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1 コーデュ

 ここに、コンデュと名付けられた大陸が在る。

 大陸には現在、四つの王国が存在する。

 北西に、農業と工芸品の王国アルキーシュ。北東に、機械と鉱山の王国キャドゥー。南西に、魔術の王国メルティーナ。南東に、酪農と漁業の王国クレンセオス。

 四つの王国は互いに争い等も無く、一口に言えば平和な時代を迎えていた。

 しかし、今から五年程前より普及し始めた、北東の王国キャドゥーの「機械」及び「科学」なる物が、これまであった伝統的技術「魔術」の必要性を無くしていた。

 「魔術」は古くから「魔力」を持って生まれた人間だけが使えるもので、それが身分格差等を生み出していた。だが、それが揺らぎ、魔術でしか出来なかった事が、今や続々と機械化している。

 これまで「魔術師」と呼ばれる人々は、そうでない人々の上に君臨していたが、「機械」の台頭で立場は逆転。「魔術師」達は地位も職も失ってしまった。

 さらに「機械」や「科学」は、長年大陸に住んでいた「魔族」、いわゆるモンスターを駆逐した。現在も化け猫だの山男だの、そういう類は居るが、人類にとって極めて有害なモンスターは既に滅んでいる。

 また「機械」は、下克上の時代を作り出し、王はその主権を失い、敬われるが何事も成さぬ、ただの金持ちへと変貌していた。


 どこの国もそうであるのと同じで、アルキーシュも、そんな国となっている。

 元々アルキーシュは、美術工芸品と農耕を主な産業としていた王国だった。しかし近年、機械の参入によって工芸品もその多くが、魔術師や職人の手作業を必要としなくなってきている。

 そして人民は特に意味も無く「国王陛下」と見た事も無い老人を呼び、その子らを「王子様」と妄想を込めて呼んでいた。

 人民政府なるものが誕生し、国の治安はそちらが守り、完全に王族はお飾り以外の何者でもない。しかし建前上、居る。

 だから、庶民にとって王族とは、違う世界の生き物だった。

 ましてや、生活に苦しむ労働者にとっては、限りなくどうでも良い。

 そんな時代である。



 秋風が少しづつ吹き始め、夏に別れを告げる頃。

 アルキーシュ王国領内の、閑静で小さな村、ロキシーヌ。

 街道沿いにレストランや宿がひしめき合う、小さな村である。旅人は集うが、賑わうほどではない。裏通りには居住者達の家々が、ひっそりと佇む。さらに裏手には、畑や牧場が広がる。

 ある朝、そんな街並みの一角、とあるレストランの中で、

「コーデュ。アンタ、今日限りで解雇だよ」

 女将である中年女性が、営業スマイルを浮かべて言った。

 言われた方も、

「そーですか」

 とつまらなそうに答えるのみだった。

 コーデュという名の妙齢の女性は、空色の瞳で、金の長い髪を横は長く垂らし、後ろは巻き上げている。その耳は人のそれより長く鋭い。エルフの証だ。左側の耳にだけ、金の装飾の入った、小奇麗な赤い宝石のピアスをしている。

