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エイリアンの卵 補足

作者: 豆苗4

Q1 なぜ宇宙人並びに如何とも形容し難い隣人を住まわせなくてはならないのか? 

 住まわせなくてはならないのではなくて、もう既に住んでしまっているんです。私はそれに名前をつけられずいつもモヤモヤしているのです。だからそれに相応しい理由を探しているだけなのです。適当な理由が必要なのは、それがないと耐えられないぐらい我々は脆いからです。


Q2 わざわざそんなことをしなくたって生きていけるのではないか? 現にこうして暮らしていけているわけだし、そんなことをする意義なんてこれっぽっちも存在しないではないか? そもそもこんなことを考えること自体ナンセンスではないのか? 他のもっと有意義なこと、実のあることにリソースを割いた方が合理的ではないのか?

 生が合理主義だと良いですね。宇宙人もその意見に賛同してくれるともっと良いですね。


Q3 なぜ彼の周りには宇宙人しかいないのか?

 宇宙人の皮を被った地球人なのか、それとも地球人の皮を被った宇宙人なのか。周りが宇宙人だとしたら彼も宇宙人で、周りが地球人なら彼も地球人なのでしょう。彼だけが外れ値である可能性はごくごく僅かなのですから。彼がそうなのと同じぐらい他者もそうであると言えるはずです。誰にとっても。そうでなければ宇宙人なんているはずありませんから。


Q4 なぜ他者にも同じように感じられるのだろうか? なぜ彼にとって他者は遠く感じられ、そしてそれと同様に他者にとって彼は遠く感じられるのだろうか?

 他者とは鏡です。でも、他者そのものが鏡なのではなく、他者に都合の良い願望を押し付け、そこにたまたま鏡の役割を見出しているに過ぎないのですが。私と鏡は一定の距離を保っております。近すぎず遠すぎず。余りにも近いと姿を見失いますし、遠すぎると姿がゴマ粒みたく小さくてかないません。これは鏡との距離の話で他者との距離ではありません。他者との距離とは鏡に映った像との距離のことを指します。鏡と像とのずれのこと。そう、いつもどこかずれていること。嘆きたくなるほど頓珍漢であること。これらは他者の性質ではなく、他者そのものなのです。誰にとっても他者は常にずれていることでしょう。あんぐりと口を空けた鏡に呑み込まれでもしない限り。


Q5 なぜ一旦は他者は余りにも遠いと言ったのに、他者は余りにも近いと言ったのか? 近くて遠いとはどういうことなのか? 遠いとは何が遠く、近いとは何が近いのか?

 ここで言う近いと遠いとは全く別物なのです。数直線上の2点として表されるのではなく、両者の関係はねじれているのです。遠いとは言葉通りまさしく距離のことを指しており、近さとはまた別の……別のものなのです。では何が近いのか……う〜ん……上手く言えないですね。近いんですよ、とにかく。強いて言うなれば音が、リズムが似通っている……際限が……ないこと……。我々の二重螺旋がぶつかり、そして混じり合うかのような「錯覚」を受けたのです。歴史が……混沌とした歴史が一瞬にして遡上するかの如く。でも、これは完全に"間違い”でもある「錯覚」と言って差し支えないでしょう。


Q6 我々の根っこに横たわっている"大きなもの"とはいったいどのようなものなのだろうか? 

 う〜ん。なんて言ったらいいんですかね……あっ、そうそう。あんぱんですよ。あんぱん。ふざけてる? そんなことないですよ。そっくりじゃありませんか。ねっ? そうは思いませんか? 全然分からない? ちょっと想像してみてくださいよ。我々の根っこがみんなあんぱんから生まれてきている様子を。そんな気味悪い物を見るような目でこっちを見ないで下さいよ。いつからアンチあんぱん教に入信しちゃったんですか? あんぱん良くないですか? ダメか……。別に何だって良いんですから。言葉を凝り固まった概念から引っ剥がせれば別にどんなものでもね。


Q7 果たして本当に異邦性は我々の連絡を遮断しているのだろうか? 

