#9 空から降ってきた男
墓から起き上がったたくさんの屍戦士たちの何体かが、イヴを押さえつけた。
「イヴ!」
『わたくちの国を復興するために協力するでち』
幼女王が俺に向かって手を差し伸べる。
『イヴを離してくれ。できれば戦いたくない』
俺たちは争いとは離れてのんびり暮らしたいのだ。
『残念でち。ならば無理やり部下になってもらうでち! 死んでいただくでち!』
幼女王の差し伸べていた手がくるりと返され、一本の指だけ残して握り込まれる――俺を指差している。
呪いの紡ぎ手の出現を考え一瞬身構えたが、何も現れないし、何も起きない。
『呪いの紡ぎ手はあの神殿の守り神。外には現れぬ。それに』
ヨー様の声はやけに落ち着いている。しかしその目は、墓から起き上がったばかりの小柄な骨を真っ直ぐに見つめている。
『不死者は子を成せぬ。ケンヤースの血はもはや残ることはない。ケンヤースの最後の後継者よ、今お主は復興の希望を自ら打ち砕いたのだ』
『そ、そんな……』
幼女王の勝ち誇った笑顔が崩れるのは早かった。
『そんな諫言、信じないでち!』
しかし、その笑顔同様に崩れてゆくモノたちがあった。
『古き骸はもはや不死者としての力に耐えきれぬ』
悲痛な声を出すヨー様の視線の先で、あの小柄な骨も例外ではないようだった。
その骨には無数のヒビが入り、素人目にも儚く脆そうに見える。
「小谷地っ」
イヴの声に気付いたとき、崩れてゆく屍戦士たちの隙をついて既に起き上がっていたイヴは、幼女王の頭から冠を外していた。
幼女王が取り戻すよりも早く、イヴは冠を俺へと投げた。
受け取った冠をつかんだ手をそのままヨー様の方へと伸ばす。
『ヨー様なら崩れるのを止められるだろっ?』
冠を受け取ったヨー様は無言で素早く冠をかぶる。
さっき幼女王がかぶったときのような黒い光のエフェクトはない。
『止まれ』
ヨー様に殴りかかろうとしていた幼女王の動きが止まる。
『オヤジよ、感謝する。だが、もう……』
ヨー様の眼前で、遠い昔の婚約者チャンオンの白骨がゆっくりと崩れてゆく。
『不死者になりきれぬ者には余の声は届かない』
ヨー様の切なそうな表情が、なんともつらい。
滝の音だけが近くに響くなか、半数以上の屍戦士たちが崩れ去るのを、俺たちはじっと見つめていた。
チャンオンの白骨も何歩か歩き、崩れ行くその手をヨー様の手へ重ねようとして、そのまま白い灰へと変わった。
ただヨー様の手のひらの中には金色の、小さな指輪が一つ遺った。
『チャンオン……これは、お前の意志なのか』
ヨー様はその指輪を、自身の左手の第三指にはめている指輪に接するようにはめ、ぎゅっと握り込んだ。
イヴが俺の傍らへ戻ってきてしがみつく。
俺もイヴをぎゅっと抱きしめる。
おもむろにヨー様は、第二指を洞窟の奥、滝の音が大きい方へと向けた。
『ここから出て行け』
すると、崩れ残った十何体かの屍戦士と幼女王とがすっくと立ち上がり、滝の音へ向かって行進を始めた。
『不死者とて、太陽の光を浴び続ければ、やがて古き骨のように朽ちる……呪いの紡ぎ手からかつてそう知らされた』
幼女王は何かを言いたげに俺を一瞥したが、ヨー様の『前を向け。そして真っ直ぐに進め』の一言で、そうした。
『世話をかけた』
ヨー様はまだ、左手の指輪を見つめている。
『心中、ご察しする』
『いや、お主らがいてくれたおかげで助かった……だが』
だが。
これ以上、何を。
『もう一つだけ、助けてくれぬだろうか』
『俺たちにできることなら』
『頼む。余をまた、あの心地よき暗闇の中へ隠してはくれぬか?』
『俺の【収納】の中に、か?』
『うむ。余は一人になりたいのだが、一人にはなりたくないのだ』
イヴとアイコンタクトを取り、それからヨー様を抱きしめた。
『【収納】する』
滝の音の中で、俺とイヴはしばらくの間、抱きしめ合っていた。
イヴの角が灰色から白に戻るまで、ずっと頭をなで続けて。
「……あのね」
イヴが口を開いたのは、洞窟内に差し込む光がだいぶ傾いてから。
「うん」
「魔力ね、だいぶ前に満タンになってた」
「知ってた」
「ありがと。小谷地、大好き」
「俺もイヴのこと大好きだよ」
その言葉はすっと出てきた。
ヨー様たちを見ていて、伝えるべきことは伝えないと、という想いが胸の中に溢れている。
ただまあ俺のは恋愛の好きじゃなく家族愛ではあるけれど。
