出会い
まだ、二回目ですけど、更新のたびにドキドキしています。
ソル・エインシェントがスリート王国の大地を踏んだのは、もう半月も前のことだ。
スリート王国とは世界第二位といわれる王国だ。潤沢な資源に加え、実りの豊かな土地でもある。その二つに加え賢王と呼ばれる今代の王は民に絶大な支持を得ている。このシーブルー大陸のおよそ三割を占めるといえばその巨大さを実感できる。
「おお~。やっぱり首都はにぎやかだな~」
のんきな声と共にソルは市場を見ていた。ソルは今、スリート王国の首都【ニエベ】に来ている。ニエベはスリートの中心よりやや西側に位置し、大きな街道が通っているため物資の流通が激しく、とても豊かだ。
ソルは街についてすぐに市部へと赴いた。何故、市場化というとソルはお腹が空いているからだ。それも、そうだ。なんせ、昼食も取らずに昼寝に没頭していたからだ。大陸の一番西に位置するスリートは山の実りだけではなく海の幸も豊富なのだ。市場にはあらゆる食材が並んでおり、おまけに、屋台などもある。
「んん~。良い匂い。さて、何から食べようか」
手前の店を覗いては、反対側の店を見る。右側の屋台を見ては、今度は左側の屋台を見るという風にソルは市場中の店を踏破しそうな勢いで、次々と見て回る。そのたびに買い物をして、手に持つ食材やらなんやらが増えていく。
夕方ということも手伝って市場には人が溢れかえっている。その中をソルはすいすい進んでいく。これを、一流の戦いを生業にしている者が見たら目を見開くだろう。なんせ、ソルはこの混雑した人混みの中を見事な足運びで決して立ち止まらず、進んでいるからだ。常人なら、人の波に囚われてしまったり、人の壁に立ち止まってしまうだろう。
「んん~? なんだ、この良い匂い?」
ソルは市場を半分ぐらい来たところで一際かぐわしい匂いをかぎ分ける。両手には大量の荷物――食べ物だらけだが――を持って、一直線に匂いの元へと向かう。
「ん? あれかな?」
匂いのもとはとある屋台からだった。その屋台には大勢の人が並んでいるところから、人気があるとうかがい知れる。
「え~と、何々。【フィアー串焼き店】?」
屋台の看板にはそう書いてあった。とりあえず感丸出しで、ソルは行列の最後尾に並ぶ。列は順調に進んでいき、あっと言う間にソルの番がやってくる。
「へい、らっしゃい!」
「こんばんわ~」
ソルは律義にも挨拶をした。この場合の店主からの言葉は決まり文句のようなもので、返さなくてもいいのだが。
「ほう、これは出来た坊主だことだ」
「そう?」
「ああ、常連客でもない限り、普通は注文だけ言ってこっちの言葉なんか返さねえ」
「ふ~ん、そうなんだ。それで何があるの?」
「なんだ、坊主ここは初めてか?」
店主の問いかけにソルは頷く。
「今のお勧めはレッドバードの串焼きだ!」
レッドバードとはニエベ近辺に生息しているその名の通り、赤い鳥だ。草食なのに加えて性格は温厚なので捕まえやすい。
「それ、美味しいの?」
「旨いに決まっているだろ! なんたって俺の娘がタレを作っているんだからな!」
その声が聞こえていたのだろう、周りから声が飛ぶ。
「おやっさんはフィアーちゃんには甘いからね~」
「そうそう」
「すぐにフィアーちゃんの自慢したがるんだから」
ちょっと聞いただけでも、この店主の人柄を理解するには事足りる。ソルはもちろん理解した。
「うるせい! それで、坊主。何を頼むんだ?」
「じゃあ、そのお勧めを十本」
「毎度あり!」
店主はすぐそばに置いてあるレッドバードの串焼きを自身の娘が作ったタレにつけてから、袋に入れてソルに渡す。ソルは串焼きをもらった時点で串焼きが温かいのを感じた。どうやら、保温の魔法がかけられているようだ。
保温の魔法は火系統の初級魔法に属する魔法で、火系統の魔法を使えるものならば誰でも使うことができる魔法だ。
