勇者、過去に二の足を踏みます。
翌朝、私達はルシオラ様にお礼を言って精霊界を後にした。
因みに…ルシオラ様が言っていた"ダンジョン攻略に必要な物"は凄かった。
先ずは服だが、全て光の大精霊の加護付き。
ダンジョンは別だが、これで瘴気の濃い魔王領でも浄化結界を張らなくても動き回れる。
次に武器も勿論、複数の大精霊の加護付きで、必要に応じて属性が変わるチート仕様。
こちらは、愛剣を取り戻し次第返却するつもり。
最後に、食料関係だが…イベントリに山ほど詰められそうだったので、調理器具と調味料、加工肉類に茶葉と野菜を少しだけ貰って残りは丁重にお断りした。
イベントリは、食品類の時も止めるのでナマモノを入れても良いのだが、ダンジョン攻略においてはなるべく持ち込む物は少なくするべきだし、何より一部の魔獣は食べられる。
食べて瘴気に当てられる事もないので、食料は現地調達が基本だ。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫、これでも2年勇者やってたんだから。」
「それが一番信用できないわ!」
そう言ってぎゅうぎゅうに抱き締めてくれるルシオラ様をなんとか宥めて引き剥がすと、ルシオラ様はルークスを睨んだ。
「魔王、貴方ちゃんと私の夜宵を守りなさいよ?!」
あれ?どこかで似たような台詞を…
「解っている。」
なんでか、ルークスは嬉しそうに笑って答えた。
こんなやり取りをして、私達は魔王領へと戻ってきた。
淀んだ風が身体を包むが、目覚めた時のように瘴気が身体に染み込んで来るような感覚は無かった。
「凄いね…この服。」
くるりと回ると、スカートと上着の裾がふわりと広がった。
後ろが長い白に金の刺繍が施された上着にアイボリーのノースリーブのニット、エメラルドのハイウエストのプリーツスカートに黒のニーハイソックス、ロングブーツに革の手袋が現在の私の格好だ。
長い髪は、朝ルシオラ様が丁寧に編んでくれた。
一方のルークスは、黒に銀の刺繍が施されたフード、ケープ付きの長い上着の中に黒のハイネックニット、細身のパンツにニーハイブーツ、紅いベルトを上着の上に付けてそこに剣を佩いていた。
色違いのペアルックに近い気はするが…顔面のスペックが違うので、雰囲気は全く異なる。眼福です。
「良く似合ってる。」
「ふふ、お世辞でも嬉しいよ。」
そう言って笑うと、ルークスは苦笑して"夜宵は自己評価が低すぎる"と言った。
そんなことない、顔面偏差値は低い…はず。
「さて…」
空を見上げて時間の経過具合を推察する。
精霊界も勿論、地上とは時間の流れが異なる。
復活の時ほどではないが、2~3日程ずれていそうだ。
「んー…東の海岸に彼等が着くまで、何事もなければ後2週間半って所かな。」
「では、先回りして待つか?」
「時間があるから、周辺のダンジョンに潜ってみようか。」
マップを開いて確認すると、東側の沿岸の金の点の光は小さい。
この光が強い程、ダンジョンの難易度は上がると思って良いだろう。
「では、夜宵…手を。」
そう言ってルークスは手を差し出した。
小首を傾げると、瘴気の強いここでは自分が転移魔法を使う方が負担が少ないから、と言われた。
確かに、ルークスは月影の精霊竜なので属性は闇が最も強い。光属性が強い私よりも楽だろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
そう言って手を取ると、引寄せられて腰を抱かれた。
えっと…身体の密着度が半端ないんですけど?!
「…ルー?」
「落としたら困るだろう?」
「だからって…ここまで密着する必要は…」
「……嫌か?」
しょぼん、と言った風の雰囲気を醸し出したルークスに言葉が詰まる。
「嫌…じゃ、無いけど…恥ずかしい……。」
徐々に声が小さくなって顔に熱が集まって行くのが解る。
男性経験のない、喪女寸前だった私にとって超絶イケメンなルークスとの接触はかなり心臓に悪い。
ルークスはスキンシップが多いみたいだから、馴れないと…とは思ってるけど!
「…………夜宵は、可愛いな。」
「かっ!…可愛くないっ!!」
反射的に返すと、楽しげにルークスが笑う。
くそぅ…完全に遊ばれてる!
「くくっ…そろそろ行こう。」
「むうぅ!」
頬を膨らませて怒りを表しながら、諦めてルークスに寄りかかる。
眩暈の様な一瞬の浮遊感が身体を包むと、直ぐに潮の匂いが鼻腔を擽った。
「船は…」
「あそこだ。」
ルークスが指差した方向にキャラヴェル船があった。
およそ軍艦には見えないが、速さを重視した結果選ばれた船だった。
私達が居るのは、海岸を見渡せる岩山の上だ。
距離は約5㎞といった所。
竜であることで感覚がかなり強化されているようだ。
もう少し離れたとしても見えるだろう。
「………兵士の数が少ない。」
「魔獣にやられたか?」
「ううん…たぶん、迎えに出たんじゃないかな。」
恐らくは、魔王討伐を果たした4人を出迎えに十数名が出ているのだろう。
「少し、動向を探ってみるか?」
「ぅん…もう少し、近づいてみようか。」
僅かに声が震える…繋がれたままの手が強く握られた。
その手を握り返して笑う。
もう一度転移して、岩山の下へと出ると兵士達の声が流れてくる。
『な、聞いたか?勇者様のこと。』
『もったいないよなー』
『なに、お前狙ってたの?』
『だって、でけー胸してたじゃん』
『身体だけかよ!』
『でも、あれはねぇだろ。異世界の人間とか…気持ち悪りぃし』
『そもそもあんなの、化物じゃねぇかよ。』
気持ち悪い、化物…その言葉に胸が抉られる。
話してるのは、特に私と接する機会が多かった兵士達の数名だ。
何でもない話を気軽にしていた彼等に、そんな風に思われてたのか…
じわじわと自分を取り囲んでいた物が虚構だったことを実感せざるを得なくなっていく。
「下衆が…」
呟いたルークスの声も、続く兵士達の話す声もぼんやりと遠く聞こえていた。
「夜宵、奴等が戻るまで1週間弱程みたいだ。」
「…ぇ、あ……ぅん。」
「必要なことは聞いた…ここを離れよう。」
そう言って、ルークスは私を抱きか抱えるようにして1番近いダンジョンの入り口へと転移してくれた。
「…夜宵」
「ご、めんね…大丈夫って言ったのに…」
裏切られるなんて、蔑まれてるなんて…微塵も思ってなかった勇者だった自分。
事実の一部を突き付けられても…なお、まだ仲間を信じたいと思ってしまう…馬鹿で、愚かで、弱い自分。
「ダンジョン、攻略しに行こっか。」
極めて明るく声を上げる。
ルークスは何か言いたげだったが、何も言わずに頭を撫でて…手を引いてくれた。
その沈黙が、何よりも嬉しかった。
夜宵はメンタルが激弱…に見えますが、振り幅が激しいってのが実際ですね。
暫くは弱々な夜宵をお楽しみ下さい。