 一見、モデルか女優か、と思うほどのプロポーションだが、着ている服はメイド服。銀メッキのトレイを持って、客に笑顔と料理を運ぶのが仕事。ウェイトレスだ。

 しかし困った事に、彼女は極めて無表情だった。それが解雇の原因でもある。

「全く、アンタみたいに愛想の悪い子は初めてだよ。次は接客じゃない仕事を選ぶんだね、皿洗いとか、調理師とか」

「ご忠告、ありがとうございます」

「ほら、最後の仕事。行っといで」

 女将に言われて、コーデュはスタスタと店に出て行った。

 これが彼女の、一三回目の失業である。


 アルキーシュ王国の王都、クレシュ。その西の小さな村がここ、ロキシーヌ。

 クレシュへの観光客や商人が集うこの村の、主な産業は宿泊施設と酒場である。

 よって、求人も接客業と調理師が中心になる。

 が、コーデュは困った事に、そのどちらの素質も無かった。

 彼女は魔術師だ。それも超天才と、その筋の人間からは言われる才女である。

 しかし、時代が時代だ。魔術は人件費がかかる、と敬遠され、その多くの作業が機械化された現代社会。

 コーデュは魔術師である以外に、他の何一つ、良い所が無い。しかも現在、魔術師という職業は、廃れに廃れていた。

 そして天才は職に就けずに、求人広告を見る日々を送っていたのだ。

 今年の夏、コーデュは「若くて可愛い女の子募集中」という求人を見つけて、ロキシーヌ村の小さなレストランに就職した。

 最初は女将も「こんな美人そうは居ない」と喜んでいたが、何せ手が遅く、表情も無ければ態度も悪いコーデュである。時には横着をして魔術でポイポイ皿を配ったりする。

 そんな事をしていたら、クビになった。

 そうなった理由は大いにコーデュに有るが、それに気付ければ人間、失業なんてしないもので。

 当のコーデュは、「私って本当に運が無いなあ。もう諦めて、今流行のニートにでもなろうかしら」ぐらいに思っていたのであった。


 さて、このレストランでの最後の仕事のために、コーデュは店に出た。

 すると朝一から、店に並ぶ一人の男が居る。

 金髪で、妙に身なりの良い男だ。長身痩躯で、顔立ちは良いが、どこか嫌味ったらしそうでもある。白いフリルのブラウスに、細いベルベットのパンツ。全身から「私は貴族です、金持ちです」と叫んでいるような雰囲気さえある。

 彼は毎朝必ず、この店に来る。目当てはコーデュのようだった。何故なら毎度、バラの花束を抱えて来ては、それをコーデュに押し付けようとするからである。

 今時、こんなダサい王子様きどり、流行らないわよ。

 コーデュはいつもそう思っていた。しかし、営業スマイルも出来ないが、嫌そうな顔もしない無表情が、より一層このストーカーの誤解を深めているようだった。

 コーデュはドアまで行くと、「Open」の看板を掲げ、鍵を開ける。すぐに男が入って来て「おぉ、麗しのレディ! 今朝もまた一段と美しい!」と、お決まりの挨拶。

「どうも。いらっしゃいませ」

 コーデュは淡々と言って、彼をテーブルに案内した。彼は必ず厨房に一番近い席に座って、そしてニコニコとコーデュを見つめ続ける。

「ご注文はお決まりでしょうか」

「チョコレートパフェを大盛りで頼もう!」

 そしていつも、チョコレートパフェ(大盛)を頼む。

「かしこまりました」

 コーデュがオーダーを通して帰って来る。他に客は居ない。というか、こんな朝からレストランに来る客など居ない。

 モーニングサービスなどと洒落た事をする店でもないし、第一、この辺りでは朝食は宿専属の食堂が用意する。宿泊者は宿で、地元民は自宅で朝食を取るのが普通。

 だのに、この男は毎朝チョコレートパフェ(大盛)だけを食べに来る。何故かといえば、それは恐らく、そこにコーデュが居るから。

 という事は、この男は本気のストーカーだ。

 コーデュは自分の中で完全に結論を出していた。それは男の方も同じに違いない。ただし、その内容は全く違うのだろうが。

「レディ、今日こそ私の気持ちを、この花束と共に受け取ってくれたまえ! 私と愛を語ろう! いつまでそうして、私を焦らしているんだい」

「チップは受け取らない事になっていますから」

 極めて事務的に答えるが、それがより一層ストーカー魂に火をつけるらしい。男は「あぁあああ」と微妙な裏声を出して、「レディはつれない、でもそれがいい」などと呟いている。