「じゃあ、また来るから」
「おう、また来いよ!」
店主の威勢の良い声を背に聞きながらソルはその場を後にした。
「うん。旨い」
ソルは大量の荷物を持ちながら器用に串焼きを食べている。
それは、丁度、夜に差し掛かりソルが市場を出て宿を探そうかと考えた直後に聞こえた。
ソルの感度のいい耳が人の悲鳴のようなものを聞きわけたのだ。ソルは急いで手に持っている食べ物を口に納めていく。それを見た道行く人々は驚き、引いた。なんせ、ソルの決して大きくない口に大量の食べ物が物凄い勢いで消えていく様は圧巻の通り越して悪夢だ。
食べるのと同時にソルは風系統と地系統の複合魔法である、地形探知魔法を街中に展開させる。このニエベは南側は円型、北側は四角に大きく突き出しており、その半径は十キロに及ぶ。探知魔法系は効果のわりに魔力を消費させるのであまり使われていない。しかし、これは一般に出回っている情報で、しっかりとした魔力コントロールができていれば少ない魔力で大きな範囲を覆うことができる便利な魔法なのだ。だが、この魔力コントロールについて知っているものはあまりいない。
地形探知魔法のおかげで、ソルは建物の位置から水路に至るまでを瞬時に理解した。さらに、生体探知魔法も重ねがけする。この時点でかなりの離れ技をソルはやっている。普通、探知系魔法は一個しか展開できない。それは、術者に負担がかかりすぎるためである。しかし、ソルはことも何気にやってのける。
さっきの地形探知魔法で得た情報を頭の中で、生体探知魔法で得た、生体情報を重ね合わせる。この首都には五万人近くいるので、人を表す青白い点があらゆるところに重なり合って見える。そこで、ソルはさらに探知魔法を重ねがけした。その名も感情探知魔法だ。この魔法は、その名の通り人や動物、つまりは生物の感情がほんの少しだけ、わかるという魔法だ。
しかし、この魔法はあまりにも高度な術式を組まなければならないため、今のところ、開発者のソルしか、使い手がいない。
魔法で得た情報をもとにいらない情報を破棄して悲鳴を上げた人物を探す。
(いた)
ソルが見つけたのは食べ終わるのと同時だった。ものの十秒足らずで街の探査を終えたのだ。これを魔法に詳しい人物が見たら倒れてしまうだろう。
ソルは、自身が持っていたゴミを近くにあったゴミ箱に入れると走ってその場を去った。
さっき悲鳴を上げた人物はなおも移動していることから見れば逃げているに違いないとソルは踏んでいた。
(ちっ、建物が邪魔)
ソルは路地裏に入るとその卓越した身体能力を生かして、たった一度のジャンプで建物の屋根にたどり着く。普通は強化魔法を使わなければできない芸当をソルは何の強化なしにやってのけたのだ。
屋根を伝って一直線に探知魔法で探した人物のもとへと向かう。
ソルがたどり着いたのは何個目かの家を飛び越したころだった。路地の突き当りに一人の女の子が数人の男たちに追い詰められていた。
ソルは屋根の上からしばらく様子を見ることにする。元々ソルの耳はかなりいい。この距離でも楽に会話が聞こえる。
「いや! 来ないでください!」
「いいじゃねえか。ちょっとだけだからよ」
「いやって言っているでしょう!」
どうやら、嫌がっている女の子に無理やり言い寄っているようだ。
「お頭、もう、無理やりやっちまいましょうよ」
「ちっ、そうだな。お前らやっちまえ!」
お頭と呼ばれた男が命令すると、後ろに控えていた男二人が少女に向かっていく。どうやら、無理やり何かをやるようだ。もう、犯罪決定だ。そう、心の中で決定すると、ソルは屋根を蹴って空中に飛び出す。身にまとっている黒いロングコートが風を受けてなびく。重力にひかれてソルは落下を始めた。
