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2 ウェル

 ボルタ工房は、職業安定所からほど近い場所に、ひっそりと佇んでいた。

 品の良い、ウッドハウスのような店先には、ガラス細工が飾られている。機械は多方面に進歩したが、ガラス工芸は未だ手仕事の部分が多い。

 これは期待出来そうだ、とコーデュは思った。

 店に入ると、たくさんの商品が棚に置かれていた。ステンドグラス風のランプシェード、グラス、猫の置物。全てガラス工芸だ。

 そして店内には先ほど見た、店長と思わしき女性と、件の広告青年が居た。

「あら、いらっしゃい。今日は定休日なんだけどね」

 まだ若い店長だった。黒い髪を短く切って、質素な作業服を着ている。特別美人という訳でもなかったが、どこか惹かれる眼をした女性だった。働く女の魅力、という奴なのかもしれない。

「あ、あの。求人広告を見て、来たんですが」

「あぁ。早いねえ。じゃあ、ちょっと待っててくれる? まずはこの人に宣伝をしてもらわなきゃ」

 店主はそう言って、青年に説明を始めた。

「ウチはまだ、開店したばっかりでね。ガラス工芸品を扱ってるんだけど、製法が特殊なんだ。今流行の、魔法石を溶かし込んでる。だから普通のガラスより色が強い。そこらへんを、宣伝して欲しいんだよ」

「判りました。出来る限りやってみます」

 説明を受けて、青年は鏡に向かい、額に文字を書き始めた。『ボルタ工房』と書くつもりのようだ。

 鏡を見ながら字を書くのは、意外と難しい。が、青年はスラスラと字を書いていく。

器用ねえ、と感心しながら見ていると、店主がコーデュの方に来た。

「求人には、魔術師募集中って書いたけど。貴方、魔術師?」

「はい」

「じゃあ、デモンストレーションで、何かやってみてくれる? ……あ、そうね。炎系は使えるかしら? ついでだから、窯に火を付けて欲しいんだけど」

「判りました」

 極めて事務的に答え、コーデュは窯に向かった。小さなレンガ作りの窯だ。コーデュはあらかじめ薪を幾つか窯に放り込むと、無造作に手を翳す。そしてスッと撫でるように手を動かすと、紅い粒が空間から沸き起こり、それはやがて炎へと変わった。

「……すごい。あんた、詠唱要らずかい」

 店主が感動しているのを見て、コーデュは「ええ」と素っ気無く答えた。


 魔術には、方程式がある。

 しかし、方程式に辿り着けるのは、最高位の術師だけだ。

 一般に、魔術は「世界を取り巻く全て」に、手本を示してやらなければならない。

 炎を起こしたければ、まず大気に説く。そして、大地に説き、植物に説く。すると、自然は応え、ある場所に酸素を寄せ、火種を起こしてくれる。

 この世界において、魔術は「自然に対して哀願する」といったものだった。

 それを根底から覆したのが、過去に世界を牛耳らんとした大魔術師、シュレグの一族だった。

 自然に対して説くのではなく、現象を起こすために必要な物を、あらかじめ一つの方程式にしてしまう。そうすると、自然に説くための詠唱が必要無くなる。さらに経験を積めば、心に念じるだけで方程式が動く。

 しかしそれらは、乱用されてはならない秘術として、封印された。事実、世界を征服しようとしたシュレグの一族は殆どが世界から追放され、その技術は国の定める研究機関にのみ伝わったはずだ。


 その秘術を、コーデュは手に入れていた。

「あたしも魔術師だけどね。詠唱要らずは初めて見たよ」

 それほど特殊な技であったが、店主はその過去について気にした様子は無かった。もっとも、シュレグ一族が世界征服を目論んだ時代から、既に五〇〇年以上が経過している。よほど気にかけていない限り、そういった事実は失念しているのが普通だ。

「昨今では、何の意味も有りませんが……」

「いーや、すごい事だよ! あんた、ウチで働いておくれよ。行程で結構、魔術を使うんだ。良かったら、あたしと一緒に作ってくれないかい」

 コーデュは内心踊り狂って喜んだ。この言葉を何年待っただろう。彼女は私を必要としているのよ、コーデュ! なんて幸せな事!

