勇者、掴んだ尻尾に激怒しています。
「お疲れ様でした、陛下。」
最後の書類に目を通し、署名と捺印をしてクラヴィスに渡すと丁寧に礼をして労われた。苦笑して返すと、銀縁のモノクルを指で押し上げながらクラヴィスは目を細めた。
「後で、などとおしゃって逃げ回らなければ…もう少し早く片付いておりますが、ね。」
「……この手の仕事は苦手だ。」
ぐったりと椅子の背に凭れながら言葉を返した。実際、軍の訓練などや視察をしている方が遥かにましだと思って、つい書類仕事を後回しにする。結果として、月に数日は執務室に缶詰にされるが…懲りないな、と自分でも思う。
「本日の執務はこれが最後にございます。少し早くはございますが、夕食にいたしますか?」
「あ"~…そうだな。」
ぐったりとしたままひらひら手を振って答えると、側に控えていた者が厨房に伝えるために退室していった。
「んー……あ?」
「どうされました?」
ぐぐっと伸びをしたところで、右手に嵌めた指輪がチカチカと光ってるのに気が付いた。体勢を戻して右手をまじまじと見つめ、そっと嵌められた魔石を撫でた。
『ラディウス様?』
「夜宵か、ちょっと待て。」
視線をクラヴィスに向けると、すぐに礼をして出ていった。
「…悪いな、どうした?」
『うん、今側に誰か居る?』
「いや、少ししたらクラヴィスは戻ると思うが…」
『じゃあ、大丈夫かな。』
少し疲れた様な声で、夜宵はほっと息を吐いた。
「内密な話しか?」
『うん。今城下にいるんだけどね?』
「お前…来る前に連絡しろって言っただろう。」
呆れたように言うと、ごめんごめんと軽い返事が返ってくる。
「それで?」
『……間諜、見つけたよ。今、目の前に1人居る。』
「はぁ?!」
唖然とした。
夜宵から情報を貰った後、ずっと探していたが見付からなかった。他国も状況はあまり変わらないと言うのに…
『見つけたのは本当に偶然だからね。』
「あぁ…それで、一体誰が…」
『名前しか解らないけど、大丈夫?』
「あぁ。」
そこで、丁度戻ってきたクラヴィスを手招きして、側近くに呼ぶ。
『一人目が…』
◇
「……で、全部。」
『…………。』
ラディウス様もクラヴィス様も恐らくショックを受けているのだろう。私は面識が無いが、それだけ中枢に居て信頼の置ける人達なのだろう。
「それから、呪に関係してるみたいだからオウィスさんの奥さんと…お子さんもかな。」
追い討ちをかけるようで申し訳ない気持ちになりながら、そう告げると微かに2人が息を飲んだ。
『オウィス…も、なのですか…?』
「今、目の前に居るのはオウィスさんなの。」
硬い声で答えると、ラディウス様の深い溜め息が聞こえてきた。
「一応…少なくとも、オウィスさんは自らの意思で間諜になったわけじゃないよ。」
『どういう意味だ?』
「改編された隷属の呪と、かなり複雑に編まれた呪詛が掛けられてる。同調で記憶も見たけど、呪を掛けられた時には何をさせられるのかは…伝えられてない。」
『………そうか…』
応えた声はやはり硬い。
「他の人もだろうけど、人質を取られて隷属の呪を付けられてるから…」
『それで、御家族もなんですね…』
「うん。」
暫く沈黙が訪れた。私は、返事を待ちながらオウィスさんを見遣る。オウィスさんには、隷属の呪以外にも呪詛が掛けられていた。魔法と精霊魔法が複雑に編まれた呪詛は、心臓の辺りに首と同じ様に紅黒い呪印を浮かび上がらせていた。中央には時計の針のような紋様があり、それが時限式に命を奪う呪いであることを示していた。
「ラディウス様、動揺してるのは解ってるけど…時間がないの。」
『……時間?』
「編まれてる呪いは、時を刻んでる…長くても7日位。」
この期限は、下手したら他国も同じ可能性が高い。厳しいことを言うようだが、悩んでる時間など無い。
「だから、悩むのは後にして。命を拾うのが先。」
『…………そうだな。』
「全員集まったら連絡して。オウィスさんを連れてそっちに転移するから。」
『解った。』
ラディウス様の力強い声を聞いてから一旦通信を切る。
「……ルー、聞いてた?」
『あぁ。長い夜になりそうだな、夜宵。』
一定以上の距離が離れてから繋がったままのイヤーカフに触れながら暮れた空を仰ぐ。
「ご飯、食べたかったなぁ…」
溜め息を吐きながら、オウィスさんの呪印に手を当てて解析のスキルで写しとる。
『手伝うか?』
「ううん、お城にシリウスとレオニスまで連れてくわけにはいかないから…」
『2人だけにするわけにもいかないしな…』
「うん。」
自分の魔力で中空に描いた呪印を分解して解析を始める。
解析は、対象物の性質や構造、効果を解析するスキルだ。同調と同様に自分よりも高位の者が作った物は解析出来ず、自分よりも低位の者が作った物ならかなり細かく解析が出来る。
『手が必要なら、声を掛けてくれ。』
「うん、ありがとう。」
『あぁ。』
「シリウスとレオニスのことお願い。」
『気をつけてな。』
無理はするな、と今一度釘を刺されながら解析に集中する。
呪印は、隷属の呪と恐らく人質の呪とも連動して居る様子だった。胸の呪印は分解してみると三層からなっており、呪全体を覆い隠すための精霊魔法式、時限式に命を奪う闇魔法式、2つを繋ぐ混合魔法式。これを正しい順序で解かないと解呪する方もされる者も呪いに巻き込まれて命を落とす。
「えっと…こっちの記述が期限で、こっちが対象…で、こっちは発動の条件…」
これらの知識は、ルシオラ様に拉致られた時に詰め込まれたものだ。折角力があっても、知識がなきゃ意味がない!って3日位地獄を見たのも、今は良い思い出だ。
「こっちは…魔力の供給、げ…ん…」
魔力の供給源、そこに綴られた文字にじわりと嫌な汗が吹き出る。そこには魔力の供給源は内蔵した精霊と記されていた。
慌てて気配を探れば、辛うじて微かに感じ取ることが出来る位まで弱っている精霊の気配が、確かにオウィスさんの中にあった。改めて魔法式を読み取れば、魔力の供給が絶たれても呪は発動するように編まれていた。
「…っ、なんてことを…っ!!」
ぐしゃぐしゃに髪をかき混ぜながら、怨嗟を込めて吐き出した。同時に、気付きもしようとしなかった勇者の自分にも猛烈に腹が立ったが、今はそんな感情に振り回されている場合じゃない。
深呼吸をして腕輪を撫でた。
王様達の中で、ラディウス様とその周辺に居る人だけは口調が常時崩れてしまうのは、勇者の時に一緒に冒険者として依頼を受けていたからです。いつか、その辺りも…書けるかなぁ。
さて、長くなってますが1章も後2話…位かな。が、頑張ります(;>×<;)ゝ




