第六話「撮影」
映画「青銅の魔人―昭和最後の奇談―」は原作では、昭和23年だった作品世界の設定を昭和63年に置き換えたリメイク作品であった。製作会社はインディーズ系であったが、予算は大丈夫かと心配するぐらい舞台セットが凝っていてアクションシーン撮影のためのスタッフが数多く動員されていた。
脚本は時代設定が昭和時代末期ということで原作を大幅に脚色されており、同じ昭和レトロでも別の雰囲気になっていた。また特に原作にないカースタントなどは派手で、警察車両を模した劇中車が次々と青銅の魔人が繰り出す道具によって大破するシーンは、まるで昭和時代にヒットした刑事モノを思わせるものだった。そして明智探偵と青銅の魔人が対決する場面などが次々に撮影された。
美香は手塚一家と住込みの家政婦一家と下宿している司法試験浪人が一緒に暮らす場面などに登場したが、雪子として他の出演者の足を引っ張らないように演じていた。ただ全編の脚本は明智小五郎役や小林芳雄役など全編で登場する役者だけにしか渡されておらず、出演シーンが少ない美香は出演する場面がある部分のプリントが撮影日直前にしか渡されなかった。そのため雪子が作中でどのような運命をたどるのか、また原作とは大幅に話がずれている展開であるため、当日にならないと分からなかった。
雪子の父の時計の一大コレクション中でも逸品の「至高の常夜灯時計」を青銅の魔人が厳重な警備体制を敷いたにもかかわらず奪われる場面では、なぜか雪子が青銅の魔人に誘惑される展開になるなど、原作ではそれほど重要ではないはずの雪子が目立っていた。そのうえ美香は作中の雪子と同様青銅の魔人のことが気になってきていた。これは青銅の魔人役が「着ぐるみ」といえる青銅の鎧兜を休憩中にもはずさす。撮影が終わった後は忽然と姿をけしていたためである。また青銅の甲冑の美しさにも惹かれていた。
ある日、雪子が下校途中に青銅の魔人の子分に誘拐される場面から撮影があった。それまでの登場シーンでは美香はいかにも昭和の令嬢が着ているような衣装であったが、この日の誘拐シーンは女子高生の通学服姿で臨んだ。「昭和時代なんて私はまだ生まれていないけど、当時の女子高生はこんな変な衣服姿だったのかしら。」と衣装に対し文句を言っていた。その衣装は衣装係から渡された、いかにも昭和の時代を感じさせるような古めかしい雰囲気がするセーラー服だったが、なぜかスカートの丈が長く裾の端が床に着きそうなものだった。
この姿を見たとたん監督は衣装係に対し「お前ばかと違うか?それは昭和時代のスケ番のスカートだろ。令嬢のイメージに合わんじゃないか。参考に見た昭和のドラマ作品はいったい何だ?」と怒鳴った。そういわれ衣装係がある作品名をいうと監督は「ああ、その作品の主人公の金持ちの娘は不良少女だろ。当時の不良少女は現在のミニスカートじゃなく本当に丈の長いスカートだったんだ。そういえばスカートの裾を自分で踏みつけて転倒するような無様なスケ番もいたな。いくななんでも昭和の時代の令嬢のイメージにあわないだろう、大体。早くスカート丈が膝下10センチの高さになるスカートに履き替えさせろ。それと富豪の令嬢だから、胸当てはきちんとしてスカーフはこのように着させろ」と監督は衣装係にイラストを渡した。
衣装を修正したあと雪子になりきった美香は演技をはじめたが、直前になって脚本の修正も行われた。誘拐するのが子分ではなく青銅の魔人になったのである。あのブロンズに光り輝く怪人であるが、それにしても原作以上に雪子が青銅の魔人に絡むのが多いのは何故だろうか、やはり女子高生に設定されているためだからだろうかと美香は思った。