表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1000光年の亡命  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/47

似た星、似た人

第三十章 似た星、似た人



最初の接触から数日が経っても、アーク・レヴァナントの乗員たちは、まだガイア人の顔を見るたびに少しだけ息を呑んでいた。


驚くほど似ている。

近い。

地球人と並んでも、遠目には区別がつかない瞬間すらある。

もちろん細部は違う。

顔の骨格の流れ。

瞳の光の乗り方。

肌の下にある血色の感じ。

身体の重心の置き方。

発声器官の細かな癖。

そうしたところに、“同じではない”ことは確かにある。


だがそれでも、まず受ける印象は一つだった。


人間に似ているではなく、

人間そのものに近い。


その感覚に、アーク・レヴァナントの乗員たちはまだ慣れきれずにいた。

そして向こう――ガイア人たちも同じだった。


接触室の観察ログには、彼らの最初の反応がいくつも残っていた。


視線が止まる時間。

顔の細部へ向ける観察。

わずかな呼吸の乱れ。

翻訳機を通さない短い囁き。

それらはどれも、驚きと戸惑いの痕跡だった。


「本当に、外から来た者たちなのか」

最初の問いに滲んでいたものは、敵意だけではなかった。

こんなにも自分たちに近い存在が、別の星から来るはずがあるのか、という困惑だったのだと、いまならわかる。



DNA一致率99%という数字は、その困惑をさらに深くした。


高峰悠真は何度も解析を回し直した。

汚染はないか。

サンプル取り違えはないか。

翻訳系統の誤接続はないか。

だが結果は変わらない。

地球人とガイア人は、遺伝子レベルで驚異的に近い。


「似た環境では、似た進化を遂げる」

白石凛が、何度目かの検討会で静かに言った。

「少なくとも、“似ていること”自体の説明としては、それが一番自然なんだと思う」


レイはその言葉を聞きながら、窓の外のガイアを思った。

大気組成。

重力。

水圏。

植生。

日照条件。

気温帯。

どれも地球に近い。

ならば、生命が似た方向へ進化する可能性が高まるのは理解できる。


高峰も頷いた。

「完全な証明にはならない。

でも、環境が近ければ、立体視を持つ前方配置の感覚器官とか、重力下で効率のいい四肢配置とか、そういう収斂は起こり得る」


「収斂進化」

沙月が呟く。

「似た星が、似た形の生き物を作る」


「少なくとも、それを第一仮説にするしかない」

久我が言った。

「いま無理に“共通起源”だの“古代移住”だのを前提にするよりはな」


レイはその整理に救われた。

わからないことを、わからないまま置く。

でも、目の前の事実を受け止めるための仮説は持つ。

それがいまの文明的な態度なのだと思った。


そして、この“似た環境では似た進化を遂げる”という考えは、少なくともガイア側にも受け入れやすい説明だったらしい。

彼ら自身も、最初の戸惑いをそこへ一度預けようとしているのが、翻訳越しの発言から少しずつ見え始めていた。



本格的な名乗りは、その数日後に行われた。


まだ大規模な交流ではない。

限定された接触室。

少人数。

翻訳機越し。

でもそれは、ただの“代表者会談”よりずっと大事な時間になった。


なぜなら、ここで初めて、互いが“文明”としてではなく、“個”として向かい合うからだ。


ガイア側の代表として現れたのは、五人だった。


最初に前へ出たのは、落ち着いた目をした女性。

地球で言えば三十代半ばにも見えるが、実年齢はまだわからない。

彼女は翻訳機を通して、ゆっくりと名を告げた。


「私の名は、あなたたちの音に近づけるなら――アルシア・レン」


翻訳機が音を少しずつ整え、船内の記録系へ登録していく。

アルシア・レン。

対外接触の中心に立つ人物らしい。

話すときの呼吸が穏やかで、慎重に言葉を選ぶタイプだとレイはすぐに感じた。


次に出たのは、背が高く、やや鋭い眼差しをした男性。

彼はわずかに顎を引いて名乗る。


「セリウス・カーン。

生態系保全部門を預かっている」


