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1000光年の亡命  作者: リンダ


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静かな大陸

『沈黙の星を調べる者たち』

 第3話 静かな大陸


 降下艇ハルミアが大気圏へ入ると、機体の外殻を薄い火が流れた。


 振動は小さい。

 《エルディアス》の技術なら、もっと荒々しい突入にも耐えられる。

 それでも乗員たちは、誰も無駄口を叩かなかった。

 これから向かうのは、ただの未踏地ではない。

 知的文明がかつて存在し、そして自らに傷を負わせた痕跡の上だ。


 操縦席でセリオス・ヴァーンが降下角を微調整する。

 隣でミレナ・オースが線量計の変化を見つめていた。

 レオム・サイは膝の上の記録端末を握りしめたまま、ずっと前を見ている。

 タルク・イシェンは表向き平静だが、足先だけが落ち着きなく揺れていた。

 ナディア・フェルンは最後尾で全員の様子を見ながら、短い記録を音声入力していた。


「高度、三万二千」


 操縦補助AIの声が響く。


 観測窓の外に、大陸の輪郭が広がる。

 だがそれは、調査記録で見ていたよりさらに奇妙だった。


 乾いている。

 そして平らではない。

 かつて平野だった場所が波打ち、都市があったはずの低地は奇妙に盛り上がったり、逆に深く沈みこんだりしている。

 ところどころに黒ずんだ帯が走り、その縁を不自然な白灰色の地帯が囲んでいた。

 植物らしいものはある。

 だがまばらで、地表を覆うにはほど遠い。

 まるで星の表皮が、何度も焼かれ、削られ、ようやく薄く再生しかけている途中のようだった。


「線量、上がるぞ」

 ミレナが低く言う。


 前方モニターに表示された数値がじわじわ上昇していく。

 危険域ではない。

 だが“普通”でもない。


「局所ピーク確認」

 補助AIが告げる。

「降下予定地点、半径四・七キロ圏に高密度残留域」


 レオムが即座に反応した。

「それが例の傷の中心か」


「中心の一つでしょうね」

 ミレナが答える。

「しかも浅層だけじゃない。地下からも微弱反応がある」


 セリオスは短く言った。

「予定通り降りる。安全域ぎりぎりまで接近」


 艇体が傾く。

 空の色が変わる。

 雲を抜けた先に見えた地表は、思っていた以上に静かだった。


 静か、というより、音を失っていた。


 海は遠い。

 風は吹いているはずなのに、その動きに生命の気配が乗っていない。

 鳥もいない。

 大きな獣もいない。

 虫の群れも見えない。

 あるのは、乾いた大地と、低く這うような植生と、所々に突き出た黒い構造物の残骸だけだ。


「……本当に、何もいないな」

 タルクが呟く。


「“何も”ではない」

 ナディアが静かに返す。

「ただ、私たちの知る地表ではないだけ」


 やがて降下艇は、半ば埋もれた平坦地へ着陸した。

 着地の衝撃は柔らかい。

 だがその瞬間でさえ、この星は何の反応も返さない。

 歓迎も、拒絶もない。

 ただそこにあるだけだ。


 ハッチが開く。


 最初に降りたのはセリオスだった。

 続いてミレナ、レオム、タルク、ナディア。

 全員が防護装備を整え、外気分析と線量モニターを稼働させる。


 地表の空気は意外だった。

 有毒ではない。

 酸素も微量ながら安定して存在し、呼吸補助なしでも短時間なら活動可能と出ている。

 だが誰も装備を外さない。

 問題は“吸えるか”ではなく、“住めるか”だからだ。


 ミレナが膝をついて土壌を採る。

 細かな灰と砂、その下に硬く焼き締まった層。

 さらにその奥に、不自然な粒子の混じった変質帯。


「高熱の痕が強い」

 彼女はスキャナーを走らせながら言う。

「しかも単純な表面燃焼じゃない。衝撃と熱と放射線が同時に入ってる」


 レオムは少し離れた場所へ歩いていった。

 そこには、岩ではない“何か”が地面から斜めに突き出していた。

 黒く、角が溶け、表面に細かい線状の模様がある。

 彼はその表面をそっと払う。


「……人工物だ」


 セリオスが近づく。