 コーデュは一つ溜息を吐いてから、考えた。

 明日からどうするか。とりあえず職業安定所に行かなくては。今度は裏方とか、魔術師募集とか、そういう求人が有るかもしれない。

 そんなかすかな希望を胸に、職業安定所に向かって早一三回。またしても失業した原因は、この男にも有るかもしれない、とコーデュは思った。


 実はこの男、八つ前の仕事(花屋の店員)の時についたストーカーなのだ。

 接客向きで無いのはその時から同じで、コーデュはずっと裏方として、花の手入れや梱包に携わっていた。やっと仕事にも慣れてきたある日、店番を頼まれて仕方なく店先に立っていると、この男がやって来た。

「妹に誕生日プレゼントをしたくてね。花束を作ってくれないか」

 と気取って注文する男に、バラの花束を作って渡した。すると彼は

「おお! レディには才がある、そして美しい!」

 などと言い、散々騒いだ挙句、それから一年近くストーキングを続けている。毎日店に来ては「レディはこの世に残された、ただ一人の天使だ!」と時代遅れ甚だしいセリフを吐いて、その場で踊ったり跳ねたり、あらゆる意味で気持ちが悪かった。

 そして失業すると、どういう手段で調べているのか、次の職場にも現れる。現れて一週間程度でクビになる。それは一種のジンクスと化していた。


 よし、今度こそ、このストーカーに見つからないようにしよう。そして未来有る人生の第一歩を踏み出すのよ、コーデュ。

 コーデュは無表情で自分に言い聞かせた。とりあえず、帰りに変装キットを買っておこうと決意する。

 そうとも知らず、ストーカーはいつも通りチョコレートパフェを食べて、「明日も来るよハニー、式が楽しみだ!」と叫んで、帰って行った。

 否、就業時間まで待ち伏せしているのだが、バレバレだった。いっそ治安当局に通報すれば話は早いのだが、コーデュは彼から犯罪の匂いを感じていたわけではないし、何よりも面倒なので、放っておいた。

 


 翌朝、コーデュは買ってきた変装セットを使用した。

 サングラスに鼻眼鏡で髭とテンガロンハット。ものすごくボンデージな謎のヴィジュアル系コートを身に着け、最小限の荷物をトランクに詰め込み、家を出た。

 ついでに夜逃げ(?)も実行である。大家には昨日金を払っておいたので、逃げている対象は件のストーカー以外の何者でもないが。

 ここ半年を過ごした安アパートを静かに出る。

 ストーカーはオペラグラス片手に、茂みの中で徹夜した模様だ。しかし彼は、変装中のコーデュに見向きもしない。ちなみに、他の人間はコーデュを見ずには居られない様子だった。仕方が無い。度を越えて怪しすぎる。

 だが、ストーカーはまさに「コーデュ」しか目に入っていないようで、カーテン越しの物陰をじっと見つめるばかり。その視線は、獲物を狙うハンターの如く真剣である。

 それ故に彼は、コーデュをみすみす逃がしてしまったわけだ。

 コーデュは「さようなら、永遠に」と心の中で呟いて、その場を後にした。



 職業安定所は、ロキシーヌ村の外れに有る。

 東の隣国キャドゥーが開発した機械は、庶民にも影響を与えた。魔術師がまず打撃を受けたが、その後には庶民にも波及する。

 五年程前から普及し始めた機械は、最初は魔術の分野を、そして徐々に、全ての作業を人の手から奪っていく。人件費削減のために、大量の人間がクビになり、街は求職者に溢れている。それも機械の弊害と言えよう。

 だが彼らは、普通の人間なりに良い所がある。秀でてもいないが、劣ってもいないのだ。どうでもいい仕事なら、まだこの世には存在していて、こと人の尊厳を捨てれば、生きていきようなどいくらでもあった。

 しかしコーデュはまだ諦めていなかった。魔術師にも、新たな生き残り方があるに違いないと信じ、夢見ていた。そして、彼女は夢を幻想にするタイプではなかった。


 物陰で変装セットを脱ぎ、ゴミ箱に捨てる。それでもまだ不安なので、伊達眼鏡をかけて、普段なら絶対しないような、それはもうババ臭い格好をした。長袖のシャツに、ダブダブのワンピース。しかも足首まできっちり隠すものだ。ついでに三角巾まで頭に巻いて、コーデュはやや警戒しながら、職業安定所に入った。