「知ってる。けど、いちいち付け加えなくてもいいじゃない」
イヴが頬を軽く膨らませたのは、【信頼の絆】で結ばれている俺とイヴは互いの位置や健康状態、感情が伝わるから。
そうだね。蛇足だった。誰に言い訳をしているのか俺は。
「ごめんな」
「今後気をつけるよーにっ。でね、先に説明しておくね」
しがみついたままで。
「【異世界放逐】で【魔法罠】を設置しておくから、【仮死化】した私を格納してから踏んでね。ちなみに【仮死化】は、安全な場所に行くまで解けないから、別の異世界で小谷地は絶対に死んじゃダメだよ。とにかく安全な場所を探して、隠れて落ち着いて、そして私を起こしてね。お姫様みたいに」
「御意」
ふふっとイヴから笑みがこぼれる。
愛しさがこみあげる。
「色々とありがとうな」
「お礼は不要だよ。小谷地のためになることは私のためにもなるし、小谷地が嬉しいと私だって嬉しいんだから。一蓮托生ってやつでしょ?」
「ああ、そうだな」
イヴの頭をなでると、イヴはようやく満足して立ち上がり、床に【魔法罠】を設置する。
魔法陣みたいなのが光って消えた。なるほど。あそこを踏めばいいんだな。
うなずいている俺に、イヴが【会話理解】をかけた。
「次の世界でも必要でしょ? じゃあ、あとよろしくね……【仮死化】」
イヴが倒れるのを慌てて支える。
腕の中の温もりが急激に失われてゆく。
頭では理解していても不安になる。
大切にイヴを抱きしめ、【収納】へ。
幼女王が行進していった先を少しだけ見つめ、それから俺は自ら【魔法罠】を踏んだ。
視界が闇に閉ざされる。
俺が踏んだ白く丸い魔法陣が足元から遠ざかる。
前に見たのと同じ、それ以外に光が全くない世界。
でも今はあの時とは違う。
俺は一人じゃない。
そのことが、どれだけ俺に力を与えてくれることか。
おっ、視界が開けっ――眩しさに目を一瞬閉じて、そして全身に感じる風に不安を感じて、目を開ける。
「空中かよっ!」
しかも、俺の落ちてゆく先には大きな――亀?
それも何匹も!
それぞれの甲羅にたくさん居るのが人だとしたら、相当巨大な亀だ。
しかもその背中の甲羅が、平べったくて綺麗な円形をしている。
甲羅というよりは平たい舞台を乗せている感じ。
あと見過ごせないのは、ここの人たち全員全裸っぽい。
「デオレオドドロデオロッ!」
誰かが俺を指さして何か叫んだ。物凄い声量。
そしてイヴ、君は賢いよ。何言ってるのか全くわからない――でもそれ以前に俺、このままだと激突して大怪我しそう。【収納】に何か使えるものなかったか――クリストバルコロやシスドレクフラーにはパラシュートみたいなものはなかったし、空を飛べる便利な魔道具なんかは追放される前に回収されちゃったし。それにあったとして【収納】から出すと同時に装備するなんて荒業、できてせいぜい下着程度だよ――なんて考えている間にぐんぐん近づいてゆく。あの真ん中の舞台みたいなところへ――せめて首の骨を居らないようにしなきゃ、と身を縮こまらせた瞬間、舞台の縁に立っていた三人が素早く縦に並んだ。
一番下の人は両肩に乗せた二番目の人の足首を持ち、二番目の人もその両肩に乗せた三番目の人の足首を持ち、その三番目の人が伸ばした手が、俺を優しくつかんだ途端、三人が同時に膝を曲げた。
驚くほどふんわりと、俺はその舞台に着地――させてもらった。
助かった。いや割とガチで感謝している。
「ありがとうございます!」
とは言ってみたものの【会話理解】はまだ機能していない。
名前の通り、ある程度の会話をしないと言語変換してくれないんだな。
とりあえず言葉が通じるまでは会話を試みるしかないかな。
「ドドロオッ!」
「助かりました。感謝してます!」
それにしてもこの人たち全員、筋骨隆々というか、ボディビル大会に紛れ込んでしまった気分というか。どの人も筋肉量が半端ない。
周囲を見回すと、この舞台に立っている人たちは皆さん、赤いパンツを履いている。
というか赤パンのみであとは何も身につけていない。
異世界のプロレスのリング?
さらに驚くことには、ここ以外の舞台に居る人たちは、パンツすら身に着けていない。
その股間はつるんとしていて――まさか女性なのか?
もう一度、舞台に立つマッチョさんたちを見ると、股間がやけにもっこりしている。
男性が赤パンツで、女性が全裸?