 しかし、喜びは表に出ず、コーデュは「はい、よろしくお願いします」とやはり無表情で言うのみだった。


 今日は定休日だから、働かなくていいよ。家は有るの? 無いなら、ウチに空き部屋があるから、どうぞ。

 上手い話はどんどん続く。夢のような展開に、コーデュは有頂天だった。

 喜びつつコーデュが工芸品の手引き書を読んでいると、唐突に例の広告男が口を開いた。

「君は魔術師のようだね」

 職に就けた歓びに、コーデュは彼と話したかった事もすっかり忘れていた。その事を思い出し、コーデュは手引書をしまうと、広告男を見る。

「ええ、そうだけど」

「すごいね」

「貴方のおでこも、相当だけどね」

「僕はしがない二三人目さ」

「?」

 良く判らない言葉に、コーデュが訝しい顔をすると、広告男はしばらく考えて、

「ふむ。……君、もし僕がこの仕事でお金を稼いだら、僕に雇われないかい」

 と言って来た。

「貴方に? どうして。何のために?」

 広告男に雇われる。それは、自分もおでこに広告を打つという事だろうか。それは遠慮したい。

 コーデュはそう考えて、少し嫌そうに尋ねたが、答えは思いもよらぬものだった。

「冒険旅行。つまり、僕は旅に出ようと思っているんだ。しかし、仲間が居ない。探し物を見つけるには仲間が必要だ、と父に言われた」

「旅? 今時? ……探し物って、何?」

「それを探す旅でもある」

 広告男はコーデュを見た。彼の額には『ボルタ工房』と書かれていて、かなり滑稽な状況だったが、顔は真剣そのものだ。

「君さえ良ければ、僕と一緒に、探し物の旅に行かないか。君のような素晴らしい魔術師と出会って、僕は声をかけずに居られなかった。考えてみて欲しい」

 という事は、彼は魔術師では無いのだ。コーデュは少し落胆する。

 広告男はそのまま店を出て行こうとする。そして扉に手をかけた時、思い出したように言った。

「僕は、ウェルと呼ばれている」

「……あぁ、名前? 私、コーデュよ」

「あ、そうそう、あたしはフィリエ」

 店の奥から出て来た店主も、ついでに名乗った。ウェルは小さく頷くと、そのまま店を出て行く。フィリエによれば、彼は宿を取っているらしい。

「それにしても、変わった人だねぇ、あの人」

「ええ……」

 目の前で引き抜きの話をしていたというのに、フィリエは気にした風も無い。

 この人も変わってるな、とコーデュが思っていると、フィリエが言う。

「ま、あんたも変わってるけどね!」

「そうですか?」

「そうだよ」

「そうですかねえ……」

 コーデュが首を傾げると、フィリエは笑って言った。

「それにあんたも、探し物を探す旅の途中みたいだしね」



 翌朝から、ボルタ工房は大賑わいだった。

 ウェルがどんな宣伝をしたのか判らないが、とにかく客が入る。そして「これか〜」と商品を眺め、その多くが買い求めて来た。

 自分は接客向きではないと事前に説明し、コーデュは店の奥で魔術による仕事をし、接客はフィリエが自ら行った。

 客足は勢いを緩めず、昼を過ぎる頃には店内に入りきれなくなり、さらにはその人だかりを見て寄ってくる人間でいっぱいになってしまった。

 そして、商品は見事に無くなった。


 夕方には閉店して、商品の製作にかからなければならなかった。

 収益を数えて、喜びながら製品作りに精を出す二人のもとに、ウェルが戻って来た。

「ウェル! あんた、どんな宣伝をしたのさ」

 もう大変だったんだからね、と嬉しい文句をフィリエが言うと、ウェルは椅子に腰掛けながら言った。

「駅前で突っ立っていた。何の冗談だ、と聞かれたから、こちとら命がけだ、僕の首がかかっているんだ。世界で最も美しいとされるガラス美術品を、君達に伝えられなければ、僕の生まれてきた意味は全く無い、とかそんな事を答えて、地図を配った」

「……せ、世界で最も美しい、ねぇ」

「それとか、幸福を招くガラス細工とか、古代シュレグ一族にまつわる技術の結晶とか、色々言った」

「さ、詐欺に抵触しないかしら?」

「さぁ……まぁ、彼らも信じた様子では無かったから、面白半分で見に来たんだろう。買って行ったという事は、彼らの価値基準と、ここの商品が天秤に乗ったという事ではないかな。詐欺には当たらないだろう」

 ウェルは弁当と思われるサンドイッチを取り出しながら言った。それを見てフィリエが慌てる。

「ちょっと待って、ちゃんと夕飯は用意してるわよ、看板さん。おかげさまで大盛況だったんだから、あんたに食べてもらわないと」

「……では、お言葉に甘えて」

 その言葉にウェルは、あっさりとサンドイッチを袋にしまった。


 その晩は三人で食事を取る事になった。店の二階は居住スペースになっていて、キッチンとリビングが有る。そこでフィリエは豪華な料理を作って待っていた。

 コーデュは久々に贅沢な食事が出来る、と喜ぶ。しかしそれが、ウェルのおかげであって、自分が職に就けたからではない事が少し寂しい。

 ウェルは額に広告を打つような人間だったが、妙に気品があった。フォークとナイフを使って、お上品にいつまでも食事を続ける姿は、本当に貴族のようだった。額を除いては。

 食事もそこそこに、フィリエは「今日の繁盛を知り合いに伝えに行く」と店を出る。しばらくして、コーデュは尋ねた。

「ねぇ。ウェルって、どうしてそういう事、しようと思ったの?」

「そういう事とは?」

「おでこの……」

「ああ」

 ウェルはコーンを一粒一粒口に運びながら、簡潔に答えた。

「金になると思ったから」

「でも、他にもお金を稼ぐ方法はいくらでもあったでしょ? 掃除とか、皿洗いとか。そうね、土木作業員」

「それらの方法は、確かに金稼ぎに向いている。しかし、非効率だ。僕は僕の体の一部に、誰かの名前を書くだけで、収入を得る事が出来る。まして、それを副業としながら、別の仕事をする事も可能。そうすれば、金は早く集まる」

