公爵令嬢である私に熱心に求愛してきた男と婚約したら、浮気されたうえに婚約破棄されて私の父が激怒!そこで選んだ私なりの究極の復讐とは・・・?
王国の公爵令嬢であるユリナはその類い稀なる美貌と上品な振る舞いから、多くの名家の男性から求愛されていた。そしてユリナはアルスという男性と2年の交際のうえで婚約し、結婚を半年後に控えていたが、彼はユリナとの交際中から別の女性と浮気をし、さらにはまた別の女性が好きになったと告げてユリナに婚約破棄を言い渡した。アルスのあまりにも無礼な行為に対し、公爵であるユリナの父親は「アルスの家を破滅に追い込むことも辞さない」と激怒していた。
「ユリナよ、こたびのアルスの振る舞いに対し、おまえも深く傷つき、強い怒りをおぼえていることであろう。私としてもアルスのことは絶対に許さぬものと思っておる。我々はこの王国きっての名家であり、遥かに格下であるアルスの家など、奴もろともこの国から追放することもたやすい。おまえが望むならどのような手段も辞さぬ。アルスに対してどのような措置を講じるか、おまえの好きに決めて良いから、心が決まったらいつでも私に言ってきてくれ」
そう告げるとユリナの父親は自分の部屋へと戻った。
「ユリナ様、このたびの婚約破棄には深く心を痛めておられることと思います。私もアルス殿・・・いえ、アルスのこのたびの振る舞い、ならびにユリナ様と交際していたときから他の女と浮気をしていたことに対して、心底強い怒りをおぼえております。もう二度とアルスが日の当たる場所に出られぬよう、そしてユリナ様を捨てたことを一生後悔させるような懲罰を下すべきだと思います。」
ユリナに仕える侍女のシュリルもまた、今回の婚約破棄に対してひどく怒っていた。
しかし強い怒りに打ち震える父やシュリルの姿を見て、むしろユリナはいくぶん困惑していた。
『シュリル、私のことを思ってくださり、そしてアルスに対して怒りの感情を抱いてくれることはうれしく思います。ですが私は、婚約破棄の報復としてアルスを痛い目に遭わせたいとは思っていないのです』
「どういうことですかユリナ様。ユリナ様はアルスのことを許すとおっしゃられるのですか」
『許す、許さないと言いますか、私は今回のアルスとの婚約破棄の件を“許すかどうか”という話とは考えていないのです』
「ですがユリナ様、もともとアルスはユリナ様に熱心に求愛をし、それをユリナ様が受け入れて婚約にまで至ったにもかかわらず、ここまで酷い仕打ちをなされたのですよ。あまりにも無礼な行為だとは感じられないのですか」
『無論アルスの行為はひどく無礼であり、一人の人間としてあってはならない行為だと思いますよ』
「それではまさかユリナ様は、アルスに未練があり、アルスを変心させてこちらに連れ戻したいと考えておられるのですか」
『まさかそんなことは全くありませんよ。私とて、もう二度とアルスの顔は見たくないと思っております』
「しかしそれでは・・・あまりにも優しすぎはしないでしょうか。『怒りは感じるものの、報復感情よりも優しさと赦しの心を大事にする人間でいたい』といった思いなのでしょうか」
『私は別に聖人ではありませんよ。優しさや赦しといったことを考えているわけでもないのです』
「それではいったいユリナ様はどのような気持ちなのでしょうか」
怒りの感情も、さらには婚約破棄を言い渡されたことへの動揺も全く見せることのないユリナに対し、シュリルはその心の内が全く読めなかった。
そしてシュリルからの問いに対し、ユリナは少し考えたうえでこう答えた。
『私はたしかに婚約破棄を言い渡されるまでアルスと結婚したいと望んでいました。それゆえ婚約破棄を告げられたときは頭が真っ白になりました。しかしそこから数分もしないうちに、私はむしろ安堵の感情をおぼえたのです』
「それはいったいどういうことなのでしょうか」
シュリルはユリナの心がわからず、戸惑いながらたずねた。
『少なくとも今日の時点で、アルスはもう私のことを大事には思っていませんでした。もし、アルスがそれでも富と名声を優先して私と結婚する道を選んでいたら私はどうなっていたでしょう』
「私にはまだよくわかりません。どうかもう少しユリナ様の考えをお聞かせください」
『その場合アルスは巧みに過去の浮気の事実などを隠しつつ、私と結婚生活を送ったかもしれません。』
『しかしそれは、私が一生、『私はこの人と愛し合っているんだ』と思い込みながら、本当は私のことを大事に思っていない人と共に暮らしていくことを意味するのです』
『これが地獄でないとしたら、いったい何なのでしょうか』
「そうですね・・・ただ先ほどユリナ様がおっしゃられた『安堵の感情をおぼえた』というのが私にはまだわからないのです」
『私はアルスと婚約破棄できたことで、私のことを全く大事だと思っていない人との結婚から逃れられたのですよ。そのことに気付いたがゆえに、私の中には安堵の感情が広がったのです』