 してないですね。むしろ停滞どころか促進させていると言って良いでしょう。同じような意見の人々で集まったらその後どうなるか分かりますよね? 


Q8 我々は何か一つの偉大なものに統合しようとしているのだろうか? 全ての生はその運動としてひとつに集約されると言えるのだろうか? 我々は離れているのだろうか、近づいているのだろうか、それともそのどちらでもないのだろうか? 

 我々はひとつに統合される"べき"だとは思っていません。エヴァンゲリオンの人類補完計画のように。あまりにも窮屈そうじゃありませんか。そうではないし、そうなることもないでしょう。ここで言いたいのは、それらに直接的に向かうわけではなく、間接的に、消極的にそうだと言えるのではないかということです。足跡から……別に我々のでなくとも構いませんが、とにかく何かの足跡からそれらを浮かび上がらせることが可能なのではないのか? そして、それが我々を救済することはないにせよ、運動そのものが何かを捉えているのではないかと。ひとつの生とは何かの始まりからその終わりまでを指します。それに伴い我々は離れて、そしてそれと同時に近づいていくのです。我々はいつもどこかずれている。何から? 生そのものから。


Q9 生とは何の為にあるのだろうか? ある偉大な目的のためではないとすればそれは何の為にあるのか?

 なぜ走るのか? 何の為に……? なぜ踊るのか? なぜ演技をするのか? そして一体なぜ靴を磨くのか……。形而上学は力を失ったとはいえ、まだ微かに息をしています。行為の目的はただ行為することにあるのではありません。しかし、行為以外のものへと開かれている訳でもありません。行為とは行為の中にある目的を探し出し実践することではなく、非存在を存在へと引っ張り上げ生産することなのです。非存在とはつまり……


Q10 まやかしとは異邦性のもたらす鳴き声みたいなものだとはどういうことか? まやかしとは何を指しているのか?

 異質なノイズが意味を持つのです。まやかしとは仮初の輪郭なのです。ぼやけて滲んだ境界面です。


Q11 他者との距離がなぜ我々の欠片になるのか?

 他者との距離とはすなわち我々の成分なのです。我々は延長されてそこにあるのです。私とは一つの物体ではなく、複数の総体なのです。だから当然他者も含まれています。


 ……私の内側に他者を含んでいる? そんなバカな。そんなはずない。他者とは私になり得なかった私であり、私とは他者のなり損ないである。私と他者は不可分に分かたれており、それが交わることなど万に一つも起こり得ない。他者は永遠に他者のままであり続けるのだ。いつまでも! 


 ......はぁ……そうですか……。別に内側とは言ってないですけどね。 他者のまなざしが外側からであろと内側からであろうと大した違いはないはずです。内外の区別などまさしく”まやかし”に過ぎないのです。距離が、混じり合うことのない距離が、ねじれているはずの距離が、私の内から外から絶えず出現し、私を形作っていたのです。


Q12 "私や彼ら彼女らはエイリアンの働きによってオーバーレイされている"とはどういうことか?

 異邦性の働きによって我々は重ね合わさることに辛うじて成功しました。踊ることによって。歌うことによって。眠ることによって。遊ぶことによって。絵を描くことによって。道路を掃くことによって。我々は余りにも近くにいました。それこそ心臓の鼓動がぴったりと同期するほどに。しかし、それは余りにも近すぎました。代償として多くのものを失いました。非常に多くのものを。失うことはいつも悪いことばかりではありません。ですが、それは余りにも辛いものでした。我々は気づかないうちに傷を負いました。決して消えることのない傷を。その痕跡はチラチラと揺らいでいるでしょう。我々はそこに逃げ込みます。その塞がれることのない傷へと。しかし、それは確固たる証拠でもあるのです。


Q13 "我々をエイリアンの一器官としてみれば他者は果てしなく遠く感じられ、それらが脱落すれば余りにも近く感じられる"のはなぜか?

