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1000光年の亡命  作者: リンダ


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最後の放送

『沈黙の星を調べる者たち』


第14話 最後の放送


メビル本星、ゼオリス第四惑星。


首都上空には、淡い金色の光が差していた。

高く伸びる観測塔。

緑の目を持つ人々。

褐色がかったペールオレンジの肌。

大きく尖った耳を揺らしながら、街のあちこちで人々が足を止めていた。


その日、メビル全域で特別報告会が行われることになっていた。


題名は、短く、重かった。


「地球調査報告」


遠い青い星。

850光年先の異常放射線惑星。

そこにかつて文明があり、その文明が自らを滅ぼした可能性が高い。


報告はすでに一部公開されていた。

だが、この日初めて、地球で回収された青いカプセルの映像と、ガイアから受け取った記録が、メビルの公用語へ正式翻訳され、一般公開されることになった。



報告会場には、評議員、科学者、教育関係者、軍事技術監査官、報道記録官、学生たちが集まっていた。


壇上に立ったのは、《エルディアス》艦長セリオス・ヴァーン。

隣には、ナディア・フェルン、ミレナ・オース、レオム・サイ、タルク・イシェン。

全員が地球を見てきた者たちだった。


セリオスは、まず静かに言った。


「我々は、異常放射線の原因を調べるために地球へ向かいました。

しかし、そこで見つけたのは単なる自然現象ではありませんでした」


大画面に映し出されたのは、地球の放射線地図。

赤く、紫に染まった高線量域。

ガラス化した大地。

金属の墓場。

地下避難施設。

核弾頭の残骸。


会場に低いざわめきが広がる。


ミレナが説明を引き継いだ。


「この星では、制御された核エネルギーが軍事利用されました。

そして、誤作動、誤認、報復、自動応答の連鎖により、惑星規模の破壊が発生したと推定されます」


彼女は一度、言葉を止めた。


「行きすぎた科学は、身を滅ぼします。

ただし、科学そのものが悪なのではありません。

問題は、恐怖と権力と軍事的均衡の中で、科学が“止められない装置”へ変えられたことです」


会場は静まり返った。



次に、ナディアが前へ出た。


「ですが、地球文明を兵器だけで記録することは、誤りです」


画面が切り替わる。


ガイア記録堂から受け取った映像。

青い海。

雪。

祭り。

駅。

子どもたちの声。

そして、青いカプセルから復元された動画。


メビル公用語の字幕が添えられる。


画面の中で、青柳光子と柳川優子が立っていた。


二人の声が流れる。

もちろん、音声は翻訳されている。

だが元の声も小さく残されていた。

翻訳しきれない間、リズム、呼吸、声の温度が、会場に伝わるように。


光子が軽くボケる。

優子が鋭く返す。

会場にいたメビル人たちは最初、戸惑った。


だが、少しずつ表情が変わる。

意味が遅れて届き、呼吸がゆるみ、あちこちで小さな笑いが起きる。


大きな耳を持つ学生が、隣の友人に囁いた。


「これが……地球の笑い?」


友人は、少し笑いながら答える。


「変だ。けど、わかる」


さらに映像は進む。

インコ一家の記録が流れる。

せきちゃん閣下の妙な堂々たる言葉。

せいちゃん姫のぷいっ。

さつまくんの空回り。

キリちゃんの冷たい一言。


今度は、会場全体に笑いが広がった。


それは爆笑というより、驚きと温かさの混じった笑いだった。


レオムが壇上で言った。


「この映像は、単なる娯楽資料ではありません。

地球文明が、人間性を保存しようとした証拠です」


ナディアが続ける。


「兵器の記録だけを見れば、地球文明は愚かな文明に見えます。

しかし、笑いの記録を見れば、彼らが何を守りたかったのかがわかります」



会場の後方では、議論が起きていた。


「これを一般公開するのは危険ではないか」

ある評議員が言った。

「核兵器の詳細や文明崩壊の過程を公開すれば、不安を煽る」


別の評議員が反論する。


「隠す方が危険だ。

地球人も、危険を制度の言葉で覆い隠した。

我々が同じことをしてどうする」


軍事技術監査官の一人が重い声で言う。


「メビルにも強力な技術はある。

我々は地球人ではないと安心するのは、傲慢だ」


教育局の代表が頷いた。


「この記録は学校で扱うべきです。

ただ恐怖としてではなく、文明の選択として」


ナディアは壇上からその議論を聞いていた。


地球の記録は、すでにメビルを揺らしている。

それは不安を生むかもしれない。

しかし、揺れない文明は、間違いに気づけない。



やがて、ガイアから受け取った最後の放送が上映された。


画面は荒い。


警報。

混乱する避難港。

泣く子ども。

荷物を捨てて走る人。