「ユリナ様の考えはよくわかりました。ですが、ユリナ様はアルスにこのようなことをされてプライドは傷つかなかったのでしょうか。ユリナ様は国中の多くの男性と女性の憧れの的です。そのようなお立場であるユリナ様を、アルスはもてあそびました。もし私がユリナ様のお立場であれば、どうしてもプライドが傷つけられたことを許せないと感じると思うのです」
『もし私が私自身のプライドを何より優先したなら、つねにアルスの身辺を調べ、他の女性の影があればその女性に圧力をかけて関係を清算させ、そのうえで『もし婚約破棄をするなら自らの家がどうなることか考えなさい』と伝え、アルスが私を裏切ることを物理的に阻止したでしょうね』
『このようにしてアルスと結婚すれば、私のプライドは傷つけられることなく守られたでしょう』
『しかしそのようなことをして結婚しても、アルスという人物は本当に私を愛する気持ちなど持ちはしなかったでしょう。私や私の父の権力を恐れて私にひざまずいたに過ぎません』
『私にとって、結婚や一生を添い遂げる相手を選ぶことはプライドの話ではないのです。私のことを心から大事に思ってくれる人と結ばれ、そして私もまたその人のことを心から大事に思える関係を築くことなのです。それは、プライドだけに固執していては得られないものです』
『私は別にプライドがないわけではなく、私の中では結婚や愛というものとプライドというものが結びつかないだけなのです』
シュリルはあまりにも冷静に振る舞えるユリナの心が理解しきれなかったが、それゆえにユリナの考えを全て聞いてみたいと思うようになっていた。
「私などはどうしてもそこまで達観できず、どうしてもアルスへの怒りで気持ちが一杯になってしまうのですが・・・。アルスがユリナ様と交際していた頃から他の女性と浮気していたことはどう思われるのでしょうか」
『もちろん絶対に許されないことです。ただ私はアルスが『行為として私を裏切った』という「形の話」よりも、彼がその頃から私のことを『あいつのことなど裏切っても、傷つけてもかまわない』と思っていたことこそが真の問題であったと思っています』
『世の中には浮気をした男性を取り戻そうと努力して関係を再構築しようとする女性もいます。無論それはその人の自由ではあるのですが・・・人間の本質というのはそう簡単に変わることはありません。それゆえ、もし私がアルスの行状を知りながら結婚していたら、私は毎日のように『この人は私と一緒にいるけど、本心では私のことを裏切ることも傷つけることも平気だと思っている』という思いを抱きながら結婚生活を送ることになったでしょう。私はそんな結婚生活は死んでも御免です』
『だから、そうですね・・・私は、もはや私のことを大事にも思っていなければ裏切ってもかまわないと思っている、そのような相手に関心を持てないのでしょう』
シュリルはユリナがもうアルスという男への関心を失っていることは理解しながらも、それでも報復や復讐の感情すらも持っていないことがどうしても不思議だった。
「ですがユリナ様。アルスによる無礼な婚約破棄は気にしないとしても、そうした感情の整理とアルスへの報復や復讐を行うことは両立しうるのではないでしょうか」
『もし私が今後もアルスと何度も顔を合わさないといけない立場であれば、アルスを国外追放する手立てなども考えたかもしれません。しかし今後アルスと私は顔を合わすこともなければ、何の接点もないでしょう。私の生活と接点のない者が、誰と結ばれようが、どんな女性関係を構築しようが、私にはどうでもいいのです』
『アルスという男は今後も多くの女性の尻を追いかけ回すことでしょう。そのような生活を送る限りは、彼は真に誰かを愛す喜びも、また愛される喜びも知ることなく生きていくのでしょう。それはある意味では、不幸なことです』
『アルスがそのような人間である以上、私が父の権力を使ってアルスの人生に打撃を与えようとも、彼は『俺はあの公爵令嬢のユリナを振ってやったんだが、そしたらユリナはフラれた腹いせに俺に執着してきて、権力で俺を潰そうとしてきた』と武勇伝のごとく語ることでしょう。彼は私が打撃を加えることすらもいい“エサ”にすることでしょう』
『私はもうアルスへの復讐などどうでもいいのですが、もし私にできる最大の復讐があるとするならば、それは私が婚約破棄に全く動じず、その後一切彼に執着しないこと・・・なのかもしれませんね』
そう言うと、ユリナは穏やかに微笑んだ。
「今、令嬢が理不尽に婚約破棄されたのを見返す話が流行ってるのか」ということを知って、「じゃあもし自分がこの令嬢&婚約破棄を題材として小説を書いたらどんな内容になるだろう」と思って書いてみた短編小説です。いかにも自分らしい作風にまとまってしまいましたが、たまにはこんな「王道を下敷きにした変わり種」もいいのではないでしょうか