 レオムは指先でその輪郭をなぞった。


「建築材の一部か、あるいは大型構造物の骨格。

 かなり高密度の合金だ。自然形成じゃない」


 タルクは周囲を見回していた。

 彼は生き物を探す癖がある。

 けれどここには、目に見える動的生命がほとんどない。

 低く張り付くような膜状の先駆植生が、岩陰に薄く広がっているだけだ。


「1億年経って、これか……」


「地表には長く毒が残ったのよ」

 ミレナが立ち上がる。

「この星は“生き返るな”って言われ続けてきたようなものだわ」


 その表現に、誰も笑わなかった。


 調査隊は予定地点から半径一キロ圏の探索を始めた。


 地形は奇妙だった。

 盛り上がった丘のように見える場所が、近づくと崩れた建造物群の集合体だったりする。

 逆に浅い盆地の底には、ガラス化した平面が広がっていたりする。

 自然が上書きしている。

 だが完全には隠しきれていない。

 文明の死骸が、地球の地質の中途半端な一部になっている。


 レオムが足を止めた。

 彼の前には、ほぼ地面と一体化した円形の縁があった。

 土と灰の中から、ほんのわずかに規則的な曲線が覗いている。


「こっちだ」


 全員が集まる。


 ミレナが簡易掘削器を起動し、表土を慎重に取り除く。

 やがて、円形の輪郭ははっきりした。

 直径一・五メートルほど。

 金属とも石ともつかない、灰黒色の滑らかな表面。

 真ん中には複数のロック機構のようなものが残っている。


「カプセル……?」

 タルクが言った。


「容器型の埋設構造だな」

 レオムがしゃがみ込む。

「避難用、記録用、保管用……用途はまだわからん」


 ミレナの線量計がわずかに跳ねる。

「ここ、周囲より地下反応が強い。

 でも表面汚染は意外に少ない」


「密閉されてる可能性があるってこと?」

 ナディアが問う。


「ええ。

 しかもかなり深く埋め込まれてたはず。地殻変動でここまで押し上げられたのかもしれない」


 セリオスは一度周囲を見回した。

 風。

 沈黙。

 人工物の残骸。

 そしてこの、奇妙に保存されたカプセル。


「開けられるか」


 レオムが表面を走査する。

「物理破壊は避けたい。内部保存媒体が死ぬ可能性がある」


 ミレナが別の角度から測る。

「ロック機構はほぼ機能停止。

 ただ、外殻の一部が異常に厚い。放射線遮蔽も兼ねてるわね」


「記録保存用途の可能性が高いか」

 ナディアが言う。


 レオムは頷く。

「文明崩壊時に何かを残そうとした。十分ありえる」


 その言葉に、空気が変わった。


 ここにいるのは、滅びた文明の残骸を見に来た調査隊だ。

 だがもしこのカプセルが記録用なら、

 それは“残骸”ではなく、“意志”かもしれない。

 誰かが未来へ向けて埋めたものだ。


 セリオスが決断する。

「開封は艦内でやる。

 固定して搬送」


「この場所、記録残します」

 ナディアが言う。

「正確な座標と環境値を全保存」


 彼女は短く音声記録を開始した。


 地表調査記録。

 対象地点は旧文明中枢域の一部と推定。

 人工埋設物を発見。

 用途は未確定だが、保存意図を伴う可能性が高い。

 これは、死後の偶然の残存ではなく、

 “残そうとした痕跡”かもしれない。


 その最後の一文を聞いた時、タルクはなぜか少しだけ胸が詰まるのを感じた。

 この星は、ただ壊れたのではない。

 壊れながらも、何かを残そうとした。

 それは深海の微生物と同じだ。

 小さくても、続こうとする意志。


 搬送作業が始まった。


 カプセルは見た目より重かった。

 それでも重力補助フレームを使えば動かせる。

 外殻に傷をつけないよう、慎重に地表から切り離し、降下艇へ載せる。


 その最中、レオムがふと立ち止まった。

 カプセルのあった穴の底に、何か薄い板状のものが挟まっている。


「待て」


 彼は手袋越しにそれを摘み上げた。

 半ば炭化し、層が剥がれ、読める情報はない。

 だが表面に、ごくかすかに記号らしきものが残っている。


「これも人工物だ」

 彼はそう言って、太陽光にかざした。

 ひび割れた表面の中に、丸みを帯びた線と角ばった線が混在していた。

