プロローグ 「青銅の魔人」
「いまさら江戸川乱歩なのかね? 確かに有名な作家だし没後50年経っているから著作権も切れている。だから没後五十年記念映画のひとつとして公開できるメリットもある。しかし何で「青銅の魔人」なのか? あの作品は何度か映画化もされているしドラマだってある。まあビジュアル的に面白いかもしれないけどな」
映画会社ジャパン・エンターテイメント・ピクチャーの会議室で、製作担当の常務・重松の大きな声が響いていた。この日、次に製作する映画の企画案が検討されていた。映画の中には大きく宣伝され大ヒットする映画もある一方、製作しても公開すらされずお蔵入りになる映画も少なくない。
「青銅の魔人」は作者も作品も著名であるが、作品の時代設定が終戦直後、しかも明智小五郎が出る少年探偵シリーズだ。映像化するには大幅な脚色が必要になるし、作品の時代設定が古いと舞台設定が難しいし、制作費も嵩む。わが社は弱小映画会社だし、そんな予算を調達する事も上手く脚色してくれるシナリオライターを雇う余裕もない。これが重松常務の主張だった。
「予算の面は大丈夫です。制作費は気前のよい出資者がおられまして、赤字が出た場合も補填してくれるそうです。また脚本家は著名な脚本家の田村坂徹先生にお願いしているそうです。それに必ずしも公開作品にならなくても問題ないといわれています」
企画案を持ち込んできたプロデューサーの栄村はそうやって決断を促していた。重松は世の中にそんな気前のよい出資者などいないだろうと不安になった。
「栄村君、まさか出資者は宗教団体か出所の怪しい企業ではないだろうね? あとで教祖様を登場させろといったり、教義や政治的主張を宣伝しろと言ったりしないよね? 」
「それも大丈夫です。田村坂先生の脚本で行きなさいといっておられます。唯一の条件は原作と違い怪人二十面相と青銅の魔人を別々の人物として描くようにというものです。あとは時代設定も役者の選定も一切任せるといっておられます」
そう聞くと重松は納得することにした。金銭問題もなく製作に一定以上の援助が与えられるのなら、映画製作を推進する事の方が得策だった。結局、会議で「青銅の魔人」の劇場版製作は満場一致で決定した。
その翌日、栄村は出資者のところに出向いていた。彼はいくつもの企業のを経営する実業家であった。栄村に高級なコーヒーを煎れさせて秘書に持ってこさせていた。それを美味しそうに飲む栄村に対し映画の話をしていた。
「映画製作に関する契約書などの事は、うちの顧問弁護士の高松先生に一任しているから。それと、あの事は秘密裏に田村坂先生に伝えているよね? 」
「それは問題ありません。青銅の魔人に関する扱いは全て連絡済みです。あとは、あなたが・・・おっとこれは秘密ということですね。あなたも頑張ってくださいね」
そう栄村に言われた男は豪華な邸宅の外から見える風景を見つめていた。彼が出資する映画の主役は明智探偵でも小林少年でもなく、「青銅の魔人」だった。