陽が落ちて
やっと帰れると思うと、今までの不安定だった気持ちがようやく安定し始めた気がした。
《陽が落ちて》
アヤに頼まれて、僕は六日前にこの場所に来た。
アヤを一人にしてくることは、不安だった。
周りの人にあまり心を開かないし、多少心を開いている相手に本音を言うことは滅多にない。けっこう心を開いてくれているはずの僕やハルル先生にだって、心の中を打ち明けてくれることは少ない。なのに、淋しがり屋。
僕を見送ってくれた時、アヤは笑っていた。でも、それは作り笑いで。本当は「行かないで」と言いたいのに、それを我慢して言わなかった。
「やっと帰れる」
会議が行われた屋敷を出る時、思わず心の声が漏れてしまった。
だいたい、午前中に解散するはずだったのに、午後にまで長引いたのが悪い。
馬車を使うと二日ほどかかってしまうので、僕は魔術で移動することにしていた。ただ、あまり街の中で魔術を使いたくないため、移動は街を抜けたあとの人気のないところでするようにしている。もちろん、ここに来る時もそうだった。
長引いた会議のせいで、街を出たのが夕方になってしまった。早く帰りたいのに。
馬車道の横に広がる森林の方へ足を踏み入れ、道から自分の姿が見えないだろうと思われるところで足を止めた。
薄暗い森の中で足元に魔法陣を出現させ、首都の草原に移動した。
城についたころには、もうすっかり陽が暮れていた。
急いでアヤがいそうな部屋、執務室に向かった。
執務室の扉を開けて中に入る。暗い室内。夜の訪れを感じさせる、静かな部屋。執務室の一番奥にある大きめの仕事用の机に、黒い人影があった。
そっと近付いてみると、その人影はアヤだった。腕を枕にして、静かに寝息をたてていた。
急に申し訳なく思った。
夕方には戻るはずだった自分のことを、ずっとここで待っていてくれたのだ。
『おかえりなさい』
この一言を言うために。
帰りが予定より遅いのを心配しながらも、待っていてくれた。ただ、それだけで嬉しくなる。
「ただいま」
眠っているアヤの耳元で囁いた。
「ん……」
すると、小さく声を上げ、ゆっくりと頭をおこした。そして、眠たそうに目をこする。その仕草が可愛らしい。
「あ。えっと……」
いつの間にか眠っていたことに気付いたようだ。慌てて僕の目の前に立つが、少し気恥ずがしいのか、すぐに下を向いてしまった。
だから、僕は微笑みを浮かべて、もう一度同じ言葉を言った。
「ただいま」
暗い室内だったけれど、アヤが笑ったのが判った。そして、優しい声で言葉が帰ってきた。
「おかえりなさい」
fin.
H24 11/17~H25 2/5
…ひとやすみ…
《想うのは…》シリーズ、一応完結です。
もしかしたら、後日談があったりして。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!!