 文字か。

 記号か。

 標識か。

 今はまだわからない。


 ミレナが周辺地層を確認する。

「この地点、地表からかなり深いところにあったみたい。

 普通の保存庫じゃない。相当意識的に埋めてる」


 ナディアが聞く。

「何をそんなに残したかったのかしら」


 誰も答えない。


 だがその問いは、全員の中に残った。


 《ハルミア》が離陸すると、地表の静けさがまた遠ざかっていく。

 上空から見下ろしたその場所は、何の変哲もない灰色の一帯にしか見えなかった。

 だが彼らはもう知っている。

 あの下には、文明が最後に守ろうとした何かが眠っていたことを。


 艦内へ戻る搬送区画で、固定されたカプセルが無言で横たわっている。

 表面は摩耗しきっていて、装飾も識別もほとんど残っていない。

 なのに妙な存在感があった。

 まるでそれ自体が、「まだ終わっていない」と主張しているようだった。


 レオムが小声で言う。


「これが何かわかったら、あの文明の見え方も変わるかもしれない」


「変わってほしいの?」

 ナディアが聞く。


 レオムは少し考えてから答えた。

「断罪だけで終わる文明だったとは、思いたくない」


 タルクが意外そうに笑う。

「ずいぶん感情移入してるな」


「お前だってそうだろ。深海の微生物見て、ずっと機嫌いいじゃないか」


 タルクは否定しなかった。


 セリオスは少し離れた位置から、二人のやりとりを聞いていた。

 その前でカプセルは黙っている。

 けれど、沈黙の重さが第1話の地球そのものの沈黙とは違うことに、彼は気づいていた。


 惑星の沈黙は、わからなさだった。

 このカプセルの沈黙は、まだ開いていない答えだ。


 艦橋へ戻る前、セリオスは搬送区画の記録板に自ら一文を入力した。


 回収物一号。

 旧文明中枢域、埋設保存体。

 発見地点は、かつて“何かが立っていた場所”と推定される。


 そのあと、一瞬だけ手を止める。

 そして付記する。


 保存の意志が確認された以上、

 この文明を単なる自壊の記録として扱うのは早計である。


 記録板が閉じる。


 その頃、ミレナはカプセル外殻の微量サンプルを即席分析していた。

 結果は予想以上に興味深い。


「艦長、これ見て」


 セリオスが振り返る。


「外殻材に、異常な耐久仕様があります。

 熱、圧力、放射線、酸性環境、長期埋設……全部想定してる。

 ここまでやるのは、“絶対に残したいもの”が入ってる時だけよ」


 レオムの目が光る。

「文明の墓標じゃない。

 アーカイブだ」


 ナディアが静かに言う。

「この星は、自分たちの最後を知っていたのかもしれませんね」


 誰も否定しない。


 艦内時刻、深夜相当。

 《エルディアス》は周回を続ける。

 カプセルは解析区画へ運ばれ、厳重な隔離下で開封準備に入る。


 そしてナディアは、その日の最後の記録を残す。


 第三観測記録。

 地表降下により、旧文明中枢域の一角で人工埋設保存体を回収。

 発見地点は、かつて文化・通信・あるいは集団活動の中心であった可能性がある。

 もしこの保存体が記録を保持しているなら、

 我々は初めて“彼らが何を残そうとしたのか”を知ることになる。


 彼女は少しだけ迷ってから、最後にもう一文だけ足した。


 この星は、沈黙しているのではない。

 ただ、まだ開かれていないだけかもしれない。


 窓の外では、地球が変わらず静かに回っていた。

 風しかない大地。

 深海で息づく生態系。

 そして、かつて爆笑発電所の本社が立っていたあたりの深くに埋められていた、一つのカプセル。


 それが次に何を語るのか。

 まだ誰も知らない。


 だが少なくとも、調査隊の見方はこの日で少し変わった。


 この星は、ただの廃墟ではない。

 ここには、まだ“届けようとした何か”が残っている。


 第3話・終


 次は第4話「沈んでいる生命」で、

 深海側の回復と、カプセル開封前の並行調査を重ねながら、

 “星は死んでいないが、文明は死んだ”という感触をさらに強められる。

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