生態系保全。

なるほど、とレイは思った。

あの厳格な検査の中心にいたのはこの人なのだろう。

表情は硬いが、嫌悪ではなく責任の重さをまとっている顔だった。


三人目は、細身で目の動きが速い女性。

翻訳機の反応を細かく確認しながら話す。


「ミレア・トス。

言語と意味の調整を担当する」


高峰が小さく頷いた。

この人が翻訳系統の向こう側にいたのかと、少しだけ納得した顔だった。


四人目は、穏やかな声の男性。


「イリオス・ヴェン。

医療生体解析を担当する」


沙月が、その名を聞いて姿勢を少し正した。

医療に関わる人間同士が持つ、独特の警戒と敬意の入り混じった空気が流れる。


最後に、やわらかな雰囲気をまとった女性が一歩前へ出た。


「ナディア・フェル。

都市環境の調整を担当している」


都市環境。

レイは、その言葉に少しだけ興味を惹かれた。

あの自然と調和した街を、どういう思想で作っているのか。

その答えの一端を、この人は持っているのかもしれない。


ガイア側が名を告げ終えると、今度はアーク・レヴァナント側が応じた。


久我颯人。

朝倉レイ。

高峰悠真。

白石凛。

橘沙月。


翻訳機越しに名が交換される。

それはたったそれだけのことなのに、空気を変えた。

“地球人代表”と“ガイア側担当者”ではなく、

久我とアルシア、

レイとミレア、

高峰とセリウス、

凛とナディア、

沙月とイリオス。

名前のある他者へ変わる。


それだけで、世界は少しだけ柔らかくなる。



会話は、最初の数回よりずっと安定していた。


翻訳機は完璧ではない。

細かなニュアンスや比喩は時々取りこぼす。

だが大意は伝わる。

互いに短く話し、確認し、言い換え、また聞き返す。

その繰り返しで、少しずつ“会話らしさ”が育っていく。


ミレア・トスが、翻訳機越しに少し笑った。


「あなたたちの音の流れは、最初より認識しやすくなった」


高峰も答える。

「こちらもです。

最初は全部が一続きに聞こえていた」


アルシア・レンは、そのやり取りを見てから言った。


「誤解が減るのは良いことだ。

誤解は、防衛より先に争いを生むことがある」


その一言に、レイは強く頷きたくなった。

地球でも、本当ならそういう言葉がもっと早く共有されるべきだったのだ。



接触の数日後には、食事の試験も始まった。


もちろん、いきなり自由な共食ではない。

生体反応、消化適応、代謝負荷、アレルゲン候補、微量毒性、相互作用。

すべてを細かく見ながら、少量ずつ試す。


最初に出されたのは、ガイア側の基本栄養食の一つだった。

柔らかい灰緑色の薄い塊と、香草に似た香りのある温かい液体。

見た目は地球人の食欲を直撃するものではない。

むしろ高峰は見た瞬間に「正直ちょっと勇気いるな」と小声で言った。


沙月が先に一口いく。

そのあとレイ。

凛。

久我。

高峰も覚悟を決める。


味は、想像と違った。

薄い。

だが薄さの中に、海藻にも豆にも似たうまみがある。

液体のほうは、ハーブとスープのあいだみたいな味だった。

完全に地球食ではない。

けれど“食べ物として成立しない”わけでもない。


レイが少し驚いていると、ナディア・フェルが翻訳機越しに言った。


「急激な刺激を避けた調整食だ。

我々の通常食は、もう少し風味が強い」


高峰が思わず言う。

「これで調整食なのか」


ミレア・トスが少しだけ口元を緩める。

「そちらが最初に出した保存藻類も、我々にはかなり挑戦的だった」


その返しに、初めて接触室全体で小さな笑いが起きた。

ガイア人も、地球人も。

ほんの一瞬。

でも、それはとても大きかった。


食べる、という行為がここまで関係を変えるのかと、レイは思った。

言葉だけではなく、同じ卓で“これはどうだ”と様子をうかがいながら口に入れる。

その不格好な共有が、翻訳機以上に相互理解を進めることがある。


その後も少しずつ、ガイアの食事が試されていった。

根菜に似たもの。

発酵を思わせる調味。

海由来らしいゼリー状の副菜。

香りの強い葉。

慣れるのに時間はかかった。

だが、驚くほど拒絶反応は少なかった。