 職業安定所は今日も大盛況。景気はいいと政府が言っていたが、一番いいのはここだろう、とコーデュは考えながら奥に進む。行列と人ごみにもみくちゃにされながら、コーデュは求人広告を探す。

 もはやストーカーの事などどうでも良い。とにかく、人の群れを押しのけて、壁に貼り付けられた広告を見る。

 魔術師、魔術、魔魔魔魔マまMA、と眼を走らせていると突然、どっと笑い声が上がった。求人の文字を読むのに必死だったコーデュが振り向くほどだから、よほどのものだ。

 見ると、一人の青年が立っていた。

 クセのある銀髪、赤い瞳。シャキッとした白いシャツを着こなす、見るからに育ちの良さそうな青年だ。そんな彼がこんな場所に居るだけでも、眼を引くところはあったが、何よりもコーデュが驚いたのは、

「広告主募集中?」

 彼の額に、赤い字でそう書いてあった事だ。

「兄ちゃん、そりゃあ、なんの冗談だい?」

 一人の男が笑って尋ねると、青年ははっきりと答えた。

「商売です」

「商売?」

「人が一番見てしまうのは、高い土地料を払う看板でも、毎朝欠かさずに配る広告でもない。人の顔だと言います」

 青年は額に「広告主募集中」と書いた滑稽な姿であったが、実に毅然としていた。

「僕はこの額を看板として貸し出します。ついでに僕の出来る限り、広告主をアピールする。料金は通常の広告代金の一〇分一程度で結構です。誰か試しに、僕に広告を打ちませんか」

 

 面白い事を言う人だな、とコーデュは思った。

 古来から、額は神聖な場所だった。こと、過去に魔術師達は、己の威厳を額に現した。特定の色と紋様によって、自分の地位を示すのは当然の事で、中には宝石を直に埋め込むような者も居た。

 それもまた、魔術の衰退と共に消え、今や額の価値は無いに等しい。

 しかし、彼はもう一度、今の時代に合わせた額の使い方を考えたのだ。

 コーデュは少し嬉しくなった。彼はきっと、魔術師に違いないと思った。理由は額を使っているから、というだけだった。が、今の世の中で、必死に生きようとしている仲間だと感じたのだ。

「面白いね、お兄ちゃん。それで、ニコニコ笑ってくれるのかい、無表情だけど」

 と、一人の若い女性が青年に声をかけた。求人申し込み窓口の方から出て来たので、恐らく雇う側の人間なのだろう。

「こんな冗談みたいな事をして、笑っていたら馬鹿にされます。あくまで宣伝は無表情、及び微笑程度で行います。街角で契約者の店名、事業内容を演説します。お望みなら街頭販売等も受け付けますが、別料金になります」

「ふうん。試しに、ウチでやってみるかい? ウチは『ボルタ工房』って言うんだ」

 早速商談がついたようだった。人々が見守る中、女性と広告青年は、職業安定所を出て行く。

「……」

 コーデュはふと思いついて、その『ボルタ工房』の求人票を探した。

 ストーカーに長く憑かれれば、生き方も多少変わってくるようだ。コーデュは彼と話がしてみたい、と思った。エルフは気高く、また魔術師は気難しいという基本性質がある。それゆえ、営業スマイルの一つも出来ないコーデュだが、この時ばかりは違った。

 自分の無表情さすら味方につけて、生きようとするあの態度。彼が魔術師だろうが、そうでなかろうが、コーデュは彼と、とにかく話がしてみたくなったのだ。

 そして三〇分後、コーデュは見事『ボルタ工房』の求人広告を見つけ、そしてチャンスが来たのだと確信した。


 『ボルタ工房……美術工芸品取り扱い。魔術に心得有る人間、募集中』


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