いやいや異世界の人だから、先入観で性別とか決めつけるのは良くないな――というより、もっと会話をしないと。
「あ、あのっ。助けてくださってありがとうございました。私は旅の者ですが、その途中、思いがけず投げ出されてしまいまして……」
「デルオガッ! カーン! カーン! カーン!」
なんだろう。繰り返しているってことは挨拶なのかな?
「カーン?」
そう答えた途端に、周囲から歓声が湧き上がる。
肌にビリビリと振動が来る。
周囲の全裸の人たちが口々に何か叫びだし、それが途中からようやく変換され始めた。
『新たなカーン候補だ!』
『新しい挑戦者だぞ!』
『漢!』
『漢!』
『漢!』
ようやく理解できるようになった、けど。
なんかあの「カーン」という単語からは、漢字の「漢」と書いて「おとこ」と読む、妙なニュアンスが伝わってくる。
『よかろう。新しい挑戦者よ。我々はお前を漢候補として飛び入りを認めよう』
俺に声をかけてきたのは、この舞台に居るマッチョたちの中で唯一、全裸の――顔の雰囲気から、たぶん老人。だがそれでいて全身の筋肉が美しく盛り上がっている。凄まじい量の筋肉。
だがそれより何より気になるのが股間の大きな傷。こういうの、あんまりジロジロ見るのはマナー違反な気はするが、それでも本来なら男のアレがあるべき場所になんというか壮絶な傷が付いている――んんん? ちょっと待って。
今なんか候補って言った? それってものすご重要な事項なんじゃないの?
『候補、ですか?』
『うむ。候補だ』
うわー、候補ってなんだよ。嫌な予感しかない。
『あの、挑戦者というのは……ここの規則に疎いもので、教えていただけるとありがたいです』
『よかろう。ここはティワ。俺たち漢一族の縄張りだ。本来ならば侵入者は問答無用で返り討ちにするのだが、お前が降り立ったのはブフラーの競技場。飛び入りした者はどんな者でも受け入れる。ブフラーの強者は、誰の挑戦でも受けるのだ』
『ブフラー……というのはなんでしょう?』
『なぁに簡単なことだ。一対一で戦い、相手の背を床に着けるか、さもなくば相手の股間をみっともなくさらけ出させるかしたら勝ちだ』
よく見れば舞台の中央に、円が描かれている。
ルールは相撲にちょっと似ているっぽいな。
『飛び入りの者よ、早く着替え、成人の儀に挑むがよい!』
これ、参加しない方向にはもう逃げられない感じ?
というか、参加しなきゃしないで「縄張りに侵入した者」として返り討ちにされるかもしれない気配だってある。
『おいおい! 飛び入りしておいて履いてないのかよ!』
『履いているわけないだろ! それに自分の筋肉に自身がないからああやって隠すんだ!』
ヤジがけっこうしっかり聞こえる。まあ筋肉に自信はないけど。リュククは非戦闘職だし。
というかこのヤジ、ヒントくれてないか?
彼ら、この舞台に居るマッチョたちが履いてるのって、赤いパンツ一択だもんな。
俺は【収納】の中からそれっぽいモノを探す。
あのプロレスラーっぽいパンツなら――地球からクリストバルコロへ転移したときに履いてた赤いブーメランパンツ!
元々、元カノが男はブリーフの方がセクシーだからっつって、俺を無理やりブリーフ派に改宗させたんだよな。その話をしたら悪友どもが俺の誕生日にプレゼントしてくれたあの赤いブーメランパンツ。
あいつらはゲラゲラ笑っていたから冗談半分だったんだろうが、俺はそれをプロポーズの日に履いていった。
ま、そんときは全く役に立たなかったわけだが、長い時間と時空とを経てようやく今、役立ちそうな時が来たぜ。
ということで集中する。
今、ズボンの中で履いている下着だけをいったん【収納】へ。
そして【収納】の中からあの日の赤いブーメランパンツを取り出すと共に装着。
うんうん、このフィット感、ちゃんと履けているな? よっしよっし!