最後まで残る者。

船に乗る者。

見送る者。


その中で、誰かが歌っていた。

誰かが子どもを抱きしめていた。

誰かが泣きながら笑わせようとしていた。


そして、ノイズの向こうから声が届く。


「地球を忘れないでください」


会場から音が消えた。


さらに、別の声。


「この星で起きたことを、繰り返さないでください」


ノイズ。


「それでも、歌ってください。笑ってください」


そして最後に、青柳光子と柳川優子の声。


「泣いてばっかりやと、未来が寂しくなるけんね」


「笑える世界を、ちゃんと守ってね」


映像が途切れる。


誰もすぐには拍手しなかった。

ただ、多くの人が黙っていた。

その沈黙は、拒絶ではない。

受け止めるための沈黙だった。



報告会の最後、セリオスは壇上に戻った。


「地球は、滅びました。

しかし、地球の記録は我々に届きました」


彼は、会場全体を見渡す。


「この記録を隠すことはできます。

不安を避けるために、忘れることもできます。

ですが、それは地球文明が犯した過ちの一部を、我々がなぞることになります」


大画面に、三つの映像が並ぶ。


核弾頭の残骸。

深海で戻り始めた生命。

青柳光子と柳川優子の笑い。


セリオスは言った。


「地球は我々に三つのものを残しました。

ひとつは、警告。

ひとつは、生命の粘り強さ。

そしてもうひとつは、笑いです」


ナディアが続ける。


「笑いは軽いものではありません。

地球人は、滅びの直前にも笑いを残しました。

それは、彼らが最後まで人間であろうとした証です」


タルクは深海映像を見ながら言った。


「星は、簡単には終わらない。

だが文明は、たった一つの仕組みの連鎖で終わることがある」


ミレナが言う。


「だからこそ、行きすぎた科学を制御する仕組みが必要です。

科学を捨てるのではなく、恐怖の道具にしない仕組みが」


レオムが最後に言った。


「地球文明を、愚かだったとだけ言うのは簡単です。

しかし、それでは学べません。

彼らは笑い、愛し、歌い、そして滅びました。

その全てを記録しなければ、我々は本当の警告を受け取れない」



報告会のあと、メビル本星では大きな議論が巻き起こった。


地球記録の全面公開を求める声。

子どもに見せるには重すぎるという声。

軍事技術の見直しを求める声。

科学教育の中に倫理を組み込むべきだという声。

そして、青柳光子と柳川優子の映像に感動した若者たちからは、思いがけない反応も出た。


「地球人は滅びた文明ではなく、笑っていた文明だった」

「だからこそ、失敗を笑い飛ばしてはいけない」

「私たちも、自分たちの科学をどう使うか考えたい」


メビル公用語に訳された二人の掛け合いは、文化資料として公開されることになった。

ただの娯楽映像ではなく、**“滅びた文明が残した人間性の記録”**として。



その夜、《エルディアス》の一行は、メビル本星の記録保管院で地球資料の最終登録に立ち会った。


登録名は、評議会で正式に決められた。


地球文明崩壊記録群

および

青色文化保存体


その中でも、光子と優子の映像には別の副題がつけられた。


笑いによる人間性保存資料


ナディアはその名を見て、少しだけ微笑んだ。


「彼女たちが聞いたら、きっと照れるでしょうね」


レオムが言う。


「いや、片方は胸を張って、もう片方が突っ込むんじゃないか」


タルクが思わず笑った。


「それが正しい保存方法かもしれないな」


その小さな笑いが、静かな保管院に響いた。



第十四観測記録。


メビル本星にて、地球調査報告会を実施。

地球で回収された青色保存体、およびガイア記録堂から提供された映像資料を、メビル公用語へ翻訳し公開。

核兵器と過剰な軍事的均衡が文明を滅ぼした危険性、ならびに行きすぎた科学が恐怖と結びついた時の破滅性を報告した。


同時に、青柳光子・柳川優子を中心とする笑いの映像資料は、文化的価値を持つ記録として公開された。

これは、地球文明が破壊だけの文明ではなく、笑い、歌い、人を思いやる文化を持っていた証拠である。


メビル社会では、地球記録の公開をめぐる議論が始まった。

文明は、過去を直視できるのか。

その問いは、今や地球だけのものではなくなった。


記録は保存された。



最後に、メビルの夜空が映る。


850光年先に、地球は見えない。

だが、その記録は届いた。


滅びゆく星から、未来へ届けられた声。

その声は、メビルで新しい問いになった。


科学は何のためにあるのか。

強さとは何か。

平和とは何か。

そして、笑える世界を守るとはどういうことなのか。


遠い地球の最後の放送は、終わったのではない。

ようやく、別の星で聞かれ始めたのだった。



第14話・終

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