 他者とは腕の延長線上にあり、そして心臓の裏側にいるからです。


Q14 "理解不能な隣人が金切り声で叫ぶ意味不明な文言がひょっとしたら私の心臓を駆動させているのかも知れない"とはどういうことか?

 何が我々の心臓を鼓動させているのでしょうか? 音楽? 絵画? 踊り? 歴史? 他者? 社会? 文学? 資本? 食物? エネルギー? 太陽? 月? 遠くの星々? 太古の壁画? 文字? 愛? 欲望? 大地? 運命? ゴールテープ? 号砲? 筋肉? 神経? 細胞? 二重螺旋? サンドウィッチ? アップルパイ? それとも幽霊? 何はともあれそれが何か分からないうちはそういうことにしておきましょう。その方がずっとましです。


Q15 我々は形容し難い何かを前にしてどのように振る舞えば良いのだろうか?

 踊りましょう。歌を歌いましょう。文字を記しましょう。ものを描きましょう。精一杯走りましょう。靴を丁寧に磨きましょう。演技をしましょう。そしてたっぷりと眠りましょう。何故それをするのかおぼろげに分かるようになるまで。


Q16 なぜ"それらはいつまでも待ち続けている"と言えるのか?

 なぜ……って? 難しいこと聞きますね。待っているから……じゃダメですよね? そうですよね……よく分かりません。待っている……待っていない……待っている……待っていない……。我々の一挙手一投足にはそれらがこびりついているように思えます。少なくとも踊っている間には。痕跡が我々の手足を運動せしめるのです。我々の間で認められるその時を待っているかのように感じられるのです。それを僅かにでも認めた瞬間、あっという間に泡となって消えるのですが……それらは何を待っているのでしょうか? そしてそれらとは我々のことでもあるのですが、我々は何を待っているのでしょうか?


Q17 "いつかそして唸るほど昔に"とはどういうことか? なぜ時間軸がひん曲がっているのか?

 時間はまっすぐに進むのでしょうか?


Q18 なぜそれらは"いつかそして唸るほど昔に我々の指となり、爪となり、足となり、目となり、鼻となり、耳となり、萌芽となり、歌となり、ひいてはカラカラに干からびた我々の心臓を駆動させる、その時を"待っているのか? 我々の萌芽とは、歌とは、そしてカラカラに干からびた心臓とはいったい何なのか?

 そんなことはただの甘い幻想に過ぎません。実態を持たない夢であり、閉じた境界の蓋のような物です。ただそれらは引きずりあげるでしょう。延長された四肢は湖の底に埋もれていたどす黒い泥水を掬い上げ、干からびた我々の元に祝福と呪いを授けるでしょう。


Q19 なぜ"我々はエイリアンの卵を守らなければならない"のか? エイリアンの卵とは何か?

 全力を尽くして守る必要はありません。少しだけ気にかけるぐらいで良いのです。頭の片隅に置いておくぐらいで。それは例えいくら原型がなくなるまで破壊し尽くそうと、何処かからかまたひょっこりと現れてくるからです。ただ時折干からびてしまうことはあるでしょう。瑞々しい水分が失われて、痛々しいほどにコアが剥き出しになることも。そんな時にそっと水を掬ってかけてあげるだけで良いのです。それはそれは見事に復活するでしょう。エイリアンの卵とは、鏡であり、錯覚であり、痕跡であり、非存在であり、まやかしであり、ねじれであり、傷であり、踊りであり、心臓であり、そして我々が待ち侘びているものでもあるのです。


Q20 なぜ"我々はみな生まれきっての異邦人"であると言えるのか? 異邦人とは誰か? そして何か?

 異邦性を抱えていない人などどこにもいないでしょう。異邦人とはまさしく我々のことであり、生の運動のことであり、歴史の影に隠れて堆く積まれた頭蓋骨の山のことなのです。

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