そこに黒い球体が生まれ急速に膨張していく。やがてそれは大きな虎程もある黒い猫へと姿を変えた。
「アーテル様」
名を呼ぶと、猫はゆらりと姿を変え人の姿を取った。
褐色の肌に漆黒の髪、眠たげな瞳は金と赤のオッドアイ、しなやかな肢体を包むのは黒いローブと長い外套。闇を体現する彼こそは闇の大精霊、アーテルその人である。
「その者達か…?」
「はい、彼だけは先に同調したんですけど…呪詛自体、人質とも連動しているみたいで…」
オウィスさんを視線で示しながら答える。
「残りの4人の同調は、我がやろう…。夜宵は…」
「魔法式の解析を。」
「…ん。」
私は、スキルで再び魔法式の解析を始め、アーテル様は4人に同調して記憶を見始める…が視線を感じて見遣ると、ラディウス様とクラヴィスさんがじっと見ていた。
「………作業しながらでいい?」
写し取った呪印を3層の立体画像に展開しながら問うと、2人は頷いて側近くまで来た。
「何が解った。」
ラディウス様は率直に問うてきた。
「…呪詛の魔力源に、精霊さんが使われてる。」
「なんですって!?」
顔面蒼白になって声を上げたクラヴィスさんに対し、ラディウス様はなんてことを、と小さく呟いて口許を手で覆った。
「その精霊さんの力がかなり弱ってるの。たぶん、3日ももたないと思う。」
「だから大精霊にお越しいただいてる訳か…」
「そういうこと。」
3層の魔法式を横並びにして、"発動"、"連動"、"供給"に関する記述を一つ一つ読解いては色を変えていく。
「精霊王が物凄くお怒りだから、と言う理由もあるけどね。」
そう言うと、2人共更に顔色を悪くした。
「だからこそ失敗できない。勿論、精霊さんを助けたいからって言うのもあるけど、精霊王に人間を滅ぼさせる訳にはいかない。」
ルシオラ様にかかれば、国を1つ、種族を1つ消し去るなんて容易いことだ。あの人は、世界に満ちる自然の全てなのだから。人間だけ致死率100%の病を蔓延させるなり、逃げる間も与えずにあらゆる天変地異なりを起こせば良いのだ。私が殺された時だって出来たのを、私の意思を尊重して"力を貸さない"だけで収めてくれているだけなのだから。
「ここで失敗したら、精霊王の怒りが他の国にも飛び火する可能性もあるし…何よりも、復讐するのは私なんだから!」
ルシオラ様にだって、これだけは譲れない。だからここでなんとしても抑えるのだ。
「ラディウス様、今の内に他の王様達にも事の次第を連絡してもらっても良いかな?」
王様達との連絡用の腕輪の使い方…とは言え魔石の紋様を撫でるだけだが、同時会話も可能だ。
「解った。」
「夜宵…」
振り返ると、アーテル様が同調を終えてこちらに来て、そのまま額を突き合わせる。
「…同調する……」
「はい。」
アーテル様と私の間に紫の小さな魔方陣が浮かび上がると、関係のある記憶だけ共有される。アーテル様は、私が同調が苦手なのを知っているので、きっちり精査して選り分けてくれたみたいだ。
「……大丈夫、か?」
「はい、大丈夫です。」
額を離し笑うと、なでなでと頭を撫でられる。
「それで、どうする…?」
「精霊さんを切り離した上で、呪詛を丸ごと形代に移します。」
「そんな事が出来るのですか?」
「やるんです。クラヴィスさん、人質になってる方々を集めてください。」
手近にあった白紙の羊皮紙に、同調で見た人質と…もう1人、書き記した。
「この人、必ず確保してください。」
「……解りました。」
しっかりと頷いてクラヴィスさんは早足に執務室を出ていったのと入れ替わりに、ラディウス様は通信を終えて戻ってきた。
「各国には伝えておいた。この後は…?」
「呪詛を移す準備を…」
「水晶…濁りの無い物が、良い。」
ぽつり、とアーテル様が言う。
「濁りの無い水晶…人数分となると……」
「…地の、呼んで来る…」
そう言うなり、アーテル様は即座に消えた。
「地のって…」
「ラディウス様、小さいもの1つで構わないから用意してもらえるかな?」
「解った、待ってろ。」
ラディウス様が出ていき、1人になった私は他の4人とオウィスさんの御家族の呪印を調べた。他の4人の呪印はオウィスさんと差異はなく、御家族の呪印はそれほど難しいものではなかった。その事にほっとしていると、アーテル様が誰かを引っ張って戻ってきた。
「アーテル!なんだよ、今忙しいんだって!!」
「こっちも、緊急…」
「夜宵、水晶はこれで大丈、夫…」
戻ってきたラディウス様がぽかん、とした顔をする。
アーテル様に連行されてきたのは、幾筋も編み込んだダークチョコレート色の髪を一纏めに縛り、日に焼けた上半身を顕にした男性。アーテル様が地の、と言った地の大精霊グラース様である。
「グラース様、大変な時に来ていただいてすみません。」
「夜宵……緊急って、そう言う事か。」
溜め息を吐きつつ、ラディウス様…正確にはその手の中の水晶に目をやって、納得したように言う。
「ラディウス様、ありがとう。これで大丈夫。」
「………なんだか、どんどん大事になってる気がするな…」
「最初から、大事だと思うよ。」
発覚したのが今だと言うだけ、と水晶を受け取りながら言うとラディウス様は疲れた様に笑う。
「グラース様。」
「これを増やせば良いのか?」
「はい、全部で15~6個有れば足りるかと思います。」
「大きさは?」
「5つが手のひら位、他は金貨位でお願いします。」
「了解だ。」
ぽんぽん、と私の頭を撫でてから水晶を受け取ると、バキバキ音を立てながら大きくし、それを丁度良い大きさに割ってくれた。
「これで良いか?」
応接セットの机にバラバラと出来たものを置きながら、グラース様は私を振り返った。
「はい、ありがとうございます。」
頭を下げると、今度はわしわしと頭を撫でられた。
「いいって。それよりも早めに終わらせて宥めに来てくれよ。」
俺達じゃそろそろ限界だから、そう言ってグラース様は戻って行った。
「我も行く…気配は覚えた、皆に命じて探させる…。」
「見付かったら報せてください。」
「…ん。」
こくりと頷いて、アーテル様は呪詛を掛けられた者を探すために姿を消した。
さあ、ここからが大仕事だ!
大精霊様達が登場しました。
常識では複数揃うことなんて無い方々ですが…まぁ、緊急事態ってことで。
今回は登場しませんでしたが、グラース様の動物姿は髪と同じ色の牡鹿です。角が枝になってて葉っぱとか繁ってる感じの、です。
後1話で終わるかなー…( ̄ロ ̄;)