少しずつではあるが、クルーはガイアの食事に慣れていった。


それは、身体が“ここで生きる可能性”を受け入れ始めたことでもあった。



やがて、外周観察廊のさらに先、限定された外気調整区域への移動も許可された。


まだ完全な自由歩行ではない。

だが、隔離施設の内壁越しではなく、もっと近いところでガイアを感じられる。


朝倉レイは、その区域に出た瞬間、思わず立ち止まった。


風があった。


船内循環の風ではない。

機械の匂いを持たない風。

湿り気。

土と葉の香り。

遠くの水の匂い。

それが混ざって、肺の中へ入ってくる。


「……風」

レイは、無意識にそう呟いていた。


ナディア・フェルが、それを聞いて不思議そうな顔をする。

翻訳機越しに言う。


「あなたたちは、長く人工循環の中にいたのか」


「はい」

レイは答える。

「とても長く」


ナディアは少しだけ目を細めた。

「それなら、最初に驚くのは風かもしれない」


その言葉が妙にやさしく響いて、レイは少しだけ胸が熱くなった。


隔離施設の外を見渡す。

緑豊かな大地。

低く波打つ丘。

木々の群れ。

その間を縫うように配置された建築群。

直線だけではなく、地形に沿って曲がり、地面を切り刻まずに組み込まれた街。

人工物なのに、押しつけがましさがない。

自然に溶け込んでいる。


「……すごい」

白石凛が、また同じ言葉を漏らした。


今度はただの驚きではなかった。

羨望に近い何かが混じっていた。


「地球の都市は、自然の上に勝とうとしすぎたのかもしれない」

凛が言う。


ナディア・フェルは少し考えてから答えた。


「勝つ、という考え方は、我々には危険な言葉だ。

環境に勝つことは、環境の方に負債を作る」


翻訳機越しでも、その言葉の重さは伝わった。

レイは、灰になった地球の都市群を思い出す。

コンクリート、鋼鉄、地下、遮蔽、フィルター、武装、管理。

守るために固める。

固めるほど脆くなる。

その果てを、彼女たちは見てきた。


ガイアの街は、別の答えを選んでいた。



その日の終わり、教育保護区画への映像中継では、子どもたちが興奮気味に問いを投げていた。


「木はどんな匂い?」

「空は地球と似とる?」

「地面やわらかい?」

「ほんとに変な鳥おる?」


最後の質問に、レイは思わず笑った。

「まだ見てない」


サラが悔しそうに言う。

「絶対おるって」


レンも頷く。

「おらんわけない」


コハルは、すでに新しいページにガイアの丘と木々を描き始めていた。

ミオは「かぜ、ってどんな味?」と聞き、ユイに「味ではなかろうもん」と突っ込まれていた。


そういうやり取りを見ながら、レイは思った。

ここはもう、単なる受け入れ審査の場ではない。

少しずつ、未来の話が始まっている。



その夜、朝倉レイは記録端末を開いた。


今日、ガイア人との接触が進んだ。

見た目は地球人と驚くほど似ており、向こうもまた、初めて見る地球人に自分たちが似ていることへ強い驚きを示した。

“似た環境では、似た進化を遂げる”

それが、今のところ一番受け入れやすい仮説になっている。

互いに名を名乗った。

アルシア・レン。セリウス・カーン。ミレア・トス。イリオス・ヴェン。ナディア・フェル。

名前があることで、相手は文明ではなく人になる。

大気成分は当初の分析とほぼ一致し、DNA一致率は99%。

翻訳機越しだが、会話も成り立ち始めた。

さらに、ガイアの食事も少しずつ試し、クルーはゆっくりと慣れ始めている。

そして隔離施設の外周から見たのは、緑豊かな大地と、自然に調和した街だった。

地球では失われたものが、ここではまだ息をしている。

そのことが、今日はただ眩しかった。


書き終えると、レイはしばらく端末を閉じなかった。


灰の故郷。

問いを返す新しい星。

似た人々。

違う文明。

そして、風。


この先どうなるのかは、まだ何もわからない。

けれど少なくとも、ここには本当に“次”がある。

その感覚が、今夜ははっきりあった。



第三十章・終


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