「でも、恥ずかしくないの?」

「万民が嫌がる事ほど、金になる。僕にとって額とは、僕の部品であって、尊厳を感じる場所ではないからね」

 ウェルはステーキを小さく切って、口に運んでいく。

「……でも、お金持ちっぽい感じ、色々」

 そんな仕種を見てコーデュが率直に言うと、ウェルは「うん」と小さく頷いた。

「資産を差してお金持ちと呼ぶなら、僕はその部類だろうね。でも僕は、現在の所持金の水準が低い」

「没落貴族って事? あ、ごめんね」

「いや、君のように素直に言う人は嫌いじゃない。僕も言うからね。……生憎、没落したわけではない。資産は現在も運用中だが、手元には無い。所持金を集めるために、僕はこうして額を売っている。金は僕が旅に出るために必要だ。それは資産を切り崩して作らないと決めたから、苦労している」

「……あ、判った。でも、なるべく楽して稼ぎたいんでしょう」

「簡潔に言えば、そうなるね」

「ふぅん」

 コーデュはアイスクリームをつつきながら、考えた。

 お金が有るのに、無くて、旅に出たくて、働かなきゃいけないけど、苦労はしたくない。

 虫のいい話にも聞こえた。微妙に、意味の判らない話でもある。そもそも、何故そんなに旅に出たいのかも判らない。金持ちの酔狂だろうか?

 コーデュがそんな事を考えていると、ウェルが尋ねて来た。

「君は魔術師だ。それも、とても優れた。どうしてこんな小さな村で、職探しを?」

「時代が悪かったのね」

 コーデュは一つ溜息を吐いて言う。

「機械とかが発展して、私達魔術師の専売特許が崩れた。だから魔術師はもう、要らないの。どんな偉大な魔術師も、今は苦しいはずよ。本当にごく一部の人を除いて、殆どは社会のお荷物になっちゃったわけで……私もその一人」

「ふむ」

「下手に魔術ばっかりやって来たから、魔術学院を卒業したら働けなくてね。メルティーナの国立魔術研究所は、履歴書で落ちちゃったし……コネも無いし。……でも私、諦めたくはなかったのね」

「と、言うと?」

「私は私なりに、魔術と付き合いながら生きていきたい、と思ったの」

 魔術師は不要。今の世界に溶け込んで、魔術を忘れるしかない。

 多くの魔術師は、その術を捨て、一般社会に流れ落ちた。彼らはただのしがない平民の一人になる。今まで培ってきたものを全て捨てて、ただの人間に。

 そして残りは「時代が悪い」と現実も見ずに、恨みの世界に引きこもってしまった。

 そういう人々を、コーデュは何人も見てきた。だからこそ彼女は、そのどちらも選びたく無かった。

「ただ……その方法が判らない。魔術を捨てずに、意固地にもならない。そうやって生きていく、方法が判らないの。だから今はアルバイト生活をしてるんだけど……時々、結局皆と同じなんじゃないかって、不安になるわ」

「……ふむ。君も、探し物の途中のようだ」

 ウェルは少しだけ嬉しそうに言った。

「僕も君も、同じ物を探している。見た目は違うのだろうが、きっと似ている。僕と一緒に、探しに行かないか。君が断っても、僕は探さなきゃいけない。いずれ僕はこの地を去る。それも、近いうちに。その時、君さえよければ……一緒に来てくれないかい」

 

 それから数日、彼らの仕事は続いた。

 ウェルの宣伝は素晴らしい効果で、連日客がつめかけ、商品は全て無くなる。その度にフィリエは大喜びで、ウェルに代金を支払った。

 その額は少しづつ増えているようだった。

「看板も宣伝も、普通にやったら馬鹿みたいに金がかかるからね。これぐらい、安いもんだよ」

 とは、フィリエ。コーデュにも賃金が支払われた。詠唱が無い分、作業が早いコーデュの力で、生産数が四倍に増えたからだった。

 コーデュは生まれて初めて必要とされる事にやりがいは感じていた。しかし、何か物足りない。

 これは、自分の探していた物ではない気がする。

 そう考える度に、コーデュはウェルの言葉を思い出した。

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