ソルはそのまま男たちを射程に入れるため落ちていく。少女と男たちの距離がおよそ、一メートル。誰も、空中にいるソルに気づかないままだ。右側の男の真上に来て射程に入ると、そのまま落下の勢いを利用して蹴りを放つ。落下の勢いを利用しているとはいえ、ソルは軽めに蹴っている。ソルが本気で蹴ると、男が死んでしまうかもしれないからだ。路地裏は薄暗く、更には死角からの攻撃だったため、男は最後までソルに気づかなかった。そのため、ソルの攻撃に対する防御の術を持たない。
そのまま、蹴りによる衝撃と地面に顔を強打し鼻血を出して気絶。
ソルはくるりと着地すると、すぐに左側の男に足払いをする。これまた突然、隣の男が倒れて少年がいきなり現れたため、呆然としていた男は防げない。足払いをされて体勢を崩したところへ鳩尾へと拳を突き上げられ、これまた気絶。ここまで、たった数秒でソルは二人の男を昏倒させた。
「な、何もんだ。てめえは!?」
ソルが体勢を整えるころにようやくお頭と呼ばれていた男は声を出した。
「別に。ただの通りすがりの旅人さ」
「じゃあ、ただの旅人が俺たちの邪魔をする!?」
「俺は無理やり襲うのはよくないと思うぞ」
お頭と呼ばれた男はそこで黙る。自分たちが犯罪行為をしている自覚はあったようだ。
「くっ! お前らやっちまえ!」
男は背後にいた残りの男たちに指示を出す。どうやら、ソルを始末して、このことを消してしまおうという魂胆らしい。
(六人か)
ソルは瞬時に男たちの装備や数を確認する。男たちはナイフを出してきているが、そのどれもが長らく砥がれていないような鈍い光を放って見える。
ソルはすぐさま、少女の前に立って、少女を守る形を作る。次いで、右手を男たちに向け、火系統の初級魔法を唱えると、すぐさま、掌の前に火の玉ができる。
「な、てめえ魔法が使えるのか!?」
簡単な魔法は誰でも使えるが、攻撃としての魔法を使うとなると習練が必要になる。それに加えて先天的な才能も必要になる。
「死にたくなかったらすぐに引け」
火の玉の効果か、それとも、ソルのドスの利いた声に恐怖したのか男たちは歩みを止めて数歩下がる。
「くっ! お前ら引くぞ!」
さすがに魔法の使える相手には分が悪いのか、お頭と呼ばれた男は手下を引かせる。そして、倒れている手下の二人を置いて、逃げていった。
「ふぅ。さて、終わった終わった」
男たちが完全に見えなくなったところでソルは魔法を消す。両手を掃うように叩くと後ろにいる少女へと向いた。
「君、大丈夫?」
振り向くと同時にソルは少女へと問いかける。しかし、少女からの返答はない。どうやら、何か放心しているようだ。
「お~い。大丈夫~?」
「へ?」
ソルが目の前で手を振るとようやく帰ってきた。しかし、ソルの顔を見るとすぐさま顔を赤らめて逸らしてしまった。
(意味わからん)
ソルはそれでも、すぐに話しかける。
「で、大丈夫なの?」
「あ、はい。大丈夫です」
若干声が裏返っているような気もしないではないが、ソルは少女の頭のてっぺんから爪先までを一瞬見る。
少女はとても綺麗だった。暗いなかでも美しく光る、真紅の炎を思わせる長い長い髪に、髪より明るいオレンジ色の大きな瞳が印象的だった。顔のほかのところも非常に整っており、更に身体も、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。しかし、ソルは身体を包んでいる、服に目が行った。白を基調とした服に赤いラインが身体の横にそって入っている。スカートも同じような感じだ。これは、スリートにある魔法騎士学校の女子制服だったとソルは思いだした。
「は、はい。あなた様のおかげで大丈夫です」
まだ、若干裏返っているがそれでも、多少は落ち着いてきたのだろう。それよりもソルは気になった単語があった。
「あなた様?」
「あ、い、いえ。何でもないです」
「あ、そう。で、君、魔法騎士学校の人だよね?」
「あ、はい。そうです。よくわかりましたね」
「学校の制服を着ていればわかるよ」
「そうですけど、普通はあまりわからないんですよ」
そうだ。スリートの魔法騎士学校には貴族なども通っており、生徒は全員、寮生活を義務付けられている。しかも、学校の外では制服の着用は禁止されている。そのためか、魔法騎士学校の制服はあまり知られていない。
「まあ、そこは何というか……」
ソルはしまったと思い、曖昧に誤魔化した。
「ふふ。面白い人ですね」
そこで、ようやく少女に笑顔が出てきた。これなら、大丈夫だとソルは確信した。
「じゃあ、ここから出ようか? 君もこんなところに居たくないでしょ?」
「はい……あ、でも、どうやって大通りに出ればいいんでしょう?」
「へ?」
「私、逃げるのに必死でしたから、ここがどこだかわかりません」
「あ、ああ~。そういうことか」
ようやく理解したソルは声を出した。確かに、逃げるのに必死ならば自分が今どこにいるのかはわからない。しかし、ソルには一つの疑問がわいた。
「君、ここに住んでいるんだよね?」
ソルの指すこことはニエベのことだ。
「はい。そうですけど?」
「なんで、街のこと知らないの?」
この疑問はもっともだ。スリート魔法騎士学校は国内中から生徒を集めている。いくら、違う場所から来たって住んでいるんだから、街のことぐらい知っているとソルは思った。街を大体知ってれば方角から大通りの位置を割り出せるはずだ。
「そのことでしたら、簡単です。私、方向音痴であまり外には出ないのです。この街は広いですからすぐに迷子になってしまいますから」
「あ、そうなんだ。じゃあ、ってこんなこと後でいいか。取りあえず俺に付いてきて。ここから出るから」
「はい」
さっき地形探知を行ったおかげでソルはこの街の地形だったら、お手の物だ。しかし、問題はすぐそこにあった。
それは十字路を左に曲がった時に起こった。後ろにいたはずの少女の気配が違う方向へと向かっていったのだ。
慌てて戻ってみると、少女は十字路を直進していた。
「ちょっ! どこ行くの!?」
「へ? あ、すいません」
少女はソルの声を聞いて慌てて戻ってくる。その後も同じような出来事が何回か繰り広げられていった。
十数回、同じようなやり取りを繰り返してようやく大通りへと戻ってきた。
「君、方向音痴すぎ」
「そうですか?」
「そうだよ」
「ふーむ。そうなんですか」
「そういえば、君はなんでこんなところにいるの?」
ソルは魔法騎士学校の制度を思い浮かべながら訊いた。魔法騎士学校は基本的に許可や付き添いがいなければ外出は禁止だったはずだ。
「へ? なんでって何ですか?」
「いや、魔法騎士学校って基本的に外出って禁止じゃなかったっけ?」
「うっ。よ、よくご存知ですね?」
「まあ、それはね。それで、付き添いもなしになんでこんなところにいるのかな~と思って」
「そ、それは……」
「あ、言いにくいことだったら別に話さなくてもいいよ」
少女がちょっと言いにくそうにしていたから、ソルは先手を打っておく。
「ごめんなさい。あまり話したくないので」
「ん、わかった」
「本当にごめんなさい」
少女は本当に申し訳なさそうにしているので、ソルは話題を変えることにした。
「それで、これから君はどうするの? 途中までなら送っていくけど?」
「あ、悪いですよ」
「遠慮ならいいのに」
「ほんとに悪いですから」
本当に要らなさそうだったので、ソルは送るのを諦める。
「それじゃあ、今日はありがとうございました」
「うん。それじゃあね」
ソルと少女はそこで左右に分かれる。ソルは今日の宿を探しに。少女は寮に戻るために。
ソルは手短に空いている宿に泊まって、夜は過ぎていった。
ちょっと、長いですよね。一話の切れ目がわかりません。