瓦礫の山のてっぺんにて
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あれはたしか夕暮れ時だった。赤い日差しとそれを背にしたベイクの立ち姿が強く残っている。ベイクは瓦礫の山のてっぺんに立っていた。夕日を背にして何かを叫んでいる。そう、確かこう言ったんだ。かわる。おれはかわる。
「俺らは変わるんだ!」
僕はベイクの姿を自分の2つの瞳でじっと見つめていた。ベイクは口を大きく動かして続けて言う。
「俺らは時に鳥になり、時に鰐になり、時に鮫になり、時に虎になる」
ベイクの演説は、演説の避けられない悲劇まさしく、退屈であった。
「何者かになるんだ!」
最後までベイクの叫びを聞いた時、僕に起こったのは可哀想という感情だった。なぜなら、矮小な存在である僕らが、豆粒大の存在しかない僕らが言うことにしては、あまりにも大きすぎることだと思ったからだ。言っていることと自らの存在の比率が違いすぎて、かえって自らの存在の小ささを自己主張しているように思えた。恥ずかしかったし、面倒臭かった。
拍手喝采の程ではなかったけど、この場に集った僕の他の6人はそれぞれ意気揚々とした面持ちであった。ベイクの演説を皆はいつも好印象を持って聞いていた。全部で7人。ここにいる7人が僕らの全てだ。
ウィングがベイクをまくし立てる。
「いいぞベイク!もっとだ、もっと言ってやれ!」
僕はウィングのことをよく知らない。僕が知っているのは、ウィングの性別は男で、来ている服はいつでもアイロンがぴしっとかけられていることくらいだった。僕は時々、ウィングの服をすみずみまで目を凝らして観察するのだが、シワもシミも飛び出した糸も小さな虫食い穴も見つからなかった。だから僕は彼のことが好きにはなれなかった。ウィングはベイクとよくつるんでいた。だけどどうしたって嫌いなものは嫌いなのだ。コーヒーや牛豚の内臓と同じように大嫌いだった。
僕らのチームメイトを紹介したい。チームメイトは全部で7人。しかし、その内3人はすぐに消えるので覚える必要はない。
まずは一人目、リーダーのベイク。ベイクが僕らのヒーローとなるのはこれから少し後のことである。
次に2人目、美人なレミ。彼女のことを一輪の花とでもいうのだろうか。僕ら混沌の中にいて彼女の存在は揺らぐことなく凛と咲いていた。
そして3人目、…の僕。(…に入る言葉は上手く思い出せなかった)知延症というのをあなたは知っているだろうか。遅延症について知らないのならば、あなたもそれを患っている可能性がある。しかし、今はこの話はおいておこう。この話は後にする。今はそれよりもチームメイトの紹介の方が大事なことなのだ。
4人目、金づるウィング。と、僕は呼んでいる。彼についての紹介はすでにした。
最後の5、6、7人目、数合わせのミハラシ兄弟。豪腕アフロのミハライ、俊敏アフロのミハラニ、普通に普通なミハラミ。ミハラシ兄弟は4人居た。死んだ4男、ミハラシの名前を頭につけて彼らは自らをミハラシ兄弟と名乗っている。ミハラシはそれほど偉大な人物だったのだといくら馬鹿な僕でもわかった。
この7人が僕らのすべてだった。これ以上はない。これからは下へ下へと下るしかない。
ベイクはウィングの声援に勢いづいて演説を続ける。
「そして俺は見つけたんだ。更に思いついた。天才的な閃きだ…」
そこまで思い出したところで僕は自分の体に違和感を覚えた。途端に自分の存在が不鮮明なものとなったのだ。つまり、この出来事を思い出している僕は、思い出の中の僕を感じられなくなったのだ。本当に僕はそこに居たのか。霞がかかったかのように僕の存在は不鮮明だった。僕は決死の思いで目の前の霞をかき分ける。しかし、どれだけ霞を払っても僕という存在にたどり着かなかった。不安が波紋のように広がる。
僕の肩を誰かが掴んだ。僕は後ろを振り返る。
2つの輪のついた乗り物はいつでるの?