あとはこの赤いブーメランパンツ以外を次々【収納】へ――突然、辺りが静まりかえった。
『筋肉はないのにやるじゃないかッ!』
『見せてみろ挑戦者ッ!』
さっきまでブーイングっぽかった歓声の中に、俺を応援してるっぽい声も混ざり始める。
『さあ、儀式円の近くへ』
『儀式円?』
『あそこに描いてあるだろう。競技が始まったら、儀式円の外へ出ても負けになる』
『教えてくださり、ありがとうございます』
舞台の中央に白線で描かれた円の手前まで歩く。
この儀式円、大亀の頭側と尻尾側とに四角く出っ張っている部分がそれぞれあり、大きさ的にも相撲の土俵にかなり似ている。
ここまで来たらもうやるしかない――が、その前に。
『あの、今、儀式円の外へ出ても負け、というのを聞きましたが、さきほどブフラーの規則を確認した際、一対一で戦うこと、相手の背を床に着けるか、さもなくば相手の股間をみっともなくさらけ出させるかしたら勝ちと、というのを聞かせていただきましたが、まだ他にもやったらいけないこととか、負けになることってありますか?』
この小出し感からすると、もしかしたらあえて伝えてくれていなかった可能性もあるから。
そもそも侵入者は問答無用で返り討ちっつってた文化なんだ。下手したら殺されかねないこの状況の中で、できる準備は貪欲になんだってしておきたいじゃないか。
『今年の成人の儀は、秘術師により三という数字をいただいた。なので総当りにて上位三名がアヴァラガンに挑む資格を得る。負けの数が多かった者、つまり下位三名が嫁落ちする』
『嫁落ち?』
返り討ちよりはマシ――なのか?
『秘術により女となり、漢一族の次世代を産むのだ』
マジか。
いや殺されるよりもマシなのかもだけど、もしもどこかに幽閉みたいなのされたとしたら、もしかしたらずっとイヴを起こしてあげられないかもしれないし。
これはとにかく負けられない。
『スッカーラ! お前は頭側の控えへ』
『はい!』
細マッチョが円の頭側のほうの出っ張りに立つ。
『飛び入り、お前は、尻尾側の控えへ』
『はい』
これ多分、あの尻尾側の出っ張り部分だよな――と移動すると、今の今まですごい歓声だったのが一瞬にして静かになった。
『見合って!』
掛け声まで相撲っぽいな――いやいや集中しなきゃだって。
俺は【収納】内から「薬・加速装置」を口の中へ直接取り出し、奥歯で噛み砕いた。
競技が長引けば薬の反動が怖いが、それでもこんなマッチョ相手に無策で挑むわけにはいかない。
スッカーラがファイティングポーズで構える。
俺も真似して構えた。
『始めーッ!』
その声と同時にスッカーラと呼ばれた奴が宙返りした。手と足を交互に地面に付きながら、凄い速度で回転しながら迫ってくる。
俺も薬でドーピングしてなかったら、この出っ張りから踏み出す前に詰められていきなり負けていたかもしれない――だがしかし、俺にはまだ他にも秘策がある。
スッカーラの回転の脇をすり抜ける際、その秘策を炸裂させた。
● 主な登場人物
・小谷地
地球人。二十五歳。クリストバルコロへ異世界召喚され亜空間への収納能力【収納】を得た。特級リュクク。魔力器官を移植された。
・母魔王
クリストバルコロの十一代目魔王。勇者パーティに倒された。現在その骸は小谷地の収納の中。
・イヴ
勇者パーティに倒されたクリストバルコロの魔王の娘。正式名はイゥヴェネッシェーレ。魔王の子は子宮内で外のことを学習するため、多くの魔法や日本語をも学んだ。【仮死化】により魔王の子宮内で仮死状態だったため魔王の骸と一緒に収納されていた。
・ヨー・ミズイー・ヨイス・デドーショ九世
頭髪がない代わりに頭のてっぺんに角みたいな突起がある男の子。五百年前に生きていたが、現在は「生きていない」状態。小谷地の【収納】により森の民の遺跡から脱出成功。そして再び【収納】内へ戻ることを望んだ。
・屍戦士、屍騎士、屍大戦士
ヨーが五百年かけて集めた部下。見た目はスケルトン。現在は、小谷地の亜空間に格納されている。
・呪いの紡ぎ手
老人の生首だけみたいな姿の霊体。人を屍戦士化する呪いの力を持つ。遺跡の守り神的存在であり、大広間から出られない。
・ケンヤース
ヨーが警戒していた相手。デドーショ王国の王位を簒奪し第十代を名乗ったが、その幼き息子タスミー第十一代王のときにクーデターにより一族もろとも国を追われた。チャンノーのご先祖様。不死化の力に耐えきれず崩れ去った。
・チャンオン
ヨーの婚約者。神の声の伝え手。妹が一人いた。チャンノーにより無理やり蘇らせられたが、不死化の力に耐えきれず指輪を遺して崩れ去った。
・チャンケオ
チャンオンの妹。ケンヤースの妻となった。チャンノーのご先祖様。不死化の力に耐えきれず崩れ去った。
・チャンノー
幼女王。ケンヤース王の直系子孫でデドーショ王国第二十四代国王(自称)。筋力で解決しがち。<不死王の冠>で不死化したことで、自ら血筋を絶やした。
・漢一族
謎の全裸一族。ブフラーという競技で成人の儀を行う。成人の儀参加者は赤パンツを履いているが、多くの人たちが股間に傷を持つ。
・スッカーラ
小谷地が急遽参加することになった成人の儀で初戦の対